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黒鷲の皇太子は拾った猫を溺愛する~冷徹な彼はキス魔でした~  作者: はるてん


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7話 彼女の部屋

 帰りの馬車は無言だった。

 一人で帰れると言い張るアマリエをローグヴァルトは半ば無理矢理説得して、用意していた自分の馬車に乗り込ませた。

 全身で触れられることを警戒する彼女に、ローグヴァルトは指一本触れられなかった。


「また、明日」

「……はい」


 差し出した手にも触れず、アマリエは馬車を降りた。

 まるで出会った頃に巻き戻ってしまったような行動に、ローグヴァルトは拳を握る。


「なにがあったんだ。一体」


 明日、貴族学院で落ち着いて二人の時間を持とうと、彼は心に決める。

 だが翌日、アマリエは学院に登校しなかった。




 ――熱い。苦しい……痛い。


 侯爵令嬢には不釣り合いな簡素すぎる部屋で、アマリエは熱にうなされていた。傍らには形ばかりの水桶と水差しがあるが、看病の跡はない。

 高熱の合間に見るのは、皇太子の夢ばかりだった。夢の中でも彼は優しくアマリエに触れて、愛を囁いてくる。


 ――痛い。いたい。


 熱より、心の痛みが彼女を苦しめていた。


 ――なんで、私。最初から知ってたのに。破談になったから私が選ばれたって、知ってるのに。なのになんで、こんなに心が痛いの。


 うなされながら、少女は涙を流す。

 疑問の答えを、アマリエはわかっていた。


 ――私。わたし、殿下のことが好き。


 白い頬を涙が一筋、流れていく。


 ――いつから? わからない。手を握られた時? キスをされた時? それとも、もっと前? わからない。でも、好きなのは、確か。



 その夢は、アマリエの涙を拭った。優しい手つきに、アマリエはさらに涙を流した。


「でん、か」

「どうした。苦しいか」

「……はい」


 夢の中だから、アマリエは素直に言葉を紡ぐ。


「貴方が好きだから、苦しいです」


 その夢は動きを止めた。


「私、ちゃんとわかってるのに。亡くなった王女様の替わりだって、わかってるのに。苦しい。貴方の一番になれないことが、悲しい」


 子供のように少女は泣く。


「好きなのに。キスされるのだって、恥ずかしいけど、嬉しいのに。私、酷い態度をとってしまった。もう、呆れられてしまった。嫌われてしまった」


 ぐすぐすと目を閉じたまま、アマリエは泣く。


「こんなに殿下が好きなのに」





 侯爵家の使用人部屋の一つにローグヴァルトはいた。

 欠席を知って婚約者の家に押しかけると、通されたのは家人のものとは思えないほど簡素な部屋で、ローグヴァルトは激怒した。これまで贈ったドレスや宝石の類も一切見当たらない。誰の仕業かは明白だった。元々娘の扱いの悪い家だと知ってはいたが、ここまでとは思わず、彼女の家族にも放置してしまっていた自分にも怒りが募る。

 婚約者とはいえ娘を男と二人きりにする夫人の下世話な笑顔は思い出すだけで鳥肌が立った。


 けれどそれらも、夢うつつな婚約者の暴露に全て吹き飛んだ。

 寝台の傍らで、ローグヴァルトは顔を真っ赤にして口元を抑えて固まったまま動けない。


 ――なんなんだ、この、生殺しは。


 目の前には、寝台に横たわったまま泣きじゃくる婚約者がいる。それも、自分を好きだと繰り返しながら。


 ――だめだ。今、手を出したら、止まらなくなる。確実に。


 今すぐ城に帰って、この幸せな思いを噛みしめながら眠りにつきたかった。良い夢が見られるに違いない。

 けれど悲しむ婚約者を放置したままにはできない。


 元婚約者だった隣国の王女の存在が、こんなに彼女を苦しめていたと彼は気づいていなかった。婚約を申し込む時に、彼女は流行病で死んだと発表されたことと、能力不足な自分が愛想を尽かされたことは説明していたが、女性の気持ちへの配慮がまだ足りなかったと痛感する。


 躊躇いながら、彼はアマリエの額に触れた。


「嫌ってなんかいない。なにをされたって、俺は貴女が好きだ」


 触れた額は、まだまだ熱かった。枕元に落ちたままのタオルを拾い上げる。


「頭を冷やした方がいい。水も飲むか?」


 小さく頷いた彼女の体を、ローグヴァルトは起こした。置いてあった水さしからコップに水を注いで差し出す。

 アマリエは大人しく一口飲んだ。

 熱い体に冷たい水が流れ込んでいく。その冷たさが、彼女の意識を覚醒させた。


「……殿、下?」

「どうした?」


 枕元で優しく微笑む皇太子にアマリエは息を呑む。


「な、なんで……え? いつ。どこから、私?」


 パニックになる少女をローグヴァルトは優しくなだめる。


「落ち着け。大丈夫だ」


 彼女の手から飲み終わったコップを取り上げ、再び寝台に寝かせる。


「まだ熱が高いから、大人しく寝ていろ」


 不安そうな顔をする少女の額に濡らしたタオルを乗せる。


「早く良くなってくれ。このままでは、キスもできない」


 体温の高い手を取って、彼は唇を寄せた。少し、意地悪く笑う。


「恥ずかしいけど、嬉しいんだろう?」


 ひゅっと、アマリエが息を呑んだ。

 布団の中に逃げようとする彼女の手を、皇太子は強く握って捕らえたまま楽しそうに笑っていた。

8話は明日6月13日(土)20時投稿予定。その後の二人をお楽しみに。


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