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黒鷲の皇太子は拾った猫を溺愛する~冷徹な彼はキス魔でした~  作者: はるてん


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6話 舞踏会会場


 今夜は城の大会場にたくさんの貴族が集まっている。着飾った人々の中に、アマリエとローグヴァルトもいた。

 飾緒付きの軍服を着た皇太子に、紅いドレスを身にまとったアマリエが付き添っている。会場の中で唯一の未成年カップルは、大人達に微笑ましい目で見られていた。


「皇太子殿下は、婚約者と良い関係を築かれているようね」

「学園でもそれはもう仲睦まじく過ごされているとか」

「良いことではないですか。隣国の王女様との縁談、なくなって良かったですわ」

「随分我儘な方だという噂でしたからね。他国の皇后なんて、政治介入のきっかけになりますし、我が国には不要でしょう」

「他国の側妃ですら、面倒ですものね」

「ちょっと。その言い方、良くありませんわよ」

「あら失礼。でも、灰色のあの方、もう見かけないから」

「随分前に男児を御産みになったと発表されて以来、音沙汰がないですわね」

「正妃様も皇太子殿下もいらっしゃるのですもの。側妃様の出番はないでしょう」

「不憫な人生ですわね」




「次はメンドリク伯爵。最近、ご令嬢の縁談が決まったはずです」

「次はスターホルト伯爵。新しい服飾事業が評判です」


 入れ替わり立ち替わり挨拶にくる貴族達。蝋燭だけの薄暗い会場で、アマリエは次に控える貴族の情報を的確にローグヴァルトに伝える。

 アマリエをパートナーにして一年経っても、その情報が外れたことはない。

 グリーヴァンスの才女はその類稀な記憶力と情報収集能力、そして夜目の効く観察眼で皇太子を完璧にフォローしていた。


「お疲れ様でした、殿下」


 挨拶に集まった人々を全て捌き切ったところて、ローグヴァルトは一息ついた。アマリエが持ってきてくれたシャンパンを一気に飲み干す。


「貴女も。今夜のサポートも助かった。ありがとう」

「お役に立てたなら、よかった」

「俺には貴女が必要なんだ。いい加減自信を持ってくれ」


 そっと腰を引き寄せられて、アマリエは照れる。

 昔は苦手でしかなかった舞踏会だが、今では彼女が最も張り切る場所だった。


 ――だって、一番殿下のお役に立てる。


 人前でダンスを踊ることはまだ緊張するが、それを差し引いても、アマリエは舞踏会が好きになっていた。


「殿下、少々よろしいでしょうか」


 一人の従者がそっとローグヴァルトに近づいていた。彼の耳打ちにローグヴァルトは顔をしかめる。


「行ってきてください、殿下」


 ただならぬ雰囲気を感じたアマリエは、自分からそう切り出した。


「私、星でも見て待ってますから」


 聞き分けの良すぎる婚約者に複雑な思いを抱きながら彼は彼女の手を取る。


「すぐに戻る」


 そう言って彼は彼女の手に口づけた。見ていた大人たちが、くすりと笑う。


 ローグヴァルトが従者と去った後、周りの視線に耐えられなくなったアマリエは足早にバルコニーへ移動した。夜の空気を吸いながら、赤くなった頬を冷ます。空には星が綺麗に瞬いていた。


「もしかして、グリーヴァンス嬢ですか?」


 幼い声が聞こえた。


 ――こんな時間に、子供!?


 一気に体が冷えていく。慌ててその場を立ち去ろうとした時。


「こっちです。上ですよ上」


 笑いを含みながら、幼い声が再び聞こえた。彼女は恐る恐る見上げると、上階のバルコニーから一人の子供が、手摺の間からアマリエを見ていた。


「はじめまして、グリーヴァンス嬢。兄上がいつもお世話になっています」


 彼は黒髪に灰色の瞳を持つ子供だった。


 ――髪の色に、瞳の色。年齢。兄上という言葉。


 パチパチと、アマリエの中で情報のパズルがはまっていく。確信を得た彼女は、上階にいる子供にカテーシーで深々と頭を下げた。


「お初にお目にかかります。ラグナル殿下」

「なるほど。僕の名前まで知ってるなんて、本当に優秀なんですね」


 嬉しそうに子供は笑う。


 ラグナル・グランディヴェル。戦で手にした土地、南方のエル・ドラドール自治領から嫁いできた側妃が産んだ、第二皇太子。

 表舞台に出たことのない彼が、何故一人でここにいるのか。母親も呼ばれていない舞踏会に踏み入るのはマナー違反ではないのか。疑問はあったが、アマリエは頭を下げたまま動かなかった。仮にも皇族の彼に、一侯爵令嬢である彼女が礼を欠くわけにはいかない。

 自分を子供扱いしようとせず、あくまで皇族として接するアマリエにラグナルは笑みを強める。


「本当に優秀な方ですね。兄上は、良い後釜を見つけましたね」


 後釜、という言葉は、軽快な音を立ててアマリエの心に刺さった。


「知っていますか? 兄上は元々、隣国の王女と婚約していたんです。兄上は、王女を必要な人だ、と言っていました」


 さくさくと、アマリエの心に傷が増えていく。


「兄上は優しい人だから、傍に置く人間を大切に扱うでしょう。また婚約破棄されては大変ですし。よかったですね! 例え貴女が無能になっても、兄上は貴女を大事にしてくれますよ」


 頭を下げたままのアマリエは、だんだん息ができなくなっていく。幼い笑い声が、聞こえなくなる。


 ――どうして。カテーシーの特訓でも、こんなこと、なかったのに。


「アマリエ?」


 聞き慣れた声にはっと頭を上げると、怪訝な顔をしたローグヴァルトがそこにいた。


「なにをしているんだ」

「あ、の。そこに」


 近づいてきた彼に、理由を説明しようと彼女は上階を見上げる。すると、そこには誰もいなくなっていた。


「誰か、いたのか」

「あ、いえ、その」


 アマリエは考える。側妃の住まいは離宮と定められているはずだった。この迎賓棟に来るためには、正妃たちが住む本館を通って回廊を抜け、城を端から端まで移動する必要がある。

 そんな自由な行動を、側妃とその子供に許されているとは思えなかった。

 けれど自分の言葉一つで誰かが罰せられる未来を背負うことができなくて、彼女は記憶を閉ざした。


 アマリエは微笑んでローグヴァルトに向き直る。


「練習、です。カテーシーの。最近、していませんでしたから」

「……まあいい。それより、見てくれ」


 そう言ってローグヴァルトが取り出したのは、桃色のカリソンだった。小舟のような愛らしいひし形のそれには、砂糖のアイシングが施されている。


「ここに来る途中に見つけた。貴女が好きそうだと思って」


 一つつまんで、彼はそれをアマリエの口元に持っていく。戸惑いながらも彼女が口にすると、それは上品な甘さを口の中に広げた。アーモンドとフルーツの風味が鼻に抜けていく。


「美味しいか?」

「はい。とても」


 すると、ローグヴァルトは笑って彼女の唇に自分のを重ねた。


「甘いな」


 嬉しそうに彼は笑う。


「きっと、好きだと思ったんだ。持ってきてよかった」


 ――よかったですね。


 不意に、幼い声が耳の奥で響いた。


 ――例え貴女が無能になっても、兄上は貴女を大事にしてくれますよ。


 アマリエの笑顔が固まった。その違和感をローグヴァルトは見逃さない。


「どうした?」


 彼女は虚ろな目をしていた。我に返ったアマリエは、慌てて笑顔をとりつくろう。


「なんでもないです」

「本当に?」


 紅い瞳が真っ直ぐに彼女を見る。いつも逃げてしまうその視線から、今夜はなぜか目が離せない。


 ――必要な人だ、と言っていました。


 幼い声が再び蘇る。


 ――また婚約破棄されては大変ですし。


 大切にされていることをアマリエは十分分かっている。


 ――貴女が無能になっても。


「……殿下は」


 口が、勝手に動いていた。


「隣国の王女様のことを、必要な人だ、とおっしゃっていたんですか」


 ローグヴァルトの表情が、かすかに動いた。


「誰に聞いた」


 彼が否定しないことが、答えだった。アマリエは視線を落とす。


「今夜は、その、疲れてしまって」


 もう一度触れようとしたローグヴァルトの手から、アマリエはそっと距離をとる。


「帰りの馬車では、少し眠らせてください」






 少年から遠ざかる少女の姿を窓ガラス越しに見て、その子供は笑っていた。


「なんだ。頭がいいのに、ずいぶん簡単ですね」


 灰色の瞳が少年を映す。彼の顔は悲痛に歪んでいる。それを見て、子供は楽しそうに笑う。


「いい顔ですね、兄上。僕たち親子を踏みにじりながら生活してるんです。そのぐらいの顔、安いものでしょう?」


 邪悪な笑顔が、暗い部屋の中、月明かりに照らされていた。

7話は本日6月12日(金)22時投稿予定。不穏に終わった二人の行く末です。


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