081 2026年5月07日(木)_02 白昼の暴走劇
県庁前の交差点を、
白い公用車が、金切り音を上げて90度、ねじ曲がる。
タイヤが悲鳴を上げ、
車体が一瞬、横を向いたまま、前に“滑る”。
獰猛な野獣が、鎖を引きちぎって解き放たれた――
そんな挙動だった。
一葉は反射的に、
窓の上のアシストグリップを、両手でつかむ。
「三浦さん!
県庁の前の建物って、確か……!」
ハンドルを切りながら、三浦が吠える。
「おう!俺の元職場!
山形県警察本部だ!
しゃべると舌かむぜ!」
助手席の児島は、
微笑んでいる。
……目が、死んでいる。
車内のスピーカーから、
ハンズフリーの通信が、淡々と情報を吐き出し続ける。
「――笹屋峠、電磁異常、継続中。
――怪異、顕現。
――警察、一次規制、展開中」
一葉は、
速度計を、見ないようにした。
視界の端に、
「200」
とかいう数字が、軽く見えた気がしたが、
なかったことにする。
排気音。
吸気音。
そして、甲高い、モーターのような音。
あと、なんかツンとした匂い。
13号線の高架下。
信号が、
どう見ても“通っちゃいけない色”をしている。
三浦は、
無視した。
同時に、
ハンズフリーの警察無線から
暴走車の通報が入る。
「坊主どもの、お出ましだな」
その声が、やけに楽しそうなのが、
一葉には、いちばん怖かった。
県道16号線を、西へ。
速度という概念が、
置き去りにされる。
街並みが、
流れる。
廃業したホテルの交差点。
ハンドルが切られ、
車体がまた、横を向いたまま、曲がる。
その先。
国道112号線を南へ。
遠くに、見える。
「……文翔館」
でも。
おかしい。
さっきから、
進行方向に、
車が、いない。
交差点にも、いない。
横断歩道にすら、人影がない。
まだ、午前中だ。
日中だ。
……どういうこと?
目を凝らす。
特殊フィルターが展開したフロントガラス越し。
文翔館の前。
パトカーが、
バリケードみたいに、並んでいる。
後方にも、
遠くから、
かなりの数。
――囲まれた?
一葉の喉が、鳴る。
だが。
近づくと。
パトカーが、
自然に、
道を、開ける。
左右に、
静かに、ずれる。
「あ……」
一瞬、
目が合った警察官が、
はっきりと、こちらに――
敬礼した。
三浦が、にやりと笑う。
「かわいい奴らだろ?」
「まだな、俺みたいな爺様の、我儘を聞いてくれる」
文翔館の正門前。
白い公用車は、
横向きに、
滑るように、止まった。
エンジン音が、
一段、低く、落ちる。
ドアの外から、
静かに、
警官が、数名、降りてくる。
一葉は、児島に腕を引かれ、
その横を、素通りする。
誰も、止めない。
誰も、声をかけない。
そのまま、三浦は、
片手で、ひらひらと、
手を振った。
ゆっくりと、
文翔館の門の外へ。
パトカーの群れの中に、
白い車が、溶けていく。
一葉は、
石畳の上で、立ち止まる。
さっきまで、
“運ばれていた”。
今度は、
“護る側”だ。
文翔館の正門が、
重く、
静かに、
閉まる。
文翔館は発進状態に移行していた。




