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星狩りのレプタイル ー邪眼のトカゲと夜空の英雄たちー  作者: 若槻味蕾
第6章 第3節「追想:新・十二の功業」
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164. Battle 9-2 拳戟

「太陽の戦車に、銀の弓矢……! 貴方の最も有名な神器か!」

「俺の全力を(もっ)て、今度こそ貴様を滅ぼす!」


 アポロンが白馬に(むち)を振るうと、巨大な(ひづめ)を踏み鳴らして戦車が走り始める。

 それは数秒でトップスピードに達し、黄金の光が目にも止まらぬ速さで闘技場を駆け回り始めた。


「踏み潰すぞ、ヘラクレス!」

「やってみろォ!」


 一軒家ほどもある黄金の塊を()いて、巨馬が土煙をあげてヘラクレスに迫る!


「フン!」


 ヘラクレスが指先から雷を放ち、それは巨馬の一頭に直撃する。

 だが、


「……何っ!」


 馬に着せられた鎧が雷を弾く。戦車の勢いは止まらない。


「こやつらに着せている鎧は全て神器! 貴様の火の粉のような雷ごときでは傷も付かん!」

「チッ……! だが、ただの馬では雷神化した(オレ)には触れられんぞ!」

「そんな事は織り込み済みだ!」


 巨馬は、当然のようにヘラクレスを()ね飛ばした。


「ぐわぁ!?」


 吹っ飛んだヘラクレスは、客席の前に張られたバリアに直撃し、ずるりと闘技場に落下する。


「鎧は全て魂に直接痛みを与える! 蹄鉄(ていてつ)もオリハルコン製だ!」

「くそっ、やりにくいな……! これじゃあ生身で戦ってるのと変わらん!」

「だが、生身では我が戦車に追いつけなかろう!」

「っ……!」


 アポロンの言う通りだ。生身のヘラクレスでは、アポロンの戦車のスピードに追い付くことはできない。


(雷神化は体力を大幅に消耗する……短期決戦しかない!)


 雷光となったヘラクレスは大地を蹴り、アポロンの戦車に向けて跳ぶ。その拳が、戦車の上のアポロンを狙う――


「――甘い!」


 アポロンは手綱から手を離し、銀の弓に矢をつがえている。


「!?」


 音速の矢がヘラクレスの腹を貫く。


「ぐおっ……」

「墜ちろ、蚊トンボが!」


 ヘラクレスが戦車から落ちていく。落ちたヘラクレスは巨馬に撥ね飛ばされ、石ころのように地面を転がる。


「人類最高の英雄もこの程度か。つまらんな」


 アポロンは戦車を止め、鼻で笑う。


「これ以上は時間の無駄だ。最後はボクシングの創始者たる、俺の拳で終わらせてやろう」


 そう言うとアポロンは戦車から飛び降りる。その両手が一瞬輝き、黄金の籠手が出現する。


「我が権能は『光』。これを収束し武具とすれば、魂に痛みを与える神器となる。

 俺はこの世に希望と幸福をもたらす光。しかし、光に近付き過ぎる者どもは、みな灼かれて身を滅ぼす。

 俺に届かんとした事が貴様の過ちだ。黄金の輝きにて、この祭事を終幕としよう」


 一歩、また一歩とアポロンがヘラクレスに歩み寄る。客席からヘラクレスに激励の声が飛ぶが、彼は立ち上がれない。膝をつき、地面に拳をついて、どうにか立とうと体を震わせているが、立ち上がれない。


「……滅びよ、ヘラクレス!」


 アポロンが跳ぶ。金の拳が振り上げられる。


「……うおおッ!」


 すんでのところでヘラクレスが一撃を返す。拳と拳が衝突し、鈍い音が響き渡る。


「まだ動くか!」

「こんなところで、負けてられないんでな!」


 アポロンの第二撃。ヘラクレスは腕でそれを弾き、拳を返す。アポロンはそれを躱し、左フックをヘラクレスの頬に決める。


 だが、


「ふふ……!」


 ヘラクレスはニヤリと嗤う。


「ほう、そうでなくては!」


 アポロンが、彫りの深い顔に初めて笑みを浮かべる。


 ジャブ、ジャブ。右ストレート。ヘラクレスのカウンター。それを左肩でアポロンが受け流し、続けざまにボディブローを放つ。全てが光の速さで行われる。

 だがヘラクレスもまた光だ。雷光という、アポロンとは異なる力強い光で、彼に劣らぬ速さで反撃を仕掛ける。


 この拳戟(けんげき)を、ヘラクレスは片膝をついたままこなしている。アポロンは時折立ち位置を変えながら、全方向から拳を浴びせるが、ヘラクレスは時折喰らいながらも、ほとんどに対応している。


『速い、速すぎる打ち合いです! もはやわれわれ常人の目には、ただ激しい光が点滅しているようにしか見えません!』


 二神(ふたり)の間に言葉はいらなかった。ただ拳のやりとりだけが、二神(ふたり)を高揚させていく。


「!」


 アポロンの右フックが脇腹に直撃し、ヘラクレスがよろめく。瞬間、アポロンの連撃が始まった。体を軸に回転させながら拳を放ちつづける。現代ではデンプシー・ロールと呼ばれる技だ。


(詰みだ、ヘラクレス!)


 連撃、連撃。神速、光速の連撃。フックだけではない、ストレートやアッパーも混ぜながらの連撃に、ヘラクレスはなすすべもなく打たれる。


『おおーっとヘラクレス、ついに力尽きたか!? 一発もパンチを返すことができません!』


 高揚した実況の声が響く。


(く……意識が……)


 ヘラクレスが白目を()きはじめる。


(この太陽神(オトコ)、強い……! 単純な戦闘の技量でいえば、ここまでの誰よりも高い! 人格さえ良ければ次代の神の王にもなるだろう……!

 ……だが!)


「終わりだァ!」


 アポロンが叫ぶ。大振りの左ストレートがヘラクレスの脳天を狙う――瞬間。


「ぐへぁ!?」


 アポロンの体の外側から、唐突に拳が襲来した。

 ヘラクレスが体を回転させ、アポロンが繰り出した左腕の外側から、右フックを命中させたのだ。


 アポロンは吹き飛び、そのまま二、三度地面をバウンドして転がる。空のように青い瞳が、白目を剥いてしまった。


 クロスカウンター。現代ではそう名付けられた技である。


「ふふ……楽しかったぞ、アポロン。敬意を表する」


 そう言ったヘラクレスもまた、その場に倒れ伏した。

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