063 2026年4月30日(木) コンディショングリーン~そのままの君でいて~
軽自動車に妹、陽葵二人で乗り込む。
エンジンをかけると、Bluetoothでスマホ接続。
最近気に入ってるプレイリストを流す。
「今日は映画ね」
陽葵がシートベルトを引きながら言う。
「アニメだっけ?」
「うん。昔のロボットシリーズの新作?警察官がロボットに乗るやつ」
陽葵はニヤッとする。
「そうそう。しかもね、“電ノコの悪魔”の声の人が出るらしいよ」
「……それだけでちょっと見たくなるのよぉ」
本屋の隣のシネコンのロビーは、ポップコーンの匂いと、制服姿の学生と、仕事帰りっぽい大人が入り混じっている。
予約でサクッとチケット券売機でチケット入手、暗い通路を抜けて、席に座る。
ドリンクはお茶系。
炭酸は後々砂糖水に変わるのが好きじゃない。
スクリーンが光る。
ストーリーが進む。
……なんだこれ。
妙に、身に染みる。
働く公務員がロボットに乗る。
「あるあるすぎる……」
思わず、小声で呟くと、陽葵が真剣に見てる。
映画が終わって、外に出ると、もう夜だ。
駐車場のアスファルトが、街灯に照らされて、やけに静かに見える。
そのまま、私の家で、ネトフリタイム。
テーブルの上には、母が用意してくれたタッパ。
レンジでチンすると、湯気と一緒に、醤油とだしの匂いが広がる。
「筑前煮!」
「いち姉ぇ、こういう味好きだよね、本当。」
二人で並んで、黙々と食べる。
鎌田さんの影響で、最近話題のガンダムの映画も流してみる。
絵が、やたらきれい。海、空、行きたいな、海外。
あと政治?のシーンが、やたら深い。
突然、知らないキャラが、意味深なセリフを言う。
「……これ、絶対シリーズ追わないとダメなやつだ」
「いち姉ぇ、社会人パワーでコンプしちゃいなよ!」
陽葵が、真顔で顔で言う。
脳内鎌田さんが笑顔で
「沼ウェルカム」
とほほ笑む。
おのれアラフィフ。
食後、ソファに沈んだまま、今度は陽葵の“推し”紹介タイム。
「これね、ちょっと前の作品なんだけど」
画面に映るのは、台湾の人形劇っぽい、やたら造形が細かいキャラクター。
「……何これ」
剣が舞う。
布が翻る。
人形なのに、表情が“ある”。
「やば……これ、普通に面白い」
「でしょ。声優も豪華なんだよ」
気づいたら、もう一本、もう一話。
時間が、静かに削れていく。
時計を見て、はっとする。
「……やばい、遅くなる前に送る」
「はーい」
夜道を走る。
住宅街の窓に、ぽつぽつと灯りが残っている。
陽葵の家の前で車を止める。
母が出迎える。
久しぶり、と挨拶。
「今日はありがと」
「うん。……また行こうね」
ドアが閉まって、手を振る陽葵と母親が、街灯の下で小さくなる。
一人になった車内で、エンジン音だけが残る。
頭の中には、
ロボットと、警察と、電ノコと、人形劇と、ガンダムと。
……情報量、多すぎ。
でも、なんだか。
今日もなんか平和。
部屋掃除して寝よう!
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東京。
赤坂。
ホテル併設のレストランフロアで開かれる、半ば“儀礼”のような立食パーティー。
名目は「若手議員の親睦と意見交換」。
実態は、二世、三世議員――いわゆる“血統ライン”の定期点呼だった。
会場には、政策パンフレットも、ホワイトボードもない。
あるのは、シャンパングラスと、名刺と、曖昧な笑顔だけ。
「お父様はお元気ですか」
「先日の委員会、拝見しましたよ」
「来期のポスト、そろそろ動きがあるそうで」
言葉は柔らかい。
だが、内容はすべて、派閥、序列、根回し、配分の話だ。
外では与野党で激しく殴り合う連中も、
ここでは“家”と“家”として向き合う。
育ちが似ている者同士の、奇妙な連帯感。
それが、この空間の空気だった。
その輪から、
三世議員、田中 恒一だけが、半歩外れて立っていた。
――四月二十五日。
霞が関地下。
非公式中枢会議。
父親の影響力を使って、無理やりねじ込んだ席。
“渡部”という地方上がりの調整役を、
官僚とベテラン議員の前で引きずり下ろすつもりだった。
だが現実は逆だった。
「資料を読んでいないのか」
「九十九年案件だぞ」
「防衛、外交、観測体制――すべて横断案件だ」
老いた連中が、揃って渡部の肩を持った。
自分を、外に出した。
――誰が、そんなカビの生えた資料を読む。
今は令和だ。
昭和と平成の遺物は、退場すべきだ。
その苛立ちは、
“USBメモリ”を手に入れてから、拍車がかかる。
思考が、鋭角になる。
疑念が、刃物になる。
父親も、父親だ。
なぜ、俺の言葉ではなく、
あの連中の“凡庸な意見”を信じる。
ワインを、乱暴に煽る。
高級なはずの味が、何も感じられない。
今日に限って、
誰も近寄ってこない。
いつもなら、
「お父様のご体調はいかがですか」
「お祖父様の時代の話を、ぜひ――」
そんな、形式的な挨拶が飛んでくるはずなのに。
代わりに、背後で聞こえるのは、
意図的に抑えられた声。
「九十九年案件に触れたらしい」
「“知っていて、知らないふりをする”類のやつだ」
「外交ラインも、防衛ラインも、無視できない」
「裏の国連“会議室”を、茶化したとか」
「無知は、リスクだ」
――うるさい。
喉まで出かかった言葉を、飲み込む。
ここで叫べば、
“危険人物”のラベルが貼られるだけだ。
ここにも、愚者しかいない。
安全な場所から、
安全な言葉だけを選ぶ連中だ。
だが、
あの日、現れた男は違った。
あの視線は、
俺の“価値”を理解していた。
だからこそ――
“Mag 7”ですら触れなかった情報が、
今、俺の手元にある。
いいさ。
お前たちには、教えない。
この世界の裏側も、
線の向こうも、
箱の意味も。
暴くのは、俺だ。
記録に名前を残すのも、俺だ。
歴史は、
“慎重だった臆病者”ではなく、
“踏み越えた勇者”の名前を刻む。
田中 恒一は、
グラスの底に残ったワインを見つめながら、
そう、確信していた。
ワインに燃える三眼が微かに映る。
ようこそ、道化師の舞台の上へ。




