164. Battle 9-2 拳戟
「太陽の戦車に、銀の弓矢……! 貴方の最も有名な神器か!」
「俺の全力を以て、今度こそ貴様を滅ぼす!」
アポロンが白馬に鞭を振るうと、巨大な蹄を踏み鳴らして戦車が走り始める。
それは数秒でトップスピードに達し、黄金の光が目にも止まらぬ速さで闘技場を駆け回り始めた。
「踏み潰すぞ、ヘラクレス!」
「やってみろォ!」
一軒家ほどもある黄金の塊を牽いて、巨馬が土煙をあげてヘラクレスに迫る!
「フン!」
ヘラクレスが指先から雷を放ち、それは巨馬の一頭に直撃する。
だが、
「……何っ!」
馬に着せられた鎧が雷を弾く。戦車の勢いは止まらない。
「こやつらに着せている鎧は全て神器! 貴様の火の粉のような雷ごときでは傷も付かん!」
「チッ……! だが、ただの馬では雷神化した己には触れられんぞ!」
「そんな事は織り込み済みだ!」
巨馬は、当然のようにヘラクレスを撥ね飛ばした。
「ぐわぁ!?」
吹っ飛んだヘラクレスは、客席の前に張られたバリアに直撃し、ずるりと闘技場に落下する。
「鎧は全て魂に直接痛みを与える! 蹄鉄もオリハルコン製だ!」
「くそっ、やりにくいな……! これじゃあ生身で戦ってるのと変わらん!」
「だが、生身では我が戦車に追いつけなかろう!」
「っ……!」
アポロンの言う通りだ。生身のヘラクレスでは、アポロンの戦車のスピードに追い付くことはできない。
(雷神化は体力を大幅に消耗する……短期決戦しかない!)
雷光となったヘラクレスは大地を蹴り、アポロンの戦車に向けて跳ぶ。その拳が、戦車の上のアポロンを狙う――
「――甘い!」
アポロンは手綱から手を離し、銀の弓に矢をつがえている。
「!?」
音速の矢がヘラクレスの腹を貫く。
「ぐおっ……」
「墜ちろ、蚊トンボが!」
ヘラクレスが戦車から落ちていく。落ちたヘラクレスは巨馬に撥ね飛ばされ、石ころのように地面を転がる。
「人類最高の英雄もこの程度か。つまらんな」
アポロンは戦車を止め、鼻で笑う。
「これ以上は時間の無駄だ。最後はボクシングの創始者たる、俺の拳で終わらせてやろう」
そう言うとアポロンは戦車から飛び降りる。その両手が一瞬輝き、黄金の籠手が出現する。
「我が権能は『光』。これを収束し武具とすれば、魂に痛みを与える神器となる。
俺はこの世に希望と幸福をもたらす光。しかし、光に近付き過ぎる者どもは、みな灼かれて身を滅ぼす。
俺に届かんとした事が貴様の過ちだ。黄金の輝きにて、この祭事を終幕としよう」
一歩、また一歩とアポロンがヘラクレスに歩み寄る。客席からヘラクレスに激励の声が飛ぶが、彼は立ち上がれない。膝をつき、地面に拳をついて、どうにか立とうと体を震わせているが、立ち上がれない。
「……滅びよ、ヘラクレス!」
アポロンが跳ぶ。金の拳が振り上げられる。
「……うおおッ!」
すんでのところでヘラクレスが一撃を返す。拳と拳が衝突し、鈍い音が響き渡る。
「まだ動くか!」
「こんなところで、負けてられないんでな!」
アポロンの第二撃。ヘラクレスは腕でそれを弾き、拳を返す。アポロンはそれを躱し、左フックをヘラクレスの頬に決める。
だが、
「ふふ……!」
ヘラクレスはニヤリと嗤う。
「ほう、そうでなくては!」
アポロンが、彫りの深い顔に初めて笑みを浮かべる。
ジャブ、ジャブ。右ストレート。ヘラクレスのカウンター。それを左肩でアポロンが受け流し、続けざまにボディブローを放つ。全てが光の速さで行われる。
だがヘラクレスもまた光だ。雷光という、アポロンとは異なる力強い光で、彼に劣らぬ速さで反撃を仕掛ける。
この拳戟を、ヘラクレスは片膝をついたままこなしている。アポロンは時折立ち位置を変えながら、全方向から拳を浴びせるが、ヘラクレスは時折喰らいながらも、ほとんどに対応している。
『速い、速すぎる打ち合いです! もはやわれわれ常人の目には、ただ激しい光が点滅しているようにしか見えません!』
二神の間に言葉はいらなかった。ただ拳のやりとりだけが、二神を高揚させていく。
「!」
アポロンの右フックが脇腹に直撃し、ヘラクレスがよろめく。瞬間、アポロンの連撃が始まった。体を軸に回転させながら拳を放ちつづける。現代ではデンプシー・ロールと呼ばれる技だ。
(詰みだ、ヘラクレス!)
連撃、連撃。神速、光速の連撃。フックだけではない、ストレートやアッパーも混ぜながらの連撃に、ヘラクレスはなすすべもなく打たれる。
『おおーっとヘラクレス、ついに力尽きたか!? 一発もパンチを返すことができません!』
高揚した実況の声が響く。
(く……意識が……)
ヘラクレスが白目を剥きはじめる。
(この太陽神、強い……! 単純な戦闘の技量でいえば、ここまでの誰よりも高い! 人格さえ良ければ次代の神の王にもなるだろう……!
……だが!)
「終わりだァ!」
アポロンが叫ぶ。大振りの左ストレートがヘラクレスの脳天を狙う――瞬間。
「ぐへぁ!?」
アポロンの体の外側から、唐突に拳が襲来した。
ヘラクレスが体を回転させ、アポロンが繰り出した左腕の外側から、右フックを命中させたのだ。
アポロンは吹き飛び、そのまま二、三度地面をバウンドして転がる。空のように青い瞳が、白目を剥いてしまった。
クロスカウンター。現代ではそう名付けられた技である。
「ふふ……楽しかったぞ、アポロン。敬意を表する」
そう言ったヘラクレスもまた、その場に倒れ伏した。




