風の残響
家に帰って、母に話した。大学には、行かないこと。アルバイト代で車を買ったこと。卒業したら、その車で旅に出るつもりであること。
母は驚いたようだが、反対はしなかった。
やがて夕飯の支度を始めた母の背中を見ながら、もしかしたら、母にはこうなることが分っていたのかもしれないと思った。
母と二人で暮らしている。
中学一年の夏に父は出て行った。戻らなかったという方が正確かもしれない。学校が始まる直前のある朝、父のバイクが、ガレージから消えていた。
なんとなく、そのうち戻ってくるのだろうと思っていたが、一か月経ち、二か月経ち、結局、父は帰ってこなかった。半年くらいしたころに、離婚が成立したと聞かされた。
それ以来、ガレージは空のままだ。
主のいないガレージには、父が使っていた工具や、バイクの部品らしきものが寂しく取り残され、厚く埃が積もっている。
一人になりたいときに、時々ガレージに来る。
母と二人で暮らすには広い家だし、自分の部屋もあるのだから、わざわざガレージに行く必要もないのかもしれないが、埃っぽいガレージでオイルやコンクリートの匂いに囲まれていると、何故か落ち着く。
以前、工具箱の中から煙草の箱を見つけて、吸ってみたことがある。
青いパッケージにGAULOISESと書いてある、あまり見かけない煙草だった。父が煙草を吸っているのを見たことはないから、昔吸っていたのか、何かの記念品なのだろう。
ただ、主のいないガレージの寂しげな空気と、そのパッケージの雰囲気はなんだか似合っていた。
もっとも、その時は一息吸って、心底後悔した。
想像以上にいがらっぽい煙に、咳が止まらなくなったのだ。激しく咳き込みつづけた揚げ句に、目の端から涙まで出てきた。
夕食のとき母が何か言いたげだったのも覚えている。一息吸っただけだが、服か髪に匂いが残っていたのだろうと思う。
ガレージには、その時の煙草の、甘いような苦いような、独特の匂いも残っているような気がする。
離婚が成立してから、毎月、決まった日に、決まった額が振り込まれるようになった。「養育費」という名目のお金だが、母と二人で暮らすには十分な金額だった。おかげで、父がいなくても生活に不自由することはなかった。
ただ、だからと言って、父が出て行ったことを割り切れるわけではない。
今もどこかを走っているのかもしれないが、家族を捨ててまで、何が楽しくて、そんなことをしているのか、分からないとも思う。
離婚が成立して間もなく、母はパートを始めた。
近所のスーパーで、週に3日、レジのパートをしている。月に数万円の、小さな収入だ。
生活のために必要というわけではなかったから、それは母の、父に対する意地のようなものなのかもしれない。




