066 2026年5月01日(金)_03 伏龍
中国西北部。
地平線の向こうまで、何もない。
風と砂と、人工衛星だけが、この場所の存在を知っている。
その地下に、
国家級施設――
人民解放軍戦区直轄
「第九特種工程基地」がある。
入口は、
ただの気象観測所を装ったコンクリートの建屋だ。
レーダー。
風向計。
太陽光パネル。
だが地下五十メートル。
そこから先は、まったく別の世界になる。
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格納庫。
天井高、百メートル。
壁面には、
量子暗号通信ノード、
戦域クラウド・リンク・ハブ、
戦略AI演算ラックが、
まるで神殿の柱のように並んでいる。
その中央に立つもの。
全高、七十メートル。
対邪神戦略兵器群、国家級戦略資産
「四海龍王計画」
統合実証機。
かつての名は、
東海龍王。
だが今は、
そのシルエットすら違う。
四龍王系列の装甲構造。
四神計画の演算中枢。
軌道戦闘フレームの関節理論。
それらが融合され、
新たな識別名が与えられた。
――
「黄龍機」。
国家が“王”ではなく、“中枢”として扱う存在。
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装甲は、
中国軍が秘匿指定している
国家戦略素材。
鑌鉄。
比重は、
日本の精神感応金属ヒヒイロカネの約一・三倍。
だが構造は、まったく異なる。
結晶格子は、
層状可変構造。
応力が加わるたび、
内部ハニカムが再配列される。
伸びる。
縮む。
曲がる。
全高七十メートルのフレームを、
戦術状況に応じて
三分の二まで圧縮。
あるいは、
一二〇%まで拡張。
それ以上は、
内部負荷限界を超え、
構造層が自壊する。
神話のような“無限”は再現できない。
だが、
国家の工学は、
神話に“迫る”ことはできる。
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電子系は、
完全なスタンドアローンではない。
黄龍機は、
単体で完結する兵器ではなく、
戦略ネットワークの“ノード”だ。
人民解放軍
戦区統合情報システム
――
「戦域クラウド(Theater Cloud)」。
そこに直結されている。
戦場データ。
衛星観測。
地殻変動。
宗教圏別異常信仰パターン。
怪異発生履歴。
神性反応ログ。
すべてが、
リアルタイムで流れ込む。
黄龍機は、
“動く兵器”ではない。
“歩くデータセンター”だ。
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格納庫の床に、
重い音が響く。
パイロットが、
昇降リフトから降りてくる。
人民解放軍
戦略支援部隊
特異環境対応部隊所属。
階級章は伏せられている。
技師たちが、
すぐに囲む。
タブレット。
ホログラム端末。
診断ログ。
「操作感、どうだ」
主任技師が問う。
パイロットは、
ヘルメットを外し、
短く答える。
「重い」
一拍。
「だが、遅くはない」
技師たちが、
視線を交わす。
「鑌鉄フレームの慣性補正が、
思考同期より、半拍遅れる」
「踏み込みの瞬間、
“自分の足”じゃなく、
“大地を動かしている感覚になる」
端末に、
即座にメモが打ち込まれる。
戦術AIが、
学習ログを更新する。
「神性反応フィルターは?」
「強すぎる」
パイロットは言う。
「敵意と信仰の区別が、
まだ曖昧だ」
「群衆の中に入ったら、
どこまでが“敵”か、
機体の方が先に決めてしまう」
空気が、
一瞬、張りつめる。
それは、
兵器としては、
“優秀すぎる”兆候だった。
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主任技師が、
静かに言う。
「黄龍機は、
国家意志と接続されている」
「だからこそ、
判断は常に“国家基準”だ」
パイロットは、
視線を落とす。
「……人間基準じゃない、ということですね」
誰も、否定しなかった。
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世界地図が、
ホログラムで浮かび上がる。
日本列島。
中東。
南米。
アフリカ。
北極圏。
あちこちに、
赤いマーカー。
怪異発生点。
信仰変動点。
神性観測点。
世界中が、
同時に、
備え始めている。
結界を、
引き直すために。
あるいは、
邪神を、
人の手で、
“倒す”ために。
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パイロットが、
小さく、呟く。
「……倒したら、
そのあと、どうなるんだ?」
技師は、
答えない。
モニターの向こうで、
戦略AIが、
静かに演算を続けている。
人類存続確率。
文明維持率。
信仰構造崩壊シミュレーション。
数字だけが、
淡々と、
未来を並べていく。
黄龍機の目が、
微かに、光る。
それは、
龍の眼ではない。
国家の眼だ。




