第15話 勇者アサヒは挫けない!
異世界人を名乗る『勇者』アサヒ・シロガネが俺たちの前に現れて数分。
勇者アサヒは簡単な自己紹介を済ますや否や、いきなり我が『恋人』兼『相棒』である僧侶のアレスに抱きついた。
……はっ?
「「……はっ?」」
「う~ん、色んなところがムチムチしているから抱き心地がいいなぁ。ますます気に入ったね! ほんとカノジョを紹介してくれたドルルには感謝だな!」
そう言って呆けた声をあげる俺とアレスを無視して、ギルド前で熱い抱擁を交わし続ける勇者アサヒ。
んなっ!? なっ!? なぁぁぁぁ~~~~っ!?
「なにするだァ――ッ!?」
「うお、ビックリしたぁ……。突然大きな声を出すなよ、え~と?」
「ダルだ! 盗賊のダル! お前が抱きしめている僧侶アレスの恋人だ!」
「……こ、恋人」
俺はアレスの身体に抱きつく勇者アサヒを無理やり引き離しながら、我が相棒に視線を向ける。
可哀そうに……顔が真っ赤になるほど嫌だったんだな?
俺の大切なマイハニーになんてことを……許さん!
俺は明確な敵意を瞳に宿しながらジロッ! と勇者を睨み上げた。
勇者はなんで怒られているのか分からないといった顔で小首を傾げながら、不思議そうに俺を見下ろしていた。
「テメェ、ウチのマイハニーにいきなりセクハラすんな! PTAが黙ってないぞゴルァ!?」
「セクハラとは心外だな。ただの挨拶じゃないか」
「挨拶で初対面の女の身体に抱きつくのか、お前は!? 発情期のゴブリンでももう少しおしとやかだぞ!?」
「あれ? この世界じゃハグは『こんにちは』って意味なんじゃないの?」
おっかしいなぁ? と指先で黒髪をポリポリとかく勇者アサヒ。
その顔には反省の色は一切見えず……なんだこの非常識なクソ野郎は!?
人の恋人を抱きしめておいて謝罪の1つもねぇのかコイツ!?
国が国なら打ち首獄門だぞテメェ!
「……それはアザース王国だけの挨拶。チョベリバ共和国ではしない」
「あっ、そうなの? それは知らなかった」
「うるせぇ! 知らねぇで済んだら憲兵は要らねぇんだよ!」
ガルルルルルルルッ! と勇者アサヒを全力で威嚇する。
そんな俺を見て何故かアレスが「……怒ってるダルくんも可愛い♪」と嬉しそうな顔で獣耳とシッポをピコピコさせた。
あのぉ? なんで嬉しそうな顔をしているのマイハニー? 意味分からないんだけど!?
ほんと女心は摩訶不思議アドベンチャーである。
「いやぁ悪い、悪い! まだコッチの世界に来て日が浅くってさ! え~と、そこのエッチな僧侶の格好をした獣人のお姉ちゃんの名前は『アレス』っでいいんだよね? うん、いい名前だ」
「……どうも」
「人の女を口説くなゴルァ!? ひき肉にすっぞ、あぁん!?」
警戒心たっぷりの瞳で勇者アサヒを一瞥するアレス。
俺はそんなアレスを守るべく強い言葉で勇者アサヒを牽制するのだが、勇者はまったく怯まない。
百戦錬磨のキャバ嬢のごとくグイグイくるではないか! ……いやまぁキャバクラなんて行ったことないよ、ほんとだよ? だからアレスよ、そんな目でダーリンを見るんじゃない! いやホント行ったことないからね? ホントだからね!?
誤解だからっ! いやマジで!?
「……5回? 5回も言ったの、ダルくん? ボクに黙って? キャバクラに……?」
「言ってない!? そんなこと言ってない!? というか行ってないから、マジで!?」
ナチュラルに思考盗聴してきたアレスがニッコリ♪ と微笑む。
美人の笑顔がこんなに怖いと思ったのは生まれて初めてである。
もう絶対に夜のお店には行かないでおこうと固く心に誓った。
「『5回』じゃなくて『誤解』ねっ! ミステイクねっ! OK!?」
「……あぁ『誤解』か。ビックリしたぁ。危うくダルくんを……す所だったよ」
「えっ? ナニする所だったって?」
何故かよく分からないが股間がヒュンッ! ってなった。
「……おい、NPCの分際で人の女と勝手にイチャイチャするな」
「あぁん!? 誰が誰の女だってぇ~っ!? 寝言は寝て――うぉっ!?」
ギランッ! と刀身を鈍く輝かせながら、勇者アサヒは戦槌のような形をした刀の切っ先を俺の喉元に突きつけた。
こ、コイツ正気か!?
「……ッ!? だ、ダルくんっ!?」
「この刀はかつて巨神族と呼ばれたモノたちが使っていた【天剣】爆砕刀と言って、切っ先の槌頭に触れると文字通り相手を爆砕するシロモノだ」
「そ、そんな危ねぇモンを人に近づけんな! 狂ってんのか、お前っ!?」
「テメェが人の女にちょっかいかけるからだろうが」
勇者アサヒは怒りすら籠った声音で静かにそう言うと、俺とアレスを引き離すようにグイッ! と俺の肩を掴んでポイッ! と明後日の方向へと投げ捨てた。
うわっ!? コイツ勇者を名乗るだけあって力強ぇっ!? 全然踏ん張れねぇ!?
「へぶちっ!?」と変な声を唇からまろび出しながら、ドシャッ! と顔面から地面にダイブする俺。痛い……。
そんな俺を見てアレスの瞳に剣呑な色が宿る。
「……ダルくんにナニするの、キミ?」
「キミなんてよそよそしい呼び方はよしてくれ、アレス。オレたちは今日から仲間になるんだから、下の名前で『アサヒ』って呼んでくれ」
「……仲間? 誰か? 誰の?」
「アレスが、オレの」
「……意味が分からない」
寝言は寝て言って、と勇者アサヒを不愉快そうに睨みながらビィィィンッ! とシッポと獣耳を逆立てるアレス。
アレはヤバい、内心かなりブチギレているサインだ。
このままだとアレスが勇者に殴りかかって返り討ちに遭いかねない。
待てアレス、早まるな!?
今のお前は戦士じゃない、僧侶なんだぞ!? 落ち着け!?
「喜べアレスッ! お前はこの勇者パーティーの僧侶として選ばれた! 今日からお前はオレの仲間だ!」
「……ヤダ、断る」
ピシリッ! と勇者アサヒの笑顔が固まった。
「んっ? えっ? 幻聴か? 今、アレスが『断る』って言ったような……?」
「……言った。断る。キミのパーティーには入らない」
「な、何故だ!? 栄えある勇者パーティーの一員になれるんだぞ!? 勇者の仲間になれるんだぞ!? コレ以上の名誉は他にないぞ!?」
「……名誉に興味ない」
実に冷めた目つきで勇者アサヒを一瞥しながらフルフルと首を横に振る我が相棒。ちょ、超クール……。
その瞳は道端に落ちている犬のウンコを見つめるように無機質で冷たく……並みの男なら心が砕けている所だ。
が、勇者アレスは並みの男ではなかったらしい。
勇者は暫しの間ポカンと大口を開けて固まっていたが、突然なにが面白いのか「くっくっ!」と笑い始めた。
おっ? もしかしなくても頭のネジが外れたか?
「クックックッ! まさかオレの誘いを断るだなんて……おもしれー女だな、ますます気に入った!」
勇者アサヒはアレスの方へ1歩踏み出しながら、空いていた方の手で我が相棒の頬を優しく撫でようとして、
――パシッ!
と強めに手を叩かれた。
「……触らないで」
「気が強い女だ。それでこそ勇者パーティーに……オレの女に相応しいっ!」
「……はっ?」と心の底から嫌悪感まる出しで顔を歪める我が相棒アレスに、勇者アサヒはハッキリとこう言った。
「アレス、今日からお前はオレの恋人だ!」
「嫌、断る」
「これも断るのか!? ホントおもしれー女だな、お前は!」
間髪入れずノータイムで拒否するアレスに、何故か嬉しそうに声を弾ませる勇者アサヒ。
め、メンタルダイヤモンドかよコイツ?
並みの男なら3回は発狂して盗んだお馬さんで走り出している所だぞ?
「一応理由を聞いておこうか、何でだ?」
「……純粋にキミが嫌い」
「なるほど。つまり『好き』になっている途中ってことか」
「無敵か、コイツ?」
もう何を言っても好意的に捉えてくれるじゃん……。
ワケの分からん所でプッツンしたかと思えば、我が相棒の魅惑の谷間くらい深い懐の深さを見せてきたりと……マジで何なんだ、コイツ?
【異世界人】って、みんなこんな感じなのか?
「……それにボクにはもうダルくんっていう恋人が居る。キミの出る幕はない」
「よし、ならソイツとは別れてくれ。大丈夫、オレが必ず幸せにしてみせるから」
「おいおいおいおいっ!? ナニ勝手なことを言ってんだ!?」
慌てて起き上がり、情熱的にアレスに詰め寄る勇者さまを引き離そうと無理やり2人の間に身体をねじ込む。
途端に勇者アサヒは『空気を読め、モブ』と言わんばかりに迷惑そうに眉根をしかめた。
「邪魔だぞ、え~と……誰だっけお前?」
「盗賊のダルッ! さっき自己紹介しただろうが!? なんでもう忘れてんだよ!?」
「あぁ~……ゴメンな? 完全に聞き流してたわ。オレ、興味のないモノにはマジでとことん関心がいかなくてさ?」
メンゴ♪ と軽い調子でペロッ! と舌を出す勇者アサヒ。
……普通にムカつくな、コイツ?
「それでえ~と、トム……だっけ? 今大事な話をしているから、お子ちゃまは脇にズレといてくれ。邪魔だ」
「トムって誰だ!? ダルだ、ダルっ! お前マジで失礼だな!? そんな失礼なヤツにアレスは渡さんっ!」
「お前ヤベェ奴だな? 恋人面すんなよ、サル」
「恋人なんだよっ!」
あと誰がサルだ!?
俺に興味がないのか、それとも男に興味がないのか、全然人の名前を覚える気配がしねぇよコイツ!?
こんな傲慢野郎が勇者ってマジなのか?
人選ミスってんだろ、アザース王国よ!?
「ハッハッハッ! 冗談は顔だけにしとけよ、テル? なぁアレス?」
「……冗談じゃない。ダルくんはボクの恋人」
ギュッ! と勇者アレスに見せつけるように後ろから俺の身体を抱きしめるアレス。
身長差があるせいで、アレスのたわわ♪ に実ったお乳様が俺の頭の上にズッシリと確かな重みと共に乗っかった。
久しぶりだな、この感覚? 気持ちいい~♪
天然のフカフカクッションを前に思わず目尻が垂れ下がるのとほぼ同時に、
――ブチブチブチッ!?
と目の前で『ナニカ』のキレる音が鼓膜を叩いた。
なんだ、なんの音だコレ?
俺は音のした方向へ視線を向け……ひぇっ!?
「そ、そうか……お前がアレスの」
俺の視線の先、そこには……コメカミに無数の青筋を立てながらヒクヒクッ!? と唇の端を痙攣させる勇者さまが居た。
満面の笑みを浮かべているように見えるが、俺には分かる。
勇者様、ブチギレである!
「NPCの分際で随分とまぁ好き勝手してくれたじゃないか。こんなイベント、攻略本には載ってなかったぞ?」
「はっ? イベント?」
「……攻略本?」
勇者アサヒは「ちょっと待ってろ」と俺達から1歩距離を取ると、
――ボンッ!
と何もない虚空から真っ白な本を取り出してみせた。
あ、アレは何の魔法だろうか? なんて小首を傾げる俺達を無視して、勇者アサヒは真っ白な本のページをパラパラと捲り、お目当てのページを見つけたのか熟読し始めた。
「な、なにやってんだアイツ?」
「……さ、さぁ?」
「ふむふむ、なるほど。断られたらコッチのルートに進むワケね。そうなったらもうアレスを仲間にも恋人にもすることが出来なくなると……マジか。アレスは絶対に仲間にしたいんだけど、何か抜け道は……うん?『アレスを仲間に入れるのに失敗した際の救済方法』だと? なになに……ほうほぅ? でもその場合は好感度が……なるほどな。好感度アップのアイテムで無理やり上げればいいのね、了解。――よし、わかった!」
満足がいく情報を得られたのか、むふーっ♪ と上機嫌に鼻を鳴らす勇者アサヒ。
その笑顔には何かうすら寒いものを感じてやまない。
な、なんかちょっと怖いなコイツ?
アレスも俺と同じ気持ちを味わっているのか、俺を抱きしめる手に力が籠るのが分かった。
「そういうことなら仕方がないな! うん、他人の恋路を邪魔して馬に蹴られたくはないし、アレスのことはスッパリ諦めることにするよ!」
「お、おぉ……そうか? 急に諦めたなコイツ?」
「……なにか良からぬことでも考えてる?」
手首がねじ切れんばかりの手のひら返しに、アレスが怪訝な瞳を浮かべて勇者を睨む。
勇者アサヒはそんなアレスの視線を『心外だなぁ』とばかりに軽く肩を竦めて受け流すと、何も答えることなく俺達の横を通りギルドの中へと入って行った。
「マジでなんだったんだ、アイツ?」
「……さぁ? でもすごく嫌な感じがした」
アレスはブルリッ! と身体を震わせながら、さらに俺を抱きしめる手に力をこめる。
あの、アレスさん? 流石にそろそろ苦しいです……。
「あの勇者、ギルドの中に入って行ったな。俺らもギルドに用事があるワケだが……」
「……今、あの人と顔を会わせたくない」
「だよな? しょうがねぇ、先に商店街の方へ行ってアレスの両親へプレゼントする菓子折りでも選ぶか」
サイクロプス討伐証明書はそのあとでな、と俺が言葉を重ねると「……うん」とどこか『ホッ』とした表情でアレスは頷いた。
よほどあの勇者のことが苦手らしい。
まぁ初対面でいきなり『オレの女になれ!』だもんなぁ……そりゃ最大限警戒しちゃうわな。
「あの勇者、変なトラブルを起こさなきゃいいけど……」
「……もういいよ、あの人のことは。それよりも行こ、ダルくん。時間がもったいないよ?」
「それもそうだな」
俺は小さく首肯しながら、アレスと共にギルドを後にした。




