082 2026年5月07日(木)_03 新生山形ロボ発進
エレベーターが地下に到達する、その“音”よりも早く、
一葉は走り出していた。
更衣室のドアが開く。
冷たい空気。
機械と消毒液と、金属の匂い。
若林が、何も言わずに、
新しい対Gスーツを差し出す。
「渡部さんから。
試作品横流ししてもらったわ。
サイズはピッタリのはず」
……白い。
あの、異様に大きな肩パッドが、ない。
ぴっちりなのは、相変わらずだけど。
肩と腰に、かろうじて“装甲板みたいな何か”が残っている。
強烈な加速を、
緩やかに時間差でフィードバックする為の装置。
因果を歪め、人が人のままでいられるよう、
ギリギリで守ってくれる服。
ヘルメットを受け取る。
視界が、前より、ずっと広い。
ドックの新しいエレベーターで、
コクピットへ。
扉が開くと、
そこに、父親――早川がいた。
工具を片手に、
目の下に、くっきりと、徹夜の影。
「お前の、新しくなった相棒だ」
声が、少しだけ、掠れている。
「山形ロボ。2026年仕様。
……かなりの、じゃじゃ馬だ」
一拍。
「今朝、ヒューマン・マシン・インターフェースが完成した。
ぶっつけ本番だ。すまん。
テストの余裕すら、なかった」
一葉は、にかっと、笑った。
「大丈夫」
胸元で、
<ゆうしゃのけん>が、
小さく、当たる。
「私、<ゆうしゃ>だから!」
早川は、きょとんとして、
それから、ふっと、目を細める。
何も言わずに、
コクピットハッチを、閉じた。
――ガシャン。
中は、暗い。
でも、広い。
微かに電子機器と新車の匂いがする。
シートに座ると、
スーツの装甲板がシートに身体を固定する。
瞬間、体を何かが包む感覚。
手首の液晶が灯る。
コックピットハッチが閉まる。
一瞬、
完全な、闇。
次の瞬間。
映画館みたいに、
文字が、視界いっぱいに、浮かぶ。
<YAMAGATA CORE UNIT>
<MODEL: JGR-06-core ver.2026>
ブロックノイズが、走る。
視界が、
“開く”。
全天周囲モニター。
ドックの構造物が、ワイヤーフレームで立ち上がり、
リアルタイムで、色と意味が、現実に“注釈”として重なる。
床。
壁。
リフト。
人。
全部に、名前と距離と、役割がある。
手元の小さなモニター。
3つの円グラフ。
霊子炉《如来》
光子炉《観音》
次元炉《菩薩》
三つの出力が、
心臓みたいに、
リズミカルに、上下する。
――安定。
武田の、クリアな声が、
コクピットに、落ちてくる。
「片桐先輩。
いかがですか?
生まれ変わった、山形ロボは」
一葉は、少し考えてから、言う。
「……わかんないけど」
「前より、近い感じがする」
軽い、衝撃。
リフトが、
上昇を、始めた。
―――
地上。
空が、
青い。
視界が、
異様に、広い。
宙に、浮いているみたいだ。
武田の声。
「山形ロボ、発進準備、完了。
今度の山形ロボは、今まで以上に、
片桐先輩の“思い”に、応えてくれます」
足元。
文翔館の門の前。
三浦さんと、
大勢の警官たちが、
こちらに――
敬礼している。
山形ロボが、
ペンチみたいな拳で、
軽く、虚空を、撫でる。
――ぐにゃり。
空間が、
避けた。
真空の“縁”が、
ロボの周囲に、
輪を描く。
一葉は、
ペダルを、
ふっと、軽く、踏む。
両手のグリップを、
軽く、握る。
「……いけ」
――ふわっ。
次の瞬間。
因果滑走。
景色が、
“流れる”というより、
“剥がれる”。
手元の速度計。
時速――
40000。
笹屋峠。
大地が、
視界の下に、落ちる。
―――
いる。
巨体。
短く、ずんぐりとした、
人型のシルエット。
全高、三十メートル。
“無理やり、大きくされた”感じが、
関節に、滲んでいる。
膝も、肘も、
本来あるべき位置から、
明確に、ずれている。
――白川ダムの、あいつと、同種。
でも、
明らかに、
大きい。
右手。
車が、一台、握られている。
フロントガラスは、
赤く、ひび割れている。
AIが、
球形モニターに、情報を展開する。
<車両識別:民間車両>
<破損状況:重大>
<生体反応:なし>
指令室の音声。
今田。
「周囲の封鎖、完了しました!
結界半径、念のため、二五〇メートルで!」
一葉は、
操縦桿を、
握り直す。
手のひらが、
汗ばむ。
でも、
震えない。
「結界、展開」
一拍。
「半径、
AI補正で――
二五〇メートル」
視界に、
淡い、光の輪が、広がる。
世界が、
“ここ”と、“外”に、分かれる。
一葉は、
前を見る。
「……山形ロボ」
胸元の<ゆうしゃのけん>を、
静かに、握る。
「作業、開始」
三つの炉が、
同時に、
ひとつ、強く、脈打った。
――空が、
一段、
低く、なる。
怪異が、
こちらを、
“見た”。




