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白井キャプテンの物語  作者: AI(御茶之川)
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アビゲイル編3 「アビゲイルと海」


五日目の朝、白井キャプテンは誰よりも先に目を覚ました。


白井「よし、今日はとっておきの星に行くぞ!」


その声の大きさに、ペリカリノが飛び起きた。


ペリカリノ「うわっ、朝から何なんだよ!」


白井「とっておきだ!」


ペリカリノ「二回言うな!」


白井「タルト! あの星の座標入れたか!」


タルト「入力済みです。到着まで約二時間」


白井「よし、最高だ!」


ジェントル「キャプテン、なんかいつもよりテンション高くないですか!」


白井「気づいたか!」


ジェントル「気づきますよ!」


白井「今日はな、俺が昔から気になってた星なんだ!」


ペリカリノ「昔からって、いつだよ」


白井「忘れた! でも気になってた!」


ペリカリノ「記憶より気持ちが勝ってるんだよ!!」


ネコさん「にゃふふ、白井キャプテンがはしゃいでるにゃ」


ネクタイ「パン、多めに焼く」


白井「いいぞ、今日は宴だ!」


ネクタイ「宴」


白井「宴だ!」


その騒がしさの真ん中で、アビゲイルは窓際の席に座り、静かに白井を見ていた。


いつもより声が大きい。


いつもより、笑っている回数が多い。


アビゲイル「……今日は、機嫌がいいんですね」


白井「おう!」


アビゲイル「理由、聞いてもいいですか」


白井「とっておきの星だからだ!」


アビゲイル「それはさっき聞きました」


白井「じゃあもう知ってるな!」


アビゲイル「……」


理由になっていない。


けれど、なぜか、それ以上聞く気にはならなかった。


ただ、彼のその声の弾み方が、今日という日に何かの予感を含んでいるような気がした。


――――


二時間後。


宇宙船が、ゆっくりと大気圏へ入っていく。


窓の外に広がったのは、これまで見たどの星とも違う色をした空だった。


淡い水色と、金色と、ほんのりとした桃色が、絵の具を溶かしたように混ざり合っている。


ジェントル「うおおおお!! 空がすごい色だ!!」


白井「言っただろう、とっておきだって!」


ペリカリノ「これは……確かに、すごいな」


ネコさん「にゃあ……綺麗にゃあ……」


宇宙船が着陸したのは、白く柔らかな砂浜の少し手前だった。


扉が開いた瞬間、潮の香りに似た、けれどもっと甘く澄んだ匂いが船内に流れ込んできた。


アビゲイルは、真っ先にその匂いに気づいた。


アビゲイル「……」


白井「行くぞ!」


真っ先に飛び出したのは白井だった。


ジェントル「待ってくださいよキャプテン!」


白井「待たない! 見ろ、あれを!」


白井が指差した先には、視界の端から端まで広がる、途方もなく大きな海があった。


その海は、ただ青いのではなかった。


深いところは藍色に近く、浅瀬に近づくにつれて、透き通った翡翠色へと変わっていく。


波が寄せるたびに、その境目がまるで呼吸をするように揺れ動いていた。


ペリカリノ「……なんだよ、これ」


タルト「解析します」


白井「解析なんかいらん! 見て感じろ!」


タルト「承知しました」


海面には、無数の小さな光の粒が浮かんでは消えていた。


まるで、夜空の星をすくい取って水面に散らしたかのように。


ジェントル「あれ、生き物か?」


白井「魚だ! 光る魚がいるんだ!」


その言葉通り、波の下では、掌ほどの大きさの魚たちが群れになって泳いでいた。


一匹一匹が淡く発光しながら、まるで示し合わせたように、同じ方向へ一斉に旋回する。


その動きは、風に舞う花びらの群れのようでもあり、渡り鳥が編隊を組んで空を横切る時の美しさにも似ていた。


砂浜には、大きな二枚貝のような生き物がいくつも転がっていて、波が寄せるたびに、殻の隙間からほんの少しだけ真珠色の光をこぼしていた。


そして、遠浅の岩場には、白い長い脚を持つ鳥に似た生き物が、まるで彫刻のように片脚だけで佇み、じっと海を見つめていた。


その静けさは、周りの賑やかさとは対照的で、まるで海全体の静寂を、その一羽が一身に引き受けているかのようだった。


アビゲイルは、船を降りたところで立ち止まったまま、しばらく動けずにいた。


アビゲイル「……」


白井「アビゲイル! 来ないのかー?」


アビゲイル「……行きます」


ゆっくりと、砂浜に足を踏み入れる。


柔らかく、けれど確かな感触が、足の裏に伝わってきた。


一歩進むごとに、波の音が少しずつ大きくなっていく。


寄せては、返す。


寄せては、返す。


その繰り返しのリズムが、アビゲイルの中の何かと、静かに重なっていった。


アビゲイル「……」


これは、知っている音だった。


彼女がずっと暮らしていた家の近くにも、海があった。


灰色がかった、静かな海。


誰もいない浜辺で、一人、何もない紙を見つめていた日々。


あの海は、いつも同じ表情をしていた。


変わらないことを、何よりも約束してくれる場所だった。


けれど、今、目の前にある海は違う。


同じ「寄せては返す」音を持ちながら、まったく違う色をして、まったく違う生き物たちを抱えて、まったく違う輝き方をしている。


同じはずなのに、同じではなかった。


アビゲイル「……」


白井「どうした」


アビゲイル「……似てるんです」


白井「?」


アビゲイル「私が、ずっと住んでいた家の近くの海に」


白井「そうか!」


アビゲイル「でも、全然違います」


白井「そうだろうな」


アビゲイル「……不思議です」


白井「宇宙は広いからな」


アビゲイルは、波打ち際まで歩いていった。


裸足になって、爪先を水に浸す。


冷たさと、ほんの少しのぬるさが混ざり合った、不思議な温度だった。


足元で、小さな光る魚の群れが、驚いたように散らばり、またすぐに集まってくる。


その動きに、思わず声が漏れた。


アビゲイル「……綺麗」


隣で、ジェントルが叫んでいた。


ジェントル「キャプテン! あの鳥、近づいても逃げないぞ!」


白井「触ってみよう!」


ジェントル「触るのか!?」


ペリカリノ「触ったら怒られるかもしれないだろ!!」


ネコさん「にゃんて優雅な鳥にゃあ……」


ネクタイは砂浜に座り込み、パンを頬張りながら海を眺めていた。


ネクタイ「……いい風」


タルトの小型カメラが空を旋回し、光る魚の群れを上空から撮影していく。


タルト「記録中です。この惑星は、これまで観測したどの星とも生態系が異なります」


白井「だから言っただろう、とっておきだって!」


その声は、朝からずっと変わらず弾んでいた。


アビゲイルは、波打ち際に座り込み、膝を抱えた。


潮風が、頬を撫でていく。


遠くで、また誰かが叫び、誰かが笑い、誰かがパンを食べている。


その騒がしさの向こうに、静かな海が、ずっと広がっていた。


アビゲイル「……」


彼女は、ポケットに手を入れた。


あの、弥明後日の都市で手にした一枚の白紙に触れる。


自分の知らない時間、自分の知らない場所、自分の知らない何か。


その「次」が、今、目の前にあった。


――――


夕方近く、浜辺から少し歩いたところに、古い一軒の空き家があるのを見つけたのはネコさんだった。


ネコさん「にゃ、こんなところに家があるにゃ」


白木造りの、小さな平屋だった。


窓は潮風で少し曇っていたが、壊れてはいない。


誰かが暮らしていた形跡があったが、今は誰もいないようだった。


ジェントル「誰か住んでるのか?」


タルト「周辺に生体反応はありません。空き家と思われます」


白井「いい家だな!」


ペリカリノ「いい家って、勝手に入っていいのかよ」


白井「誰もいないなら問題ない」


ペリカリノ「その理屈、いつか痛い目見るぞ……」


アビゲイルは、その家の前に立っていた。


木製の扉。


小さな窓。


家の裏手からは、さっきの海の音がかすかに聞こえてくる。


寄せては、返す。


アビゲイル「……」


白井「アビゲイル」


アビゲイル「はい」


白井「どうする」


アビゲイル「……何がですか」


白井「この星、気に入ったか」


アビゲイルは、しばらく黙っていた。


海の音。


潮の匂い。


さっき見た、光る魚の群れ。


片脚で佇んでいた白い鳥。


そして、この誰もいない、静かな家。


アビゲイル「……はい」


白井「そうか。じゃあ、ここにするか?」


アビゲイル「……いいんですか」


白井「もちろん、アビゲイルが決めることだ」


アビゲイル「……」


決める。


けれど今度は、誰かに強いられたわけではなかった。


アビゲイル「……ここにします」


白井「よし!」


その返事は、今日一番の大きな声だった。


ジェントル「アビゲイル、ここに住むのか!」


アビゲイル「……はい」


ペリカリノ「別れんのかよ」


アビゲイル「はい」


ペリカリノ「……そうか」


意外にも、少しだけ寂しそうな顔をして、すぐにそっぽを向いた。


ネコさん「にゃんだか、あっという間だったにゃあ」


アビゲイル「そうですね」


ネコさん「元気でにゃ」


アビゲイル「はい」


ネクタイ「パン、置いていく」


アビゲイル「……ありがとうございます」


ネクタイ「たまに食べて」


アビゲイル「はい」


その軽さが、アビゲイルには何よりもありがたかった。


大げさな涙も、長い説得も、そこにはなかった。


ただ、いつもの調子のまま、みんながそれぞれの言葉を置いていくだけだった。


――――


日が沈む少し前、アビゲイルはポケットから、あの白紙の紙を取り出し、扉の前に立った。


そして、ポケットに入っていたペンで、その紙に、自分の手で新しく書き足した。


「アビゲイル」


たった五文字。


けれど、初めて、誰にも書かされることなく、自分の意志で書いた文字だった。


彼女はその紙を、扉の上に貼り付けた。


これが、私の家です、と示すように。


白井「いいな、それ」


アビゲイル「……そうですか」


白井「表札、初めて見た」


アビゲイル「そうなんですか」


白井「知らん」


アビゲイル「……」


その適当さに、アビゲイルは少し笑ってしまった。


夕焼けが、海一面をオレンジ色に染めていく。


光る魚たちの輝きが、夕日の色と混ざり合い、まるで海そのものが燃えているように見えた。


その向こうを、あの白い鳥が一羽、ゆっくりと羽ばたいて横切っていった。


白井「じゃあな」


アビゲイル「……もう行くんですか」


白井「もう行く」


アビゲイル「そうですか」


白井「またな!」


アビゲイル「……はい」


ジェントル「元気で!」


ペリカリノ「……まあ、たまには顔出すかもな」


ネコさん「にゃんかあったら呼ぶにゃ」


ネクタイ「パン、また持ってくる」


タルト「またお会いしましょう」


それぞれが、それぞれの言葉を残して、宇宙船へ戻っていく。


引き止める者も、泣く者も、いなかった。


ただ、いつも通りの、軽いさよならだった。


アビゲイルは、扉の前に立ったまま、それを見送った。


宇宙船のエンジン音が響き、砂浜の砂が舞い上がる。


やがて船は、夕焼けの空へと吸い込まれるように昇っていった。


小さくなっていく船影を、アビゲイルはいつまでも見ていた。


見えなくなってからも、しばらく。


アビゲイル「……」


彼女は振り返り、扉に貼られた紙を見た。


「アビゲイル」


自分の名前。


自分の家。


彼女は静かに扉を開け、中へ入った。


窓の外には、変わらず海が広がっている。


けれど、それはもう、変わらないことを約束するための海ではなかった。


寄せては、返す。


その繰り返しの中に、今日という日が、確かに一つ増えていた。


アビゲイルは窓辺に腰を下ろし、海を眺めた。


光る魚の群れが、また一斉に旋回する。


その輝きを見ながら、彼女は小さく呟いた。


アビゲイル「……その次」


まだ何も決まっていない、これからの時間。


けれど、それを怖いとは、もう思わなかった。


海の音だけが、いつまでも、静かに響いていた。


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