076 2026年5月05日(火)_02 再始動
文翔館。
遠く七日町の喧騒と、古い石壁に反響する足音を背に、
一葉はエレベーターへ乗り込む。
扉が閉まる。
表示灯は、
「F2」
「F1」
――そこで、一度、止まる。
誰も知らない階層。
一葉は、壁際の操作パネルに、
指を数度、一定の間隔で触れる。
一拍、
低い電子音。
続いて、重い金属が噛み合うような、
“カン”という音が、床の奥から返ってくる。
エレベーターは、再び、沈み始めた。
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体が、ふっと軽くなる。
高速で降下する感覚。
耳の奥が、わずかに詰まる。
どれくらい、降りたのか分からない。
やがて、
深い場所から、低く、機械の呼吸のような振動が伝わってくる。
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到着。
扉が、左右に開く。
視界いっぱいに、
地下ドックの空間が広がる。
天井は、遥か上。
照明に照らされて、
二十メートルの“箱”が、静かに立っている。
山形ロボ。
装甲は鈍く光り、
無骨なシルエット、
見慣れた箱。
でも、
雰囲気はまるで違う。
傷一つない丸いセンサーが、
一瞬、こちらを見た気がした。
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整備班の面々が、
作業台のそばで手を止める。
誰も、声をかけない。
でも、
視線だけが、やさしい。
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一葉は、階段へ向かう。
指令室へ続く、長い、長い階段。
足音が、金属に響く。
ひとつ、またひとつ。
呼吸が、自然と、深くなる。
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防音扉の前で、立ち止まる。
一瞬だけ、目を閉じる。
そして、開く。
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扉が開く。
ふわりと、
新しい電子機器の匂いが、鼻をかすめる。
プラスチックと、金属と、
ほんの少しの、熱と、電気の匂い。
「……え?」
思わず、声が漏れる。
そこには、
見慣れた顔ぶれと、
見慣れない風景。
壁一面の立体表示。
タブレットとホログラム。
静かに脈打つ、光のライン。
完全に生まれ変わった、指令室。
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「おかえりなさい」
誰かが、言う。
児島か。
若林か。
分からない。
でも、ちゃんと、届いた。
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一葉は、胸の奥に、空気を入れる。
そして、はっきりと、言う。
「ただいま」
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その目に、
もう、迷いはなかった。
守る理由は、
もう、剣の形をして、
ちゃんと、手の中にあった。




