165. 幕間 龍と英雄
※第十回戦・ペルセウス戦と第十一回戦・ヘパイストス戦の順番を入れ替えました。
対戦順を発表した第141話の記載も変更しております。
ご確認の程よろしくお願い申し上げます。
2025年11月22日 若槻味蕾
「アポロンVSヘラクレス、決着ゥゥ――――ッ!!! とんでもない戦いでした!!
ここで救護班から連絡です! ヘラクレスの治療に時間がかかりますので、次の試合は明日となります!
新・十二の試練も残すところあと三戦! 乞うご期待です!」
砂が舞う闘技場に倒れた、二人の拳闘士。彼らを讃えるように、会場にはわれんばかりの拍手が響いていた。
★
真暗な医務室。治療を終えたヘラクレスが一人眠るそこに、こんこん、とノックの音が響く。
「……誰だ?」
ヘラクレスが問うと、若い男の声が答える。
「俺だよ」
少し開いた治療室の扉から姿を現す、木彫りの龍。ラードーンだ。
「……フフ。ずいぶんと小さくなったものだ、あの巨龍が」
「……ふ。お前のせいだ」
ラードーンも少し笑ってしまう。
少しの間を置いて、彼はヘラクレスに問いかける。
「お前はなぜそこまでして戦う? お前の強さの源は、何だ?」
ヘラクレスが鼻を鳴らす。
「……別に、強さなんて欲しくはなかったよ。ただ、大きな体と力を持って生まれた。それだけだ。
……だが、己は思うのだ。人はそれぞれ役目を持って生まれてくるんだと。
皆が補いあえるように、違った個性を持って生まれてくる。己が大きな体と力を持って生まれたのは、それを人類のために使えという目的があるんだ。そう信じている。
生き物は皆、補い合っている。生きている間は精一杯に生きて、種を残そうとする。死んだ後はその身を捧げて他者の栄養となる。そうして、世界の生命は助け合っているのだ。
ラードーン、お前にも、何か役割があるはずだ。
生き物は幸せになるために生まれてくる。そして自分を含めた生命すべてを幸せにするために。それに役立つ何かを、お前も持っているはずだ」
「誰かを幸せにするための……何か」
ラードーンは黙考する。
大きな体だろうか。百の頭だろうか。石化の光を放つ、星の瞳だろうか。
そうラードーンが問うと、ヘラクレスは低い声で答えた。
「ああ、それらかもしれない。だが本当に大切なのは、その力を使う者の心根なんだ。
お前の心が悪に染まれば、その力も凶器となるだろう。だが、それが正しい事のために振るわれるのならば、悪を滅ぼす正義の剣となり、誰かを守るための盾となる。
……正直、己はお前が悪しきモノだとは思っていない」
「……!」
驚くラードーンにヘラクレスは続ける。
「確かに己はお前を殺した。だが、それは自分の罪をそそぐためにした事だ。お前は、黄金の庭園を守るという自分の仕事を果たしただけだ。どちらかといえば、悪人は己だ」
「意外だ……俺みたいな醜い怪物を、お前は蔑んでるんだと思ってた」
「どこに蔑む必要がある? お前は勇敢な守護龍だよ」
ラードーンの目頭が熱くなる。
「……だがラードーン、お前はまだ迷っているな。自分がどう進むべきなのか」
「……ああ」
「別に構わん、そのまま悩み続けろ。お前が考え、この世界で生き、戦い続けるなら、お前は自分なりの”正解”にいつか辿り着く。生命としての自分の存在意義に」
「俺はもう死んでるが?」
「そういう話じゃない、在り方としての生命の話だ。たとえ死後だとて、答えを求めて進み続けるなら、お前は生きているよ。
逆に歩みを止めた時、お前は死ぬだろう」
「……」
「存在意義を理解し、そして果たした時、初めてお前は次の生命に生まれ変われるだろう。そうして輪廻を続けていくのが生命だ。
神々によって魂を留め置かれた我々は、まだ存在意義を果たしていない。その時まで、ひたすらに魂を燃やそうぜ。同志よ」
「……ああ」
ヘラクレスの瞳は明るかった。
やけに買われていることが恥ずかしくなって、ラードーンは暗い救護室を後にした。




