風の始まり2
事務所の薬缶とコンロを借りてお湯を沸かしている。
事務机の上には、マグカップが2つと、ドリッパーとペーパーフィルター、それに袋に入ったコーヒー豆が置いてある。
ドリッパーとペーパーフィルターはディスカウントショップで買ったものだが、コーヒー豆はアルバイト先のマスターに分けてもらったものだ。
マスターに、自分でコーヒーを淹れてみたいと言うと、あっさりと分けてくれた。
この店でキッチンカーを購入してから、3か月が経った。9月の頭には車検を通って、ナンバーが付いた。
キッチンボックスの修理には、まだまだ時間がかかりそうだが、少なくとも、ちゃんと車と認められる状態になったわけだ。
自分一人では、絶対に出来なかったことは分かっている。
親父さんは、最初に言った金額である33万円以外は頑として受け取ろうとしないが、散々助けてもらった修理や、車検取得の費用を考えると安すぎることは、高校生にでも分かる。
だから、せめて感謝の気持ちだけでも伝えようと、こうしてコーヒーを淹れている。
マスターがコーヒーを淹れるときの手順を思い出しながら、ドリッパーにフィルターを置く。お湯でフィルターを濡らして、豆を入れる。出来るだけ細い流れになるように気を付けながら、お湯を注ぐ。
淹れるのが多少下手でも、コーヒー豆はマスターが使っているのと同じものだ。美味いコーヒーが出来るはずだった。
実際は、親父さんはコーヒーを一口すすって、顔をしかめた。
「おまえ、キッチンカーで何を売るのか知らないが、コーヒー屋だけはやめておいた方がいいぞ」
そんなはずはないと思ったが、自分で飲んでみると、それはコーヒーというよりも、茶色い水だった。
キッチンカーが出来上がるまでには、絶対に、親父さんに「美味い」と言わせると決めた。
溶接には少しずつ慣れた。最初の頃は、溶接したつもりで全然着いていなかったり、逆に溶けすぎて錆穴が広がったりした。溶接するほど傷が広がる鉄板を見ながら、絶望的な気持ちになったりもした。
今でも、決してきれいに溶接できるわけではないが、キッチンボックスの板金は、もうすぐ終えられそうだ。




