◆かつて頑張り屋さんな僕
これは僕と彼女のたった一年間だけの恋の物語-その前日譚
「はぁ、はぁ、はぁ.......」
僕は、走る、走る、走る、目の前のゴールテープを目指し、走るだけ
苦しい、もう止まってしまいたい、でもなぜだか体はその意思に反して加速していく
隣の子に負けないように、必死に
そして、僕はゴールテープを切った
小学4年生の春、県主催のマラソン大会で僕は一位になった
この日のために一年運動してきた、縄跳びに水泳そしてひたすら走り込み
夏休みなんかは何回くじけそうになったことか、野球と並行して走る、泳ぐ、飛ぶ。
今思えば、およそ小学生がやっていい運動量ではなかった
でも、その日々が好きだった、いや、努力して輝いている自分が好きだったんだろう
ただの気まぐれだったのだろうか、理由は覚えていないが
僕は、泣いていた二位の子の手を取って表彰台へ登った
メダルをもらった時の高揚感と全能感、僕には走る才能があるんだ、そう思っていた
だから、高をくくっていた。努力などしなくても才能がある自分は負けない
だがそんなものは幻想だと、はっきりと思い知らされた
小学5年生、僕は6位だった。メダルすらもらうことは叶わなかった
一位の子は去年二位だったあの子だ、少し茶髪の混ざった黒髪でエメラルドグリーンが特徴の子
膝と手のひらには大きなかさぶたがあった。
僕にはわかる、あの子は去年の僕と同等、あるいはそれ以上の努力をひた向きに頑張ってきた
一位になるべくしてなった子だ
その子はメダルをもらった後辺りを見渡すと、僕と目が合った
その子は純粋に何の悪意も感じさせない笑顔で話しかけてきた
「都田くん?だよね、今年は私が一位貰っていくから、また勝負しよ!」
そう言って小指を差し出す、あっけにとられている僕は小指を出していた
「約束だよ?言っとくけど、私も負ける気ないから」
僕は首を縦に振る、その子の笑顔は落ち込んでいる僕にすら笑顔を分けてくれた
もっと努力しよう、そして来年は絶対に勝とう、そして、もっとこの子と話したい
だが、努力はできなかった、一年のらりくらりと何もせず生きてきたのだ
もう、その気力もないし根性も、一年で消え去った
夏で挫けた。
参加した小学生最後のマラソン大会、途中で横腹が痛くなり最終的に100位以下
あの子はまた一位
僕は逃げた、あの子に見つからないように
怖かった、失望されるのが
僕は泣いた、努力できなかった自分が憎くて、あの子と面と向かって話せなくて、逃げ出してしまって
そして、最悪の結論へと至ってしまった
(落ちるくらいなら、最初から努力せず生きていればいい
上を目指さなければ落ちることもない、だったらもういいや)
そう思った瞬間、胸の奥で何かが折れる音がした
野球の最後の大会も僕のミスで全国の道は途絶えた
ワンアウト満塁のピンチの時、僕にゴロが転がってきた、いつもの練習通り、取って握り変えて投げるだけ
でも、投げる瞬間、少し考えてしまった、暴投したら?僕のせいでチームが負ける?
その一瞬の迷いと不安は、投球動作のリズムを狂わせ、放り込まれた球は中途半端な場所でバウンドし
キャッチャーミットに収まることはなかった
最後の最後まで僕は自分を信じてやれなかった、輝いている僕を想像できなかった、嫌な予感だけが脳裏に焼き付いていた、チームメイトは僕のせいにはしなかった、みんな前を向いていた。
なんでみんなそんなに前を向けるのか、【努力】その言葉が脳裏によぎる。
そうだ、みんなこれまで努力してきた、夜まで居残って、遊びに行く時間すら削って
君達は眩しい、僕はもう輝きを失った
結局チームは準決勝、あと一勝で全国大会と言うところで負けてしまった
僕のミスが決勝点となって
僕らは引退した、そして中学校に入学
殆どのチームメイトがクラブの硬式野球へと流れ、部活の軟式に来たのは”かずくん”と僕のみ
中学校から始めたメンバーを加えた部員で緩い活動をしている
そんな中学校の入学式の日
「都田くん?」
僕は廊下で急に声をかけられた、それはかわいらしい女の子
茶髪混じりの黒髪を肩近くまで伸ばし、白く透明で綺麗な肌に
エメラルドグリーンの瞳が僕を真正面で捉える
(たしかクラスメイトの、名前.......なんだっけ.....と言うか
こんなにかわいい子が僕に何の用なのだろうか)
「えっと、僕に何か用?一応都田だけど」
その子は戸惑った表情を浮かべる
「都田くん.....私の事知ってる?」
「ごめん。今日が初めまして?だよね」
そう告げた時、その子は目線をそらした
「そっか....えっと、私は【霧宮 明野】、これからよろしくね?」
そう言ってその子は握手を求める
「.....?よろしく」
「.......したのに」
その子は去り際、何かを呟くが、うまく聞き取れない
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ピピピピピピー!
「ん.....朝か」
ボロボロのタブレットのアラームで起きる
昔日の夢を見た気がする、懐かしいな、そして、あの時の僕が羨ましい
その過去の思い出を振り払い登校の準備をする
そして、毎日素振りを50回ほどして登校するのだ
あの祭り以来、少しずつ生活を変えていっている、初日以降全く触れていなかった縄跳びを少しずつ飛び
朝は素振りをして登校するようになった
ただの気まぐれではあった、でも、霧宮さんに少し近づけた気がしたから今も続けられている
いつも通りの通学路
いつも通りの教室
いつも通り
「おはよ、霧宮さん」
「ん.......あと3ふん....」
(こりゃ完全に寝ぼけてるな、まぁ、少しくらいなら)
僕は霧宮さんの目の前の席に座り、霧宮さんの寝顔を眺める
なんて幸せそうな顔だ、僕は思わず笑みが零れる
こんな幸せな時間がずっと続けばいい、運命がそれを赦してくれるなら
(おっと、こういうのをフラグっていうんだよな、危ないアブナイ)
時刻は七時を回った、そろそろ起こさなければ
僕は霧宮さんの耳元に近づき、小さい声で告げる
「霧宮さ~ん、そろそろ起きないと、悪戯しちゃいますよ~」
無論そんな気はさらさらない、脅しのつもりだ
「してくれないの?」
「え」
まだ霧宮さんは起きていない、おそらく寝言だろう
(え、寝言、だよね、うん、そうだ、きっとそうだ、聞かなかったことにしよう)
今度は肩をつつく、指に伝わる感触は柔らかく、すぐに崩れてしまいそうだ
(....起きない)
今度は肩を掴み揺さぶる、すると霧宮さんの手が伸びてきて肩に伸ばした腕の二の腕を掴むとそのままそれを枕にして寝始めてしまった、さらに両手で僕の腕を抱え込むように抱き寄せる
柔らかで温かい感触が伝わる、吐息が当たる、シャンプーのしつこくない花の香が漂ってくる
やっぱり、敵わない
もう少しだけ、このままでいよう
時間が許す限り
お願いだから、時間よ、少しその歩みを止めて欲しい
この眩しさを僕はもっと、ずっと、そばで
眺めていたい
「ん.....ん~。ん?」
「あ、起きた、おはよ、霧宮さん、よく眠れた?」
「ふぁ~はぁ、おはよ、都田く....ん」
霧宮さんは自身が抱えている僕の腕を見つめると、すぐに手を離した
そして、目をそらし
「ご、ごめん。重かったでしょ、起こしてくれたらよかったのに」
「いや、なんか、あまりにもよく寝てたから、起こすのも申し訳ないって思ってね」
「ちょ、ちょっとお手洗いに行ってくるね」
と、霧宮さんは勢いよく教室を出て行った
やっと腕に血液が循環していく、腕がしびれて力が入らない
窓の外を眺める、桜が満開だったはずの木は今は真緑の葉っぱを羽織り、校舎を見守っている
それは、歩みを止めることを知らない時間を意識させる
しばらくして、扉が開く
そこには上半身だけひょこっと出した霧宮さんがいた
「ねぇ、都田くん、私、寝てるときなにか言ってた?」
(「悪戯してくれないの?って言ってたよ!」なんて言えるわけない)
「ん~?いや、特に何もなかったよ」
「ほんと?」
「ほんと」
「そっか、なら良いんだけど」
霧宮さんは席に着く
僕は、霧宮さんの瞳をじっと見つめる、今までエメラルドグリーンだと思っていた瞳、しかし、よく見てみると、青や赤、黄など鮮やかな彩がその可憐な瞳を形作っていた
霧宮さんはマジマジと見られ、少し目をそらすと、はにかんで笑った
「やっと顔合わせてくれた」
「やっと?」
「やっと.....だっていっつも私の席の前に来ると目合わせてくれないじゃん?」
そうだ、懐かしい、もう4か月も前になるのか。
壁ドンをされて、無理やり視線を合わせられた。そうか、それ以降も教室で僕から目を合わせることは殆どなかった、だから”やっと”なのか
「.......何度でもいうけど、教室でイチャイチャするか?普通」
”ゆう”がいつの間にか席に着きこちらを眺めている
「だ!か!ら!なんでそんなに気配を消すのがうまいんだよ!」
「ちなみに僕もいるよ、二人とも」
前の方に”こうやん”が座り、頬杖をついてこちらを見ていた
「”こうやん”まで⁉」
(あ、まって、デジャブだ、まっずい)
「谷崎さん?松原さん?覚悟はできてるよね?」
「いわんこっちゃない」
「ま、待ってくれ!霧宮!僕ら生徒会で早く来ただけなんだ!わかるだろ?頼むって」
「霧宮くん、落ち着いてくれ、これは不可抗力だ......明登!頼む!止めてくれ」
「二人とも、ごめんね、尊き犠牲は必要なんだ」
「薄情者!」
と二人の声が同時に聞こえる
「まて!霧宮、学級委員が暴力はよそう」
「今はそんな事関係ありません、一生徒として、覗き見た罰です」
霧宮さんは、すごく楽しそうだ
悪い笑顔も、かっこいい
その日、クラスメイトが登校した時、並んで倒れている谷崎と松原が目撃されたそうだ
本人たちは、生徒会に行ってからの記憶がないそうだ
そんな眩しくて、楽しい一日が
今日も始まりを告げている
ご一読感謝です!!!!
さて、初めての過去編ということで、少しでも都田くんについて知っていただきましたでしょうか
優しくて、メンタルの強い人というのは、メンタルが折れるとき、ゆっくりではなくある日突然プツリと途切れるんですよね。僕はそういう方々を何人か見てきました
皆さん本当に優しかった、だから抱えすぎてしまう。読者の皆様も抱えすぎず、考えすぎず、リラックスしてお過ごしくだされ!
次回はなんと、霧宮さん主観の物語が始まります、あのとき、この子はどういう感情だったのか
どんな笑い方をしていたのか、ぜひぜひ見届けてやってください
ではでは、次回「◆今も頑張り屋さんな君」にてお会いしましょ!!




