白井逮捕編2「え?罪状それだけ」
宇宙船の食堂に、爆発の煙と、白井キャプテンがいない空白が残っていた。
ジェントルが窓の外を見て、宇宙警察船が離れていくのを確認する。
ジェントル「……本当に連れてかれちまった」
ペリカリノ「当たり前だろ。逮捕状出されてんだから」
ネクタイ「……パン、冷めた」
ペリカリノ「今それ言うかよ」
ネコさん「キャプテン、大丈夫かにゃ……」
タルト「統計的には、宇宙警察の『バロック』級に拘束された場合の生還率は――」
ペリカリノ「やめろって言っただろ!」
タルト「……割愛します」
しばらく、誰も口を開かなかった。
食堂の壁には大きな穴が空いたままで、外の宇宙がぼんやり見えている。タルトが小型ドローンを飛ばして応急修理を始めているが、空気は重いままだ。
ペリカリノが、ふとタルトの方を向いた。
ペリカリノ「なあ、タルト。本当に容疑、教えられねえのか」
タルト「はい。暗号化情報のため、開示権限がありません」
ペリカリノ「でも知ってるんだろ」
タルト「……否定はしません」
ジェントル「じゃあさ、ヒントだけでも!」
タルト「ヒントも規則違反です」
ネクタイ「……パンのヒントなら?」
ペリカリノ「パン関係ねえだろ!」
ネコさんが、そっと席を立ってコーヒーメーカーのところへ行く。残っていた白井キャプテンのコーヒーカップを見つめながら、新しいのを淹れ始めた。
ネコさん「キャプテン、一口も飲めなかったにゃ……」
ジェントル「ネコさん……」
ネコさん「でも、にゃんとかなるにゃ。キャプテンはいつも、にゃんとかしてるから」
ペリカリノ「その『にゃんとか』が一番信用できねえんだよ……」
その時だった。
タルトのモニターに、突然、宇宙警察からの公式通信が割り込んできた。
タルト「通信を受信しました。宇宙警察署からの正式発表です」
全員が、一斉に画面を見た。
画面に、白井颯太の顔写真と、逮捕状の全文が表示される。
ジェントル「……読んでくれ、タルト」
タルト「承知しました」
タルトの機械的な声が、静かに響き渡る。
『被疑者・白井颯太。罪状:宇宙基本法第〇条「新法確認義務」違反。宇宙全体に新たに施行された法律を、施行後24時間以内に必ず確認しなければならない義務を怠った罪。なお、当該法律の内容は『新しく発表された法律を必ず確認すること』である。』
沈黙。
長い沈黙。
ペリカリノが、ゆっくりと口を開いた。
ペリカリノ「……は?」
ジェントル「……え?」
ネクタイ「……パン?」
ネコさん「にゃ?」
タルト「以上が、正式な罪状です」
ペリカリノが立ち上がり、モニターを指差した。
ペリカリノ「待て待て待て! 『新しく発表された法律を必ず確認すること』を確認しなかった罪!? それだけ!?」
タルト「はい。それだけです」
ジェントル「つまり……キャプテンは、ただニュースを見てなかっただけで逮捕されたってこと?」
タルト「正確には、『確認義務を怠った』という一点です」
ペリカリノ「それ、法律として成立してんのかよ!?」
タルト「宇宙議会で全会一致で可決され、昨日施行されました。全宇宙に向けて、緊急速報と新聞の一面で告知済みです」
ジェントル「……キャプテン、昨日からニュース見てなかったんだよな」
タルト「はい。一度も閲覧していません」
ネクタイが、ゆっくりとパンを齧った。
ネクタイ「……普通に星巡って、普通に飯食って、普通に寝てただけ」
ペリカリノ「その『普通』が、今回は致命傷だったわけか……」
ネコさんが、淹れたてのコーヒーをテーブルに置いた。
ネコさん「キャプテン、最後のコーヒー、取っておくにゃ」
ペリカリノ「まだ『最後』って決まったわけじゃねえだろ!」
ネコさん「うん。にゃんとかなるにゃ」
ジェントルが拳を握りしめた。
ジェントル「……よし! じゃあ俺たちで助けに行くぞ! ガンダで!」
ペリカリノ「おい、待て。相手は宇宙警察だぞ。しかも最新型のバロック級だ」
ジェントル「関係ねえ! キャプテンを見捨ててられるかよ!」
ネクタイ「……パン、持ってく?」
ペリカリノ「持ってくとかそういう問題じゃねえ!」
タルトが、静かに口を挟む。
タルト「補足情報です。今回の逮捕は、法律の『初適用事例』として全宇宙に中継されています。白井キャプテンは、事実上の『新法確認義務違反の第一号』です」
ペリカリノ「……最悪だな」
タルト「ただし。法律の条文には、こうも記されています。『確認義務を怠った者が、逮捕後に当該法律の内容を正しく理解し、今後の確認を誓約した場合、情状により釈放を検討できる』と」
全員の顔が、一斉に上がった。
ジェントル「……つまり?」
タルト「白井キャプテンが署で『知りました。次からちゃんとニュース見ます』と一言言えば、釈放される可能性が高い、ということです」
ペリカリノ「……は?」
タルト「はい」
ペリカリノが、両手で顔を覆った。
ペリカリノ「……つまり、あのバカが『ニュース見てなかった』って正直に謝れば、終わる話だったってこと?」
タルト「統計的には、その確率が最も高いです」
ネクタイ「……パン、もったいない」
ネコさん「にゃ。でも、キャプテンらしいにゃ」
ジェントルが、ふっと笑った。
ジェントル「……そうだな。キャプテンらしい」
ペリカリノ「笑うな! 笑えねえだろ、これ!」
それでも、食堂の空気は少しだけ緩んでいた。
タルトが、モニターに宇宙警察署の座標を表示する。
タルト「現在、白井キャプテンは最寄りの宇宙警察署へ移送中です。到着まで、およそ47分」
ジェントル「じゃあ、その間に準備するぞ!」
ペリカリノ「何の準備だよ」
ジェントル「迎えに行く準備だ。キャプテンが『ニュース見ます』って言った瞬間に、すぐ迎えに行けるように!」
ネクタイ「……パン、多めに持ってく」
ネコさん「お薬も持っていくにゃ。キャプテン、ストレス溜まってるかもしれないにゃ」
ペリカリノが、深くため息をついた。
ペリカリノ「……ったく。こんなんで逮捕されるキャプテン、他にいねえよ」
タルト「統計上、確かに前例はありません」
ペリカリノ「だから言ってんだろ!」
食堂の穴から、星々が静かに輝いていた。
白井キャプテンがいない船は、少し静かで、少し騒がしくて、いつものように奇妙だった。
そして、47分後。
彼らは、キャプテンを迎えに行くことになる。
――ただし、その時キャプテンが本当に「次からちゃんとニュース見ます」と素直に言うかどうかは、また別の話である。
ー完ー




