086 【過去編】1999年5月25日(火)_01 蛇頭襲来
文翔館地下・深度50メートル
山形県総務部 防衛課
(対深宇宙・対怪異事案対応ユニット)指令室。
壁一面に埋め込まれた高性能CRTが、
戦域地図と気象データ、霊波スペクトルを重ねて映し出している。
机の上に並ぶ重厚な最新型携帯端末。
すべてに独自OS――SZHA-RT Kernelが組み込まれ、
戦況変化に応じてUIと制御系が即座に切り替わる。
無線が鳴る。
「大石田町、次年子地区で異常気象を観測。
周囲に小学校あり。
対象は――小型の蛇頭型人間、および全高三十メートル級の蛇頭巨人」
指令官・石原。
四十歳にして課長に抜擢された現場叩き上げ。
鍛えられた体が、スーツの上からでもはっきり分かる。
彼は“便利”の一言で、
湯呑みに入れたコーヒーをすすりながら、
地図を広げる。
隣には、副官の青山。
同じく四十歳。
剃刀のように寡黙な偉丈夫が、
ノイズ混じりの無線を聞き取りながら頷く。
石原が指示を飛ばす。
「大沼さんは、こっちでバックアップに回って。
三浦は移動指揮車。現場、任せた、山倉は今回は待機、お前さんは後進に任せる事を覚えとけ」
筆で呪符を丹念に書き記す筋肉質な男、
山倉が無言で頷く。
糊の効いた白衣姿で、若干白髪の目立つ大沼が、
面倒くさそうに返す。
「……ああ」
三十代中盤の三浦は、
口笛で応えた。
「んじゃ、
児島ちゃん、若林ちゃん、エスコートしちゃうよ。
片桐ちゃんは“おめでた”だから、こっちで観測データ処理な」
――からかい半分、現場の本気半分。
対怪異戦はいかに正気を保つかが重要。
その為に、常に“日常”であり続けるように配慮が必要だ。
児島裕子。
アスリート体形。明るい茶髪。
制服ジャケットの下は、へそ出しタンクトップにホットパンツ。
“日常”という概念武装で全身を覆っている。
編み上げの安全靴と膝プロテクターを装着しながら、
ゲラゲラ笑う。
「三浦っち、BGMまかしたわ!
マジでテンション上げてこーぜ!」
若林悠。
黒髪ボブ、小麦色に日焼けした肌。
鍛えられた腹筋。
迷彩ミニスカート、指ぬきグローブ。
ポテトチップスをサクりと頬張る。
「やっぱ、ユーロビートっしょ」
真っ赤な髪の片桐綾が、
ハイタッチを求める。
「裕子サン!悠!
ウチの分も、かましちゃってください!」
「「まーかせて!」」
作戦において高テンションの会話は、
恐怖反応の連鎖を断つための自発的プロトコルである。
―
ドック。
山形ロボが、緊急発進態勢に入っている。
背部には、
ハイエースを改造した強襲移動指揮車が固定されている。
若林が、
パイロットの浮雲平輔を見るなり声をかける。
「おっつー!
平輔、さっさと片付けて一杯いこ」
浮雲は一瞬あたふたして、
静かに赤面する。
「……一杯なら」
それを、早川真が笑いながら茶化す。
「お前らも、俺たちみたいに、さっさとくっついちまえよ!」
浮雲は、
高性能CRTに包まれた、
“かろうじて一人分”の狭いコクピットへ、体を滑り込ませる。
三浦たちは、
強襲移動指揮車に乗り込み、
シートとハーネスで念入りに身体を固定する。
全員、使い捨てのアンチインサニティマテリアルを装備する。
怪異とは存在自体が人間の正気を奪う存在のため、
必ずアンチインサニティマテリアルは着用が義務化されていた。
拡声器越しに、
石原の声がドックに響く。
「山形ロボ。
発進シークエンスに入る!」
ドック内が、ざわつく。
山形ロボを載せた巨大リフトが、
ゆっくりと――
上昇を始めた。
―
地上。
文翔館前の石畳が、
音を立てて、割れる。
山形ロボが、姿を現す。
外回りの営業。
通学途中の学生。
誰もが、
足を止めて、見上げる。
山形ロボの両手が、
頭上の虚空を、力の限り、引き裂く。
圧縮された気流が、
目に見えない“隙間”をつくる。
真空の縁が、
ロボの周囲に、輪を描く。
足元から、
地面が“引き離される”感覚。
機体が、
真空の隙間へ、身体をねじ込む。
――次の瞬間。
急上昇。
脚部収納。
反応ノズル展開。
――噴射。
衝撃が、
作戦参加者全員の身体を、叩く。
計器が跳ねる。
速度表示。
時速七〇〇。
山形ロボは、
大石田へ向けて、
一気に、加速した。




