092 2026年5月08日(金)_04 夢でもし逢えたら
んじゃ、武田さんと槌谷さん、OKなんだね。
今田くんは残業か……スマン!また今度!
「じゃ、スタバ寄ってこー」
一葉が軽く両手を叩く。
「白山と馬見ヶ崎、西バイ、どこがいい?
駅1階で夕食の買い物するなら駅のスタバもあるし」
「白山かなぁ。帰り楽だし」
「いや、西バイの方が席広くない?」
三人が地図を覗き込みながら小さく盛り上がる。
「浮雲さん、本当に来ないの?怖くないよ?おいしいよ?」
呼ばれた浮雲は、わずかに肩を揺らす。
「いや……大丈夫。俺は、大丈夫だ」
明らかに大丈夫じゃない声だった。
若林が肩越しに一葉へ小声で囁く。
「“フラペチーノ”がまだ呪文扱いだから」
「……あー」
三人で笑いを堪えた。
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軽快に階段を下りていく。
スチール製の段に靴底が弾む音が、
地下施設の無機質な空間に、妙に明るく響いた。
地上行きエレベーターへ向かう途中。
一葉の視界の端に、
光が引っかかった。
「……ん?」
右手で眼鏡を押し上げ、
足を止める。
ジャンクラックの奥。
整備部品や破損装甲の箱に混ざって――
綺麗に光る欠片があった。
角度によって、
緋色。
そして群青。
さらに、内部から淡く金が滲む。
手のひらほどの破片。
「……なにこれ」
無意識に手を伸ばしたとき。
「それ、触っても平気だけどな」
背後から声がした。
振り向くと、
工具箱を片手にした早川が立っていた。
「先週の戦闘で破損して、
山形ロボのコクピット付近のケーブル束に刺さってたやつだ」
一葉の手が、ぴたりと止まる。
「……え」
「ヒヒイロカネの破片だ」
さらっと言う。
「コクピットに刺さらなくて、本当に運が良かった」
一葉は、ゆっくり息を吐いた。
「……それ、つまり」
「まぁ、お前が座ってる場所の、十数センチ横を通過してた」
軽く笑う父。
笑えない。
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改めて、破片を見る。
光が、どこか生きているように脈打っている。
「……綺麗」
「そうだな」
早川は、ほんの少しだけ声を柔らかくした。
「欲しいなら持ってけ」
「え、いいの!?」
「普通の工具じゃ壊れんし、分析もほぼ通らん。
下手にパクられても、専門機関に回すと“会議室”だの“憲兵”だの、
面倒な連中が騒いで無かったことになる」
肩をすくめる。
「上には言っとく。今回だけだぞ」
一葉は、そっと破片を拾い上げた。
冷たい。
でも、不思議と嫌な冷たさじゃない。
「……ありがとう、お父さん」
「落とすなよ。それ、工業用の人口ヒヒイロカネだけど、
普通に同じサイズのダイヤモンドの価格相当だ」
「やめて重くなる」
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――数十分後。
西バイパス、スターバックス。
午後の光が、ガラス越しにテーブルを柔らかく照らす。
「うわ……なんか、久々のオシャレ空間すぎて落ち着かない」
武田がカップを持ちながら小声で呟く。
「山形来てから、
基本、基地か現場か訓練場だったからなぁ」
槌谷も、少しだけ周囲を見回す。
一葉は慣れた手つきでスマホアプリを操作しながら振り返る。
「観測班、三人とも急に異動だったんだっけ?」
「はい。三人まとめて」
「遊ぶ場所とか、全然知らなくて……」
「それなら」
一葉が、スマホを差し出す。
「私の必殺まとめサイト」
画面に表示されたのは、
SNS連動型イベントアーカイブ
《山形催し物カレンダー》
「え、なにこれ、イベント量すご」
「マルシェとか、ローカル演劇とか、
変な……じゃない、個性的なの多いよ」
「“山形市長、H.P.ラヴクラフト&クトゥルー神話を語る”…?」
「正月のは300席が満席だったらしい。」
武田が真顔で言う。
「この自治体大丈夫?」
「私も心配」
さらにスクロール。
「あと有名どころなら、“やまがたぐらし”。
生活情報系」
「タウン誌ならZero23も読むかな。グルメとか強い」
槌谷が静かに頷いた。
「……ありがたいです。休日の選択肢、増えました」
武田が深く頭を下げる。
「助かります、本当に」
一葉は照れたようにストローをくるくる回した。
「私も、地元でコスパ良く遊ぶとこ探すの必死なだけだからさ」
バッグの中で、
ヒヒイロカネの破片が、
かすかに光を反射した。
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深夜。
静まり返った部屋。
カーテンの隙間から、街灯の淡い橙が差し込んでいる。
一葉は、枕に頬を埋めたまま、
浅い眠りの境界を漂っていた。
枕元――
ヒヒイロカネの破片が、鈍く脈打つ。
まるで呼吸しているように。
微かに、耳鳴り。
それが、遠雷のような振動に変わる。
――落ちる。
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気がついた時。
一葉は、立っていた。
戦場。
だが、そこは「地形」という概念が壊れていた。
空が上下に折れ曲がり、
地面は液体のように揺れ、
遠近感が存在していない。
非ユークリッド構造領域。
意味を失った座標。
時間が、歯車を噛み砕いたように捻じれている。
一瞬とも、
三十年とも、
区別がつかない激闘。
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倒れていく。
人型ロボット。
装甲を裂かれ、関節を砕かれ、
しかしそれでも前進し続ける鉄の群れ。
その中心。
山が立っていた。
全高、百メートルを超す巨体。
胸部――
文翔館の時計塔が、鈍く光る。
グレート山形ロボ。
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剛腕が振るわれる。
怪異の群れが、地平線ごと薙ぎ払われる。
外部スピーカーが、戦場を震わせる。
「新幹線つばさ型パイルバンカー射出!
真――月山おろし!」
浮雲の声。
怒号ではない。
祈りに近い叫び。
グレートの掌が手刀に変形する。
五指のうち、
小指だけが力なく揺れていた。
既に破損している。
だが。
それでも。
貫く。
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腕部リボルバー装置が回転。
射出。
新幹線の形状をした杭が、
流星群のように怪異へ突き刺さる。
体内へ侵入し、
縦横無尽に暴れ回る。
内部爆裂。
因果を破壊する衝撃波。
巨腕内部――
山形ロボ級タービンが十基。
同時唸動。
「因果凍結――滅!」
空間が、凍りつく。
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その背後。
護る影。
七十メートル級。
すらりとした甲冑武者型機体。
両腕がビームソードへ変形し、
怪異を撫で斬る。
「山形!背中はギガマサムネに任せろ!」
冷静な統率音声。
「右翼ヤクトドラグーン、攪乱開始!
左翼クリムゾン・タウルス、山形ロボ援護!
ブランロンダシュは下がれ!
オルグガイスト、死角警戒!」
怒号ではない。
仲間を生かすための、必死の整理。
「血路を切り開け!本隊と合流する!」
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それは――地獄だった。
味方識別信号が、次々と消えていく。
装甲が裂ける音は、金属ではなく“骨”の音に近い。
内部フレームが捻れ、油と冷却液が混ざり、赤黒い泥となって滴る。
足元の大地が、踏みしめるたびに沈む。
それが地面なのか、怪異の体なのか、もう判別がつかない。
グレート山形ロボ。
仏像のような荘厳な輪郭。
だが、その左腕はすでに“腕”の形を保っていない。
火花が吹き上がる。
関節が鳴く。
装甲の内側で、コンデンサーが悲鳴を上げる。
プラズマが噴き出すたび、
三炉の出力ログが赤く跳ねる。
――限界値、超過。
それでも、前に出る。
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――――暗転。
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三動力炉。
霊子炉《如来》。
光子炉《観音》。
次元炉《菩薩》。
並列接続――解除。
直列接続――開始。
警告音。
空間が、軋む。
グレート山形ロボの頭部。
山形ロボの双眼が、太陽のように輝く。
だが。
損傷は限界を超えている。
左肩の大型コンデンサーは抉り取られ、
両手は、すべての指が逆方向に折れていた。
それでも。
両腕が持ち上がる。
胸部。
文翔館の前で――
合掌。
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時計塔の針が。
狂った速度で回転する。
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瞬間。
世界の「重さ」が変わる。
装甲が、神気に染まる。
青。
深い、蒼。
射出機構が崩壊し、
握られていた三本のパイルバンカーが、
三鈷杵の形状へ変形する。
排熱フィンから噴き上がる熱と神気が混ざり、
炎となり、
グレートの巨体を包む。
<蔵王権現>
ノイズに混じった声が、空間に刻まれる。
「月山おろし――最大出力」
世界に、境界線が引かれる。
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――――暗転。
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膝から崩れ落ちる若き日の若林。
沈黙する1999年防衛課。
まだ暗い空に向かい、
絶叫する早川。
遠景。
戦場の中心。
無言で佇むグレート山形ロボ。
人の顔を模した頭部。
朝が近づき、雨が降り始める。
装甲を伝う雨粒が、
戦場の煤と血を洗い流す。
まるで。
涙のように。
コクピットハッチは――開かない。
内部。
生命反応――無し。
MIA。
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暗転。
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山形大学医学部附属病院
産婦人科病棟。
朝焼け前の静かな廊下。
消毒液の匂いと、遠くで鳴る心電図モニターの電子音。
分娩室の灯りだけが、白く浮かんでいる。
涙と雨で濡れたままで駆け付けた早川真は、
震える手で、小さな命を抱いていた。
産まれたばかりの赤ん坊。
まだ目も開かず、
ただ、かすかに指を握る。
その温もりに、
真の喉が詰まる。
「……あいつのおかげで……」
声が掠れる。
「この子を……抱けた……」
綾が、ベッドの上で静かに笑う。
疲れ切っているのに、
どこか誇らしげだった。
「名前、綾……いいのか?」
真が、おそるおそる尋ねる。
綾は、迷わず頷いた。
「当然」
少しだけ、涙が滲む。
「だって……浮雲っちが命がけで守った世界でしょ?」
ゆっくりと赤ん坊を見つめる。
「だったら……あいつが考えてくれた名前……つけなきゃ」
小さな命が、静かに泣き声をあげた。
「……一葉。」
---
――――暗転。
---
夕暮れ。
馬見ヶ崎川沿い。
桜並木が、風に揺れている。
川面に、夕焼けが砕けて流れていた。
幼い一葉が、
小石を蹴りながら歩いている。
早川が、その頭を優しく撫でた。
「この世界はな」
ゆっくりと言葉を選ぶ。
「お父さんのお友達が……守ってくれたんだ」
一葉が振り向く。
大きな瞳。
「だからな」
膝を折って目線を合わせる。
「一葉も、困ってる人がいたら……助けてあげるんだぞ」
一葉は、力いっぱい頷いた。
「うん!」
その笑顔を見た瞬間。
早川の視線が、ほんの少しだけ遠くを見る。
---
――――暗転。
---
夜。
自宅のリビング。
灯りは、テーブルのスタンドだけ。
散らばった資料。
古い戦闘ログ。
地下ドックの構造図。
「――あいつは、まだ生きてるかもしれないんだ!」
真の声が、荒れる。
「山形ロボのコクピットの霊体認証が生きている……それが証拠だ!」
拳で机を叩く。
「助けに行かないと……!」
綾が、静かに首を振る。
「落ち着いて、真さん」
声は震えている。
「もう五年よ……」
目を伏せる。
「幽世のことは……忘れるって……国連と“会議室”から通達があったじゃない……」
言葉を飲み込む。
「蒸し返したら……浮雲さんの死が……無駄になるの」
「死んでない!」
即答だった。
「……あいつは、生きてる」
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――――暗転。
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山形警察署前。
雨上がりの駐車場。
アスファルトが濡れている。
綾が、
涙で声を震わせながら叫ぶ。
「真さん!!」
腹部を庇うように抱えている。
「私……二人目いるって……言ったよね……?」
真は俯いたまま。
「なんで地下ドックに行こうとしたの……」
呼吸が乱れる。
「石原さんも……山倉さんも……三浦さんも……庇ってくれたから……」
嗚咽。
「逮捕だけじゃなくて……国際問題になりかけたのよ……!」
沈黙。
雨粒が、車体から落ちる音だけが響く。
やがて。
真が、ゆっくり口を開く。
「……すまない、綾、本当にすまない」
だが、目は揺れていない。
「でも……まだ浮雲は戦ってるんだ」
綾が、首を振る。
「……真さん」
「……あいつが頑張ってるから……地球は平和なんだ」
かすれた声。
「すまない、だが、わかってくれ……綾」
綾の肩が震える。
「……真さん……」
小さく呟く。
「わたし……もう……むりだよ……」
嗚咽が混ざる。
「なんで……普通の幸せ……できないの……」
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――――暗転。
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一葉は――
目を開けた。
朝だった。
カーテンの隙間から、
柔らかい光が差し込んでいる。
胸が、重い。
長い夢を見た。
人が戦い、鬼に変わり果てる夢。
英雄を待ち続け、すり減ってゆく夫婦の夢。
……多分あれは……現実だ……。




