↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

4.可能性は高い

診察室に入る。


白い。


それが最初の印象だった。


壁も、床も、机も。


すべてが均一に整っていて、余計なものがない。


「どうぞ」


低い声。


正面に座っていた初老の医師が、こちらを見る。


「金子です」


自分でも驚くくらい、声は普通だった。


「悠木です」


医師はそう名乗り、白衣の胸元にあるネームプレートを軽く指で示した。


「よろしくお願いします」


形だけの言葉を返す。


医師はすでに視線をカルテへ落としていた。


「何か気になる症状はありますか」


「いえ、特には」


「食欲は」


「普通だと思います」


「だるさは」


「ありません」


淡々としたやり取り。


まるで、用意された質問に答えているだけのようだった。


医師はカルテと、横に置かれたレントゲンフィルムを交互に見ている。


そして――


「ベッドに横になってください」


指示されるまま、隣の簡易ベッドへ移動する。


看護師が無言でタオルを用意し、腹部にかける。


「少し冷たいですよ」


言葉の通り、冷たい感触が腹に広がる。


次の瞬間、ぐっと押し当てられる機械。


エコーだ。


ぐり、と押されるたびに、内側を覗かれているような感覚になる。


モニターに白黒の映像が映る。


だが――


何が映っているのか、まったく分からない。


医師は黙ったまま、手を動かす。


右へ。


左へ。


少し止まる。


また動く。


その沈黙が、妙に長く感じた。


(……何かあるのか)


考えたくないのに、そう思ってしまう。


「はい、いいですよ」


突然、終わる。


タオルで腹を拭かれ、起き上がる。


「CTを撮ってください」


医師はすでにペンを走らせている。


「場所は案内しますので」


顔も上げない。


「あの……」


気づけば、声を出していた。


医師の手が止まる。


ゆっくりと、こちらを見る。


「どうなんでしょうか」


喉が少し詰まる。


「自分は――」


一度、言葉が切れる。


それでも、続ける。


「ガンなんでしょうか」


ほんのわずか、間があった。


医師は、少しだけ眉を寄せる。


困ったような、曖昧な表情。


「検査結果が出ていないので、断定はできませんが」


そこで言葉を区切る。


そして――


「可能性は高いと考えています」


静かな声だった。


特別な抑揚もない。


ただ、事実を述べただけのような言い方。


それでも――


十分だった。


頭の中で、何かがすっと引いていく。


音が遠くなる。


自分の呼吸だけが、やけに大きく聞こえる。


「検査が終わりましたら、本日はお帰りいただいて結構です」


医師の声が続く。


「結果は二週間後に」


もう、こちらを見ていない。


話は終わった、という合図だった。


「……はい」


返事をしたはずだが、自分の声が聞こえなかった。


立ち上がる。


足元が少し不安定になる。


看護師が何か言っている。


だが、意味が入ってこない。


ただ、うなずいている自分がいる。


扉の前に立つ。


ドアノブに手をかける。


一瞬だけ、動きが止まる。


(可能性は高い)


その言葉だけが、残っている。


他は何も残っていない。


ドアを開ける。


白い廊下。


さっきと同じはずなのに、違って見えた。


少しだけ、遠い。


そのまま歩き出す。


自分の足で歩いているはずなのに――


どこか、現実感がなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。