087 【過去編】1999年5月25日(火)_02 混戦、羊羮の差し入れと共に
大石田町・次年子。
かつてこの地では、
子どもが生まれても、
すぐに役所へ届けに行けなかった。
雪。
川。
山道。
年を越してから、
ようやく名前が記される。
――それが、
「次の年に、子が生まれる里」
という地名の由来だと、
いつも無口な山倉が、発進前に教えてくれた。
今。
その静かな土地の上空に、
影が、落ちる。
――
山形ロボ。
亜音速飛行モード。
両手で、
目に見えない“真空の膜”を形成し、
空気を、
無理やり押し分ける。
衛星軌道上から、
螺旋を描くように、降下。
轟音は、ない。
あるのは、
風が、
地表をなでる音だけ。
田んぼの水面が、
さざ波を立てる。
電柱の影が、
ゆっくり、傾く。
次年子の集落が、
息をひそめる。
――――――――――――――
着地。
土が、
わずかに、沈む。
振動は、
人の胸の奥に、
“重さ”として、伝わる。
背部に固定されていた
強襲移動指揮車が、
ロックを解除される。
油圧音。
金属の、低い、うなり。
静かに、
地表へ、降ろされる。
――ズン。
重い金属音が、
土の上で、
低く、鳴る。
その音は、
山に、反響し、
川を越え、
集落の端まで、届いた。
山形ロボは、
正面を向く。
正面。
500メートル先。
全高三十メートル級の――
蛇頭巨人。
姿勢を低くして、
こちらを“見ている”。
イヤホンに、
場違いなほど軽やかな声が入る。
> 「おや、皆さん出動でしたか。
> 今日は“とらや”の羊羹をお持ちしたのですが。
> 解決したら、いかがです?」
――奈良の声だ。
児島が、思わず笑う。
「奈良っちー、サンキュー!」
若林も、すぐ乗る。
「さすが奈良っち。
あそこの羊羹、マジうまいよね」
二人は、
腕部に無骨な携帯型マイコン端末を装着し、
強襲移動指揮車から、飛び出す。
首筋のアンチインサニティマテリアルが無理やり精神を正気に戻し続ける。
肉眼で戦域を確認。
周囲には、
蛇頭型人間――5体。
若林が、イヤホンに向かって叫ぶ。
「平輔!
結界、展開して!
半径、一応――二〇〇で!」
児島は、不敵に笑いながら、
すでに、交戦姿勢。
「地元警察、避難完了だって!
小学校に住民、全員集まってる!
――一気に、いくよ!」
三浦は、
拳銃を構え、
指揮車周辺を警戒。
イヤホン越しに、
浮雲の声。
> 「了解。
> 結界半径、二〇〇メートル。」
同時に、
指揮車内のスピーカーから、
重低音のビートが刻まれ始める。
---
山形ロボ、前進。
結界内。
慣性。
重力。
風向。
空気抵抗。
――世界の“順序”そのものが、
山形ロボの側へ、静かに傾く。
一歩、踏み込むだけで、
大地が、先に、譲る。
まずは――
ボディブロー。
巨体の拳が、
蛇頭巨人の胴体に、
深く、めり込む。
――ドン。
三十メートルの肉体が、
慣性に従い、
地面を削りながら、後方へ、滑る。
土煙。
砕けるアスファルト。
折れる電柱。
蛇人間の足が、
十メートルも小型の山形ロボに、
パワーで圧倒される。
蛇頭巨人が、
腕を振り上げ、間髪入れず“秩序”の上書きを図る。
剛腕が山形ロボを襲う。
だが、巧みな重心移動で、
敢て体勢を崩して回避する。
その足元。
児島が、
一気に間合いを詰める。
「オンイダテイタモコテイタソワカ」
脚に爆発的な力が宿る。
――多段蹴り。
頭部。
脇腹。
脛。
一息で、叩き込む。
そのまま、
相手の太ももに乗り、
――顎へ。
膝蹴り。
若林も、
軽快なフットワークで接近。
「貴方は“反撃できません”」
言霊を飛ばす。
――高速ジャブ。
――そのまま相手を掴んで投げ飛ばす。
倒れた相手の顔面に、
正拳。
地面に、
蛇頭型人間が、沈む。
三浦が、
拳銃で援護射撃しながら、ぼやく。
「観測、ほとんどできねぇな……これ
どうするよ、浮雲ぉ!」
観測班の二人は、
台風のように、
次々と、
蛇頭型人間を、沈黙させていく。
同時にアンチインサニティマテリアルが大気を焼く微かな甘い異臭も周囲に漂う。
イヤホンから、
浮雲の声が、重なる。
> 「了解。
> ならばこちらも、一気に、片付ける」
---
山形ロボ、
突進。
地響き。
巨体が、
無理やり、地面を“走る”。
山形ロボの足が、
地面を、
踏み抜く。
地表が、
“下がる”。
コクピット。
浮雲が、
各種レバーを操作する。
> 「主武装、起動。
> 因果干渉型冷却現象兵装、使用する!」
右前腕装甲――
展開。
内部で、
チャージ音。
――ゴォォォ……
低く、
重い。
山が、鳴るような、振動。
> 「右腕機構、作動開始」
前腕部が、
回転。
冷気が、
白く、噴き出す。
浮雲が、叫ぶ。
> 「因果よ、凍りつけ!
> 必殺――
> 月山おろし!」
ペンチ型の拳が、
立ち上がった蛇人間の、胴体へ――
――ズドン!!
杭打機のような、
衝撃。
蛇頭巨人の腹部を、
因果干渉冷却を纏った拳が貫く。
一瞬で、
凍結。
音もなく。
巨体が、
内側から、
霧のように、散った。
---
イヤホンに、
浮雲の声。
> 「作戦、終了」
> 「奈良さん!
> 俺も、羊羹、欲しいです!!」
風が、
初夏の田園を、
静かに、撫でていく。
結界解除と同時に指揮車を回収した山形ロボは去っていた。
役場にはその日、
地域の全員参加の防災訓練と、その後防災映像の上映会があったと記録されている。




