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ファーストウィンド・ビターロード(ライク・ア・ハリケーンⅢ)  作者: ままま


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10/11

風の分岐点

キッチンカーを車屋の敷地から出そうとして、派手にエンストした。

がくん、と車体が前につんのめる。


「大丈夫かよ」

煙草を吸いながら見ていた親父さんが、声をかけてきた。


「大丈夫です」

「大丈夫には見えないんだが」

親父さんは、敷地の端に置いてある白い軽をあごでしゃくった。

「代車用の軽のオートマだ。貸してやるから、そっちにしたらどうだ。免許取り立てで、その車は難しいだろう?」


首を振る。

「最初だからこそ、これで行きたいんです」

親父さんは、ふう、と鼻から息を抜いた。

「まあ、そうだけどよ」


少し黙ってから、ぶつぶつ言う。

「本当はついて行ってやりたいところだが、今日は珍しく客が来るからな。だいたいマスターも無責任だよな。勧めたんなら自分がついて行きゃいいのに」


「いつからそんな心配性になったんですか」


親父さんは顔をしかめた。

「俺は昔っから優しい、いい人だよ。いいから、とっとと行きな」

言いながら、しっしっと手を振る。


「行ってきます」

「ああ。調子に乗るなよ」

「はい」

クラッチを踏み、ひとつ息を吐く。

キーをひねると、古いエンジンが震えた。


今度は、少しだけ丁寧につなぐと、車体が揺れて、それでも前に出た。


初めて一人で走る公道は、教習の時とは違う緊張感がある。急に道が広く見えて、どこを走ればいいのか分からなくなる。

信号で止まるたびに、緊張で固まった肩をほぐしながら走った。


それでも、10分ほど走るうちに、少しずつ慣れてきた。

大丈夫じゃないか、という気がした。

「よし」誰に言うでもなく、口に出す。

「海を目指すぞ」


街を抜けると、道の両側に畑が広がった。

枯れ草が風に倒れては戻る。背の低いトタン屋根の倉庫が見える。空は高く、陽は薄い。


一時間ほど走ったころだった。

ゆるい坂を上がりきった先で、遠くに平らに光るものが見えてきた。


最初は空の色かと思った。

けれど、違った。

「海だ」声が出た。


もう一度、言った。

「海だ」

まだ遠くの方に見えているだけの海だが、それだけで胸が高鳴った。


反対車線を、黒い大きなバイクが走っていったことには、気づかなかった。

海を見ていたし、運転に必死でそれどころではなかったのだ。




キッチンカーが出発してから30分ほどしたころ、黒い大きなバイクが車屋の敷地に入ってきた。


親父さんは事務所の前で部品箱をいじっていたが、音を聞いて顔を上げた。

片手を挙げる。

「よう」

「おう」バイクの男も手を挙げて答えた。


「さっき出かけちまったよ」

親父さんが言うと、男はヘルメットを脱ぎながら苦笑した。


「まったく、親子そろってタイミングが悪いんだよな。

やっと免許が取れたから、海に行くってさ」


「そうか。世話になるな」


親父さんは肩をすくめた。

「春になって、あいつが出発する前に会わせてやろうと思ったんだが」


「いいさ。会えなかったということは、まだそのタイミングじゃないということだ。その時が来れば会えるさ」


「それに、あいつならさっき見かけたよ。茶色いキッチンカーだろ。もっとも、運転に必死みたいだったから、あいつは気づいていないと思うけどね」


「すれちがっただけで分かったのか。6年ぶりくらいだろ」


「ああ。そうだな」


親父さんは事務所のほうを振り返った。

「せっかく来たんだ。コーヒーでも飲んで行きなよ。最近、あいつがいろいろ持ち込むもんで、事務所がちょっとしたコーヒー屋みたいになってるからな。

俺が淹れてやるよ」


「お前が?」


「その顔はなんだ」


事務所の隅の棚から、親父さんはポットとドリッパーを出した。

湯を沸かし、豆を挽き、フィルターを湯で湿らせる。意外にも、迷いのない慣れた手つきだ。


男は黙って見ていた。


油と鉄の匂いの残る事務所に、コーヒーの香りが広がる。


コーヒーをカップに注いだあとで、少しだけ迷って、棚の奥の瓶を取った。

ブランデーをそっと落としてから、カップを差し出す。


「カフェ・ロワイヤルだ」

「おいおい、俺はバイクなんだぜ」

「キャップ一杯だ。気にするな」


男は受け取って、一口飲んだ。

「美味いな。コーヒー屋を開けるぞ」


「そうだろ」

親父さんは、にやりと笑った。


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