097 2026年5月10日(日)_02 生まれて来てくれてありがとう
年期を感じる店構え。
昼時だからか、店内は満席だった。少しだけ待つ。
メニューを開く。
ここは確か、通常メニューとは別に、季節限定が黒板に書かれるスタイルだったはず。
──ほら。
「◯◯風」「なんとか添え」
カタカナと横文字の洪水。
味の想像が、まったく追いつかない。
席が空き、案内される。
若い店員さん――バイトだろうか。
「ご注文どうぞ」
「私は、“昔ながらのナポリタン”で。
……浮雲さんは?」
一拍置いて。
「ハンバーグカレー。
大盛りで」
……正気か、この男。
周囲の客席をちらっと見る。
明らかに“山”な盛りが、そこかしこに見える。
その上で大盛りを頼むとか、
狂気。
この男、最高に狂ってやがるぜ。
しばらくして運ばれてきたのは、
おしゃれとは無縁の、堂々たるナポリタン。
ケチャップの甘い香りが、どこか懐かしい。
私は二種類あるナポリタンでも、断然こっち派。
ここだけは、陽葵と永遠に分かり合えない。
そして――
浮雲さんの前に置かれた、
凄まじい量のハンバーグカレー。
「「いただきます」」
……間。
ヤバい。
これはヤバい。
食べきれないかもしれない。
ヤバい。
ちらっと視線を上げると、
目の前でカレーの山が、淡々と消えていく。
一口、また一口。
ハンバーグが消え、
ルーが減り、
米が沈む。
ブラックホールや!
なんとか完食し、
そのまま車で三十分ちょい。
イモ天――イオンモール天童へ。
車中。
山形市北西部にある嶋地区を抜けて
一路天童市へ。
「大沼デパート、なくなったんだってな」
「あー、結構前かな。
気づいたら、やめちゃってた」
とりあえずイモ天の広大な駐車場の端、
入れ違う車の波をぬけ、
なんとか車を停めた。
明るい雰囲気の自動扉をぬけ、
モールに入るなり、
浮雲さんは落ち着きなく視線を動かす。
「……どうしたんです?」
「天童市が、近未来だ」
お前は天童市に謝れ。
デジタルサイネージみて目を輝かせるな!
文翔館地下のドックの仮眠室に住み着いてる浮雲さんのため、
日用品、食材、夏服。
一通り見て回る。
ビレバンで謎グッズを買い、
フードコートで休憩。
家族、宿題する学生、カップル、
老人、乳児。
木目を基調としたフロア。
高い天井を支える柱に間接照明が当たっている。
クレープを片手を食べ終わり、
紙コップの飲み物を手に、
浮雲さんがぽつりと呟いた。
「……みんな、笑顔だな」
少し間を置いて、続ける。
「でも、俺が知っている山形とは、もう違う。
変わったんじゃない。
みんな、進んだんだ」
視線を落とし、小さく息を吐く。
「俺は、この世界では……やっぱり異物なのかもしれないな」
私はストローをくるくる回してから、言った。
多くの人たちが目の前の通路を流れて行く。
「気にしすぎです。
二十七年……
いや、二百万年?」
一葉は少し微笑む。
「ちょっと長めの海外、というか。
異世界転生してただけです」
「いせかい?……それは、ちょっと長いな」
「でしょ。
でも、誰でもありますよ、そういうの」
「誰でも?」
「あります。
私だって、大学行ってた四年で、地元めちゃくちゃ変わってて。
コンビニ増えて、道広がって、知らない店ばっかりで」
少しだけ、言葉を選ぶ。
「なんか……置いていかれた気がして、
ちょっと、淋しかったです」
浮雲さんは、静かに聞いていた。
「だから、普通です。
浮雲さんだけじゃない」
しばらくして、彼が言った。
「……そうか。誰でも、か」
小さく頷いてから、こちらを見る。
「ありがとう、一葉」
そして、少しだけ困ったように、でも真剣に。
「それと、もう一つ」
一瞬、言葉を探す間。
「この世界に、生まれてきてくれて……ありがとう」
私は固まった。
「君がいることが、
きっと、俺がずっと戦ってきたことへの……
報いなんだと思う」
軽く言っているようで、
軽くない。
でも、押しつけでもない。
私は、少し照れて、視線を逸らした。
「……大げさですよ」
「そうか?」
「そうです。
でも……まぁ」
少しだけ笑う。
「悪い気は、しません」
フードコートの喧騒の中、
一瞬だけ、静かな時間が流れた。




