「田んぼの魂と呪文」の巻
宇宙船《オデッセイβ》は、のどかな田園風景が広がる小さな星の上に降りていた。
タルト『惑星名、未登録。地表の93%が水田で構成されています』
ペリカリノ「また変な星かよ……」
しかし目の前の田んぼには、人がいなかった。代わりに、半透明の光の塊が無数に揺れて、黙々と稲を刈っている。
ネコさん「あれ、魂にゃ……?」
ジェントル「ガンダで話しかけてみるか!」
白井キャプテンはすでに田んぼのあぜ道に立っていた。
白井キャプテン「おい、そこの光たち。何作ってんだ?」
魂の一つがゆっくりとこちらを向いた。
魂「……米だ」
白井キャプテン「なるほど。で、お前ら何なんだ?」
魂「我らはこの星に縛られし魂の集い。米を作り、米を食べ、米とともに在り続ける」
ペリカリノ「なんか静かなやついんな……」
白井キャプテンがさらに何か聞こうとした瞬間、魂たちが一斉に口を開いた。
魂たち「――転位の言霊、次元の狭間へ導かん」
次の瞬間。
世界が裏返った。
色が消え、音が消え、上下という概念が消えた。代わりに、無数の「層」が同時に重なって見えた。
ペリカリノ「うわあああああああ!? 何が起きた!?」
ジェントル「ガンダで変な感じがするぜ!!」
ネクタイ「……パンが遠く感じる」
ネコさん「にゃんか、体がふわふわするにゃ」
タルト『警告。現在、通常の第三層観測可能領域を離脱しています。多次元構造の深層に遷移した可能性が高いです』
ペリカリノ「多次元宇宙に来ちまったのかよ!!」
しかし白井キャプテンは、むしろ機嫌良さそうに周囲を見回していた。
白井キャプテン「おお、ここか。久しぶりだな」
ペリカリノ「はあ!? 知ってるのか!?」
白井キャプテン「ああ。お前らが来る前に、一人で何度か来たことある」
タルト『記録を確認。白井キャプテンの単独航海時代に、類似した空間座標への遷移ログが17件残っています』
ペリカリノ「一人でこんなとこ来てたのかよ、こいつ……」
白井キャプテンは指を一本立てた。
白井キャプテン「いいか、ここは“層が固定されていない空間”だ。普通の宇宙みたいに『ここが上でここが下』が決まってない。だから意識で位置を決めないと、永遠に漂うことになる」
ジェントル「ガンダで理解したぜ!」
ペリカリノ「理解してねえだろ!!」
白井キャプテン「出口は簡単だ。自分の“元いた層の記憶”を強く思い浮かべろ。特に、さっきまで感じてた重力とか、空気の感触とかな」
ネクタイ「……パンの味」
白井キャプテン「それでいい」
ネコさん「みんなの顔、思い出すにゃ」
ジェントル「ガンダで駆けてた感覚だぜ!」
タルト『遷移座標を再構築中です』
ペリカリノ「お前らなんでそんなに落ち着いてんだよ!!」
白井キャプテン「慣れてるからな」
次の瞬間、空間が急激に収縮した。
ドン、と足元に感覚が戻る。
気づくと、一行は元の田んぼのあぜ道に立っていた。
魂たちは相変わらず、黙々と稲を刈っている。
ペリカリノ「……戻れた。マジで戻れた」
白井キャプテンは魂の一団に歩み寄った。
白井キャプテン「おい。いきなり飛ばすなよ。慰謝料請求するぞ」
魂「……米でよければ払おう」
白井キャプテン「金で頼め」
魂「我らに金という概念はない」
白井キャプテン「じゃあ米一百俵」
魂「今年の収穫はすでに予定が埋まっている」
白井キャプテン「……けちだな」
そう言って、白井キャプテンは腹を抱えて笑い出した。
白井キャプテン「はっはっはっ! まあいい、面白かったから!」
ペリカリノ「面白かったで済ませるな!!」
ジェントル「次はガンダで米も貰おうぜ!」
ネクタイ「パン用の米、欲しい」
ネコさん「にゃんとかなってよかったにゃ」
タルト『慰謝料の請求は失敗しました。なお、白井キャプテンの心拍数は通常時より18%上昇しています。楽しんでいるようです』
ペリカリノ「だから記録するな!!」
宇宙船に戻る一行の後ろで、魂たちは再び静かに稲穂を揺らしていた。
白井キャプテンは操縦席に座り、独り言のように言った。
白井キャプテン「多次元宇宙、やっぱりいいな」
ペリカリノ「二度と行くな……」
――おわり。




