第13話 巨神族と【天剣】
「あぁあぁぁ~~~っ!? ドブ掃除なんかやりたくねぇぇぇ~~っ! 将来英雄になるオレ様には似つかわしくねぇよ! チクショウめ!」
「ちょっと暴れないでよシュート!? 泥が跳ね……んにゃぁぁぁ~~っ!? 髪に泥がついたぁぁぁぁ~~~っ!?」
「あっ、ワリィ。ワザとじゃないから許せ」
「ふざけんにゃぁぁぁ~~~っ!? お前も泥まみれにしてやろうかぁぁぁ~~~っ!?」
「ちょっ、馬鹿クラリスやめろ!? ここで転んだら洒落になんねぇ、洒落になんねぇから!」
「お~い、口動かす前に手ぇ動かせガキ共ぉ~。そんなんじゃいつまで経っても終わらんぞぉ~?」
側溝のドブ掃除そっちのけで取っ組み合いの喧嘩を始める青髪少年剣士シュートと三つ編み魔法使いクラリス。
そんな2人を尻目に黙々とギルドから持って来た道具を使ってドブ塗れの側溝を掃除していく少年商人のユウトと武闘家のルル。
変態ドワーフのドルルにガキ共のお守りを押し付けられて3時間。
俺とアレスはドブの中でワーキャーッ!? 猿のように騒ぐ新米冒険者共を遠巻きに眺めながら、ここに来る途中で買っておいたドラ焼きをモグモグと咀嚼していた。
「あの少年剣士と魔法使い、喧嘩ばっかりで全然掃除しねぇんだけど? なんであんなに喧嘩するのに同じパーティーに居るんだよ?」
「……喧嘩するほど何とやらだよ、ダルくん。それにボクの見立てだと、あの魔法使いの女の子は剣士の男の子に懸想しているね。間違いない」
「えぇ~っ? ホントかよぉ~? メチャクチャ取っ組み合いの喧嘩してるけど、あの2人?」
絶対そういう関係じゃねぇだろ、コイツら?
なんというか喧嘩友達みたいな関係じゃねぇの? 知らんけども。
「あぁもう!? クラリス、お前はパーティーをクビだ、クビ! そうだ、アレスが代わりにオレたちのパーティーに入ってよ! アレスみたいな美人さんだったら大歓迎だからさ!」
「ハァァァ~~~ッッ!? 上等だわ! ならアタシはシュートよりも断然強いダルさんとパーティーを組んでやるわ! ねぇ、いいでしょダルさ――」
「……それはダメ」
「あっ、はい……」
アレスの有無を言わさぬ強気の圧に、クラリスが素に戻ってコクンと頷く。
おいおい、ビビらせ過ぎだろアレス?
クラリスちゃん、ちょっと半泣きじゃないか。
「なぁなぁ、いいだろアレス? オレたちのパーティーに入ってくれよぉ~」
「おいクソガキ、人の女に手ぇ出すな。泣かすぞ?」
「……ダルくん(ポッ)」
人様のカノジョを彼氏の目の前でナンパしてくるクソガキに、コメカミをビキビキ言わせながら睨みつける。
途端にアレスが嬉しそうに頬を朱色に染めながら腰とシッポをフリフリ左右に揺らし始めた。
……自分で言っておいてアレだが、ちょっと恥ずかしいな。
多分いま、俺の顔もアレスに負けず劣らず真っ赤になっているに違いない。
「人の女? えっ? えっ!? ダル、アレスと付き合ってんの!? 似合わねぇぇぇ~~。美女とブサイクじゃん? なぁなぁアレス、なんならオレに乗り換えない? オレさ、ゼッタイに英雄になるから将来有望よ?」
「ほほぉ~? サイクロプスに泣かされてションベン漏らしてたクソガキが言うじゃねぇか、おぉ?」
「も、漏らしてねぇし!? チビっただけだし!?」
嘘を言うな! と顔を真っ赤にして俺に食ってかかる青髪の少年剣士。
いや、結局漏らしてんじゃねぇか。
それでよくサイクロプスに挑もうと思ったもんだ。
「オレは巨神族を越える英雄になる男だぞ、サイクロプス程度で漏らすかっ!」
「……巨神族」
「あれ? アレスさん、巨神族の伝説を知らないのですか?」
「……いや、知っている」
アレスはほんのり苦笑を浮かべながら何とも言えない表情を浮かべた。
その顔に何か引っかかりでも覚えたのか、魔法使いのクラリスが「???」と小首を傾げる。
巨神族ねぇ……もちろん俺もアレスも知っている。
それはもうこの世の誰よりも。
「巨神族ってアレだろ? この世を魔物だけの世界に変えようとした邪神シロロを女神クロロと共に打ち倒したっていう伝説の勇者一族のお話だろ?」
「そうっ! 天下無敵の神剣【天剣】を使って世界に平和をもたらした英雄のお話さ!」
俺が惚けた調子でそう会話を広げると、予想以上に少年剣士が食いついてきた。
そんな少年剣士を見て、クラリスはクスッ! と小さく笑った。
「シュートは子どもの頃からそのお話に出てくる【天剣】が大好きだったもんね?」
「大好きなんてもんじゃない、愛していると言って欲しいね!」
「ハハハッ! キモいでしょ、コイツ?」
同意を求めるようにクラリスが俺の方を向いてくる。
そんなクラリスの罵倒なんぞ耳に入っていないのか、少年剣士はうっとり♪ した表情でその薄汚い唇を震わせた。
「一振りで千の魔物を薙ぎ払う最強の剣【天剣】……オレが冒険者になった理由の1つさ! オレはいつか必ず【天剣】をこの手に掴む! そして巨神族の伝説を塗り替え、本当の英雄に……英雄王になってみせる!」
「少年お前……【天剣】が本当にあると本気で思っているのかよ? どう考えてもおとぎ話の産物だろ、ソレ?」
「いいや、天剣も巨神一族も存在するね!」
「なんでそう言い切れるんだよ?」
その自信は一体どこから来るというのか。
俺が半ば呆れ気味にそう尋ねると、少年剣士は「ふふん♪」とどこか自慢気に鼻を鳴らしてニヤッ! と小さく微笑んだ。
「誰にも言うなよ? 実はな、このチョベリバ共和国の首都近くで何度も【天剣】の目撃情報が上がっているんだよ!」
「ハァァ~~? なんじゃそりゃ? 誰がそんな根も葉もない嘘を撒き散らしてんだ?」
「嘘じゃねぇよ! ちゃんと伝承通りの【天剣】の形をしてたって、みんな言ってるもん!」
「みんなって誰だよ。そもそもお前、天剣がどんな形をしているのか知ってんのかよ?」
当たり前だろ! と瞳をキラキラさせながら、グッ! 拳を握りしめる少年剣士。
自分から話しを振っておいてアレだが、はやくドブ掃除してくんねぇかなぁ。
さっきから全然掃除してねぇんだけど、コイツ?
「天剣は刀のような柄に巨大な戦槌の形をした特殊な見た目をしてるんだ! 一目見れば誰でも【天剣】だって分かるくらい、に……あれ?」
「どうした?」
「……そういえばダルがこの間サイクロプスを倒したときに使っていた大剣も同じ見た目だったような?」
「気のせいだろ」
「というか、あの大剣はどっから出てきたんだ? 街へ帰るときは持ってなかったよな?」
んん~~? と少年剣士シュートが俺の重大な秘密に気づこうとしていたので、俺は話しの流れを変えるように「ところでさ」と口をひらいた。
「【天剣】って巨神族が持っているんだろ? お話だと巨神族って確か邪神シロロを討伐した代償に絶滅してなかったっけ? なぁアレス」
「……うん。伝承だと巨神族は滅亡している。……伝承だとね」
「??? なんかアレスさんの言葉に含みを感じるんですが?」
気のせいだよ、と誤魔化すような笑みをクラリスに向けるアレス。
コラコラ、思うところはあるだろうが、余計なことは言うなよ相棒? あとが面倒くさくなるんだから。
「巨神族が滅んでいるのに、どうやって【天剣】を探すんだよ?」
「別に今の【天剣】所持者が巨神族ってワケじゃないハズだろ?【天剣】を偶然見つけた冒険者かもしれない! だから地道に探し続ける!」
フンスッ! と鼻息を荒げる少年剣士。
あぁそうか、ウッカリしていたわ。
【天剣】の秘密を知っているのは俺とアレス、あと少しの奴らだけだから、当然何も知らない少年はそう考えるよな。
……流石にここで【天剣】の真実を教えるのは酷というモノだろう。
俺が【天剣】の秘密をグッ! と飲み込んでいる間に、アレスが少年剣士に質問した。
「……もし【天剣】を持っている冒険者を見つけたらどうするの?」
「もちろん交渉して譲ってもらう!」
「……失敗したら?」
「決闘を申し込んで無理やり奪う!」
それが冒険者だ! と中々に業の深いことを口走る少年剣士。
うん、やっぱり真実は教えなくていいや♪
アレスもそう思ったようで「……そっか、わかった」と小さく首肯して、少年剣士との会話を打ち切った。
「冒険者は山賊じゃないって何回も言っているのに……ほんとシュートってば」
「なんだよ? 別に悪い事は何も言っていないぜ? 冒険者の世界は実力が全て。年齢も身分も関係ない! オレに負けて装備を奪われる弱いヤツが悪い。そもそもそんな奴は【天剣】に相応しくないっ!」
少年剣士は野心に満ち満ちた瞳をキラキラさせながら、魔法使いクラリスに宣言した。
「俺は【天剣】を手に入れ英雄になる! そしてその功績でこの国の第一王女であるセラ様と結婚して国王になる! 英雄で国王、つまり英雄王の誕生だ!」
ウッハッハッハッハッ! と太陽よりも明るい己の未来に高笑いを浮かべる少年剣士。
そんな少年剣士を「また言ってらぁ、コイツ……」と呆れた表情で一瞥する魔法使いクラリス。
どうやら少年剣士の最終目標はお姫様のお婿さんらしい。
メチャクチャ夢見てんなぁ、少年?
「セラ王女ねぇ~。話しではとんでもない別嬪だって噂だけど、俺見たことねぇんだよなぁ。アレスは王女様、見たことある」
「……そんな事よりも早くドブ掃除をした方がいい。さっきから口ばっかり動いていて全然手が動いてない」
そう言ってアレスは少年剣士と魔法使いクラリスに厳しい目を向けた。
おや、珍しい?
こうも分かりやすくアレスが話題を変えるだなんて。
そんなに王女様の話はしたくなかったのかね?
まぁアレスが話したくないのなら、この話題はここで打ち切りだな。
「よし、お喋りはここまで! 王女様と結婚する夢のためにも、さっさとドブ掃除を終わらせろよガキ共ぉ~? このままだとマジで今日は帰れないぞぉ~?」
へ~い、と少年剣士と魔法使いのクラリスは渋々といった様子で再び側溝のドブを掃除していく。
そんな2人を遠巻きに眺めながら、俺は小さく溜め息を溢した。
「巨神族を越える英雄になる、ねぇ~。本当にその意味を分かって言ってんのかね、アイツは?」
巨神族がどうしてその身を賭してまで邪神シロロを討伐したのか。
奴らは英雄になりたかったんじゃない、英雄の居ない世界を創りたかったのだ。
英雄が居る世界……それはつまり世界で争いが起こっている世界。
そんな世界を変えるべく巨神族は……俺の●●は命を懸けた。
だが結果として世界はまだ英雄を欲している。
果たして巨神族の行いは無駄な行為だったのか、それは今の俺には分からない。
分かることと言えば、彼らが願った世界はまだ訪れていない。
ただそれだけだ。
「なぁ~んて、ちょっとセンチメンタルに考え過ぎたかな」
「……どうしたのダルくん?」
「いや、なんでもねぇよ。ちょっとオヤツに饅頭買ってくるわ。ナニ味がいい?」
「……チョコ」
了解、とその場を相棒に任せて俺は商店街の方へと歩みを進めた。
……理不尽な世界から目を背けるように。
視線を上げると今日も今日とてお日様がピカピカと輝いていて、少し鬱陶しかった。




