166. Battle 10 VS. Hḗphaistos & Ferrumion
翌日、空は厳かな曇天。
太陽神たるアポロンが治療中のためか、はたまた、この試練が終わりに近づいている事に天も緊張しているのか。
『第十回戦、登場するのはこの英雄――――ッ!!!!!』
すでに二人の英雄、三頭の怪物と、四柱の神々を打ち破った大英雄。
闘技場の風に固い金髪をなびかせて、ずしん、ずしんと地鳴らしを響かせながら巨体が入場する。
天を衝く巨漢は――至高の英雄、ヘラクレス。
それに対するは、
『イェ―――――――――ッハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!!!!!』
黒雲に響く、不敵な哄笑。
その直後、闘技場の上空に、巨大な鉄塊が飛来する。
鉄塊は、翔んでいた。背に生えた四本の筒から火を噴かして、三十メートルはありそうなその人型の巨体が、空を舞っている。
『……どっど――――――んんんんんッ!!!!!!!!』
隕石のように落下した鉄人が、擬音を叫んで着地するとともに、猛烈な砂煙が会場に立ち込める。
――否、叫んだのは鉄塊ではない。
『数々の難敵を打ち破り、ついに十度目の試練に挑むヘラクレス! その前に立ちはだかるのはこの男神!!
鋼の巨人フェルミオンと、鍛冶神ヘパイストスだ――――ッ!!!!!!』
『イェッハハハ!! 我が最高傑作たる神器、フェルミオンの前に、人がどこまで抗えるか見極めさせてもらおうかのう!!』
やけにテンションの高い老神の声が響き、鉄人がヘラクレスを見下す。
「……おい、これはアリなのか?」
ヘラクレスは眉根を寄せて巨人を指さし、実況席を見上げた。
会場もざわつく。
「確かに……この巨人はどういう扱いになるんだ?」
「基本的にこの大会は一対一の勝負だけど……」
「乗り物……と考えていいのか……?」
ここで解説のケイローンの声が響く。
「アリでしょう。
先程アポロン様も戦車を使われた。騎乗して戦う『武器』であれば一向にかまわないかと。
主催者たるゼウス陛下がどう判断されるか、ですが」
「構わん。認めよう」
すぐにゼウスの厳かな声が闘技場に響く。
『さァーーてそういうわけだ! 見とれよ皆の衆、このヘパイストスの駆るフェルミオンが、ヘラクレスをギッタンギッタンのバッタンバッタンにしてやるわい!』
無駄に音量の大きいスピーカー(※当時にその概念は無い)から、意気込んだ老爺の声が響く。
「父上がお認めであらば仕方ない……ここまでの巨人の相手は久々だが」
ゴキゴキとヘラクレスは腕を伸ばし、肩を鳴らす。
そして、自分より数十倍も大きな鋼の巨人を見据える。
巨人は鎧をまとった戦士の姿をしているが、その全てが鈍い鋼色だ。目だけは橙色に光っており、なぜか口がない。
「ヘパイストスよ。その鋼の塊の中で、貴様はどこから己を見ているのだ?」
『このフェルミオンは操縦者と視覚・聴覚を共有しておる! 中にいるワシにもこやつが見た物が全て見えるというわけよ!』
「ふうん、感覚の共有というわけか。だったら貴様が手を動かせば、そいつも同じように動いたりするのか?」
『そうする案もあったし、可能だ! だがの、男の子はみんなデカイもんを自分の手で操ることに憧れるもんじゃ!
デカイ馬、デカイ戦車! その手綱を握るのは、『手綱』だから楽しいのじゃろ?』
「ふーん……分からなくもないな」
ヘラクレスはかつて愛馬に跨った時や、船を操縦した時の事を思い出す。確かに、馬の手綱を牽く事や船の舵を操ることには、特有の楽しさがある。意のままに馬や船が動けば便利だが、楽しさは減るかもしれない。
『このフェルミオンを動かすのは、基本的には歯を付けた車輪よ。膨大な量の車輪の歯と歯が噛み合って、この巨体を動かしておる!
それが、ワシが両手に握る木の棒と、両足で踏むふいごに繋がっておるのよ! 木の棒は左腕と右腕を動かし、ワシが踏みしめるふいごが両足を動かすのだ!』
得意げにイェッハハ、と笑うヘパイストスに、ヘラクレスは頬を搔く。
「ふうん……ずいぶんと堂々と弱点を喋ったな。その歯車のひとつでも欠ければ、その巨人は止まるんだな?」
…………。
………………。
……………………………………。
『………………あっ!!!!!!!!!!!!!!!』
ヘパイストスの驚愕の声が響く。
「発明の天才とは聞いたがとんだド馬鹿だな。自分の作品の弱点をペラペラと敵に明かすとは」
『う、うるさーーーーい!!!! できるもんならひとつでも外してみるがよいわ!!! このフェルミオンの体は全てオリハルコンでできておるのだぞ!!』
「うわ、地味に面倒だな……」
ヘラクレスの眉間に皺が寄る。
「まあ良いよ。鎧にありがちな話だが、例えば関節部なんかは装甲が薄い……よなッ!!」
そう言うとヘラクレスは跳躍し、フェルミオンの後ろに回る。そのまま膝裏をめがけて拳を構える。
『ぬわにぃ!? ……って、そんなんは対策済じゃ! ポチっとな!』
ヘパイストスが何かを押したのか、カチッという音が鳴ると、巨人の膝裏から大量の矢が飛び出す。
「!?」
空中に居たヘラクレスは避けられない。とっさに雷神化するが、
「ぐわああ!?」
矢は全てオリハルコン製だった。矢はすり抜けていくものの、魂に直接、全身を貫かれる痛みが走る。
『な〜っはっは☆ ワシは製造者じゃぞ? 自分の作ったモンの弱点くらい把握しとるわい!』
墜落するヘラクレスをヘパイストスは嘲笑する。なすすべもなくヘラクレスは墜ち、闘技場の砂地に転がる。
「かっ……あ……」
『さてさて。動けなくなったアリンコを、ワシは全力の拳でぶっ潰すしてやるとするかの☆』
フェルミオンが拳を振り上げる。その肘には金属の筒が付いており、ぼう、と火を吹いた。
『これがこのフェルミオンの必殺技! 「完・全・滅・殺 フェルミオン・プグヌス」じゃあ!』
日本語に訳すると『完・全・滅・殺 フェルミオン拳』となる。
『喰らええい、ワシの必殺技ァ!!!!』
フェルミオンが拳を振り下ろすと、肘の炎がぼう、と燃え、拳を加速させる。象よりも大きなその鋼の拳が、倒れたヘラクレスに迫る。
フェルミオンの全身は魂を穿つオリハルコン製。もしこの拳が直撃すれば、例え雷神化していても、魂が圧殺の痛みを味わう。
「く……あ…………」
ヘラクレスはまだ動けない。ぴく、ぴくと指先が動くが、全身を矢で貫かれたダメージが回復していない。
『死ねえい、ヘラクレス!!!!!』
ずどおん、と拳が闘技場に振り下ろされる。とてつもない破砕音とともに土塊が飛び、地が割れ、砂煙がもうもうと舞いあがる。
観客から悲鳴があがる。もはやヘラクレスの姿など見えない。
誰もが絶望に襲われる。何も見えない中、それでもヘラクレスなら、彼なら立っているんじゃないかと僅かに希望を抱きながら、それはあまりにささやかな希望だった。
『フェルミオンの拳が炸裂したァーーーーッ!!! これはヘラクレス、さすがに耐えられないか!?』
実況の声にも焦りが混じる。ケイローンは沈黙している。
特別席に座すオリンポス十二神もまた、固唾を飲んで見守っていた。
「オイオイ、ここで終わりかァ?」
アレスが退屈そうに頭を搔く。
「あんな醜い人形に負けるか。この私を下した事は腹立たしいが、醜い貴様には似合いの結末だなァ」
アポロンが鼻で笑う。
「……ヘラクレス……」
アテナが祈るように両手を握り、銀色の瞳で煙の向こうを見つめる。
土煙が、晴れる。
果たしてそこには、拳を振り下ろしたフェルミオンの姿があった。
闘技場の地面は包丁で切り分けたケーキのように六つに割れていた。その中央でただひとり、フェルミオンが天を支える柱のように、拳を振り下ろしたまま膝立ちになっている。
果たして、ヘラクレスの生死は。
「……うおおおおおおおッッ!!!!!!!」
生きていた。彼は、生きていた。
象よりも大きく重い、しかもジェットエンジン(と後に呼ばれるもの)で加速された拳を、その両手で支えて踏ん張っている。
アリが、象の前足に抗っていた。
『ぬわにぃ!? このフェルミオンの「完・全・滅・殺 フェルミオン・プグヌス」を受け止めるだとォ!?』
「ぬ……おお……!!」
いちいち技名を言わねば気が済まんのか、と誰もが思ったが、ヘラクレスにそんな悪態を返す余裕は無い。だが彼は確実に、フェルミオンの拳の重みに抗っている。
「こん……な……バカでかい、だけの……!!
デクの棒に……負ける……かァ!」
抗っている、だけではない。ヘラクレスは少しづつながら、その拳を押し戻していた。
『なにィ!? 最大出力だぞ、どういう事だ!?』
ヘパイストスが戸惑う。カチカチと色んな装置をいじる音が集音器に入るが、効果は無い。
「己は……ヘラクレス! 英雄、ヘラクレス!!! 己の背中で、みんなに勇気を与える、それが、オレの、責務だァッ!!!!!!!」
ぶうん、と、一気にフェルミオンの拳が押し戻された。鋼の巨人は、押し戻される自分の拳に引っ張られ、バランスを崩す。
『うおおおおお!? ふんばれ、フェルミオンッッ!!!!』
ぼう、と背中の四つの気筒が火を吹き、すんでのところでフェルミオンは体勢を立て直した。
だが、その時にはすでに、ヘラクレスは鉄人の下には居なかった。
「う お お お お お」
巨人の眼前。橙に光るその眼の前で、ヘラクレスは空中で雷神化を解除し、あの構えを取っている。槍投げのような。
『やめろっ、そこちょうど操縦席じゃ……』
「"偽・雷霆"!!!!!!!」
ががん、という轟音とともに、雷光が空に迸る。極大の雷が、鋼の巨人の頭を跡形もなく弾き飛ばした。
『第十試合勝者、ヘラクレス!!!!!!!』
歯車が歴史に最初に登場するのは、紀元前300年頃のアリストテレスの記録である。
このヘラクレス・マキアーの時代は紀元前2000年頃であるが、鍛治の神であり、数々の神器を造ったヘパイストスであれば、人類よりも早くそれを思いついていても何ら可笑しくはなかろう。
また、ふいごは紀元前1,500年の時点で既に壁画に残っている。
参考文献
「歯車の開発の歴史」ZUHUI 2023年8月29日
https://ja.customizedgears.com/news/the-development-history-of-gears-71150436.html
「夢をつなぐ 心をつなぐ 世界をむすぶ プロのページ『むらの鍛冶屋』」ふいごの歴史
レクマラの壁画 項 衣川製鎖工業株式会社 2012年1月1日最終更新
https://www2.memenet.or.jp/kinugawa/huigo/9710.htm




