表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
超板金 山形ロボ ―ロボットがランドマークになった街で、怪異が目を覚ます―  作者: bobson3b


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

54/200

053 2026年4月27日(月)_06 文翔館正門、白昼の一騎打ち

文翔館前。

レトロな門が、春の光を鈍く返している。


門の内側に、ふくよかな年配の女性――若林が立つ。

柔らかな笑顔。

だが、視線だけは、相手と決して合わない。


「何かお困りでしょうか?」


声は、受付のそれだ。

丁寧で、穏やかで、何の棘もない。


門の外。

結界の縁に阻まれて、医師風の人物が立っている。

白衣。

汚れた聴診器。

その奥に、底知れない“何か”。


医師は、肩をすくめるように言った。


「この私がね、下賤な者どもに、道化師から聞いた“箱”の話を授けてやったというのに」


少し、悲しげに目を伏せる。


「まったく活用できなかった。

非常に、残念だ」


若林は、笑顔のまま返す。


「当館には、そのような展示品はございませんが?」


――ギャリ。


空気が、鳴った。


結界が、きしむ。

文翔館最上階の時計塔が、微かに音を立てる。

山形ロボは不在。

結界は張られているが、相手の神性には、心もとない。


医師が、静かに言う。


「ならば、せめて――この“基地”くらいは、

生贄になってもらわねばならないな」


若林は、即座に返す。

声は、受付のままだ。


「殺害予告ですね。それと、威力業務妨害罪に当たります。

ちなみに、殺人罪の法定刑ですが――

人を殺した者は、死刑または無期もしくは五年以上の拘禁刑に処する、と定められています」


笑顔で、条文を置く。


医師が、静かに言う。

「この場所は、もはや“人の領域”ではない。

私が歩めば、地は道となり、壁は扉となる。――そういう“格”の話だ」


若林は、頷く。

「敷地内に許可なく立入は、管理者の許可が必要です。

無断侵入は、不法侵入として扱われます」



医師は、口角を上げる。

「私は“許可”そのものだ。

存在が、通行証になる」


若林は、端末を一度、軽く叩く。

「当館では、身分証の提示をお願いしております。

存在証明が確認できない場合、入館はお断りします」



医師は、少しだけ声を低くする。

「私が指を鳴らせば、

この街の“意味”が一つ、消える。

人々は、昨日を忘れ、名前を落とし、道に迷うだろう」


若林は、笑顔を崩さない。

「記憶の操作は、個人情報保護法および不正アクセス禁止法に抵触します。

被害が確認された場合、損害賠償請求の対象となります」


医師は、空を見上げる。

「私は、時間の裏側に名を刻まれている。

裁かれる側ではない」


若林は、ゆっくりと言う。

「日本国憲法第十四条。

すべて国民は、法の下に平等です」


医師の笑みが、ほんの一瞬、凍る。


「それでも、私は“父の血”を引く。

傷をつけた者には、必ず、刻み返す」


若林は、息を吸う。

「報復は、刑法第三十六条の正当防衛の範囲を超えます。

過剰防衛として処罰の対象になります」


医師は、囁く。

「ならば、私は“災害”として来よう。

罪も、意志も、持たぬものとして」


若林は、端末を見ずに答える。

「災害対策基本法に基づき、当館は避難・封鎖・応急対応を実施します。

あなたは、“災害”として、立ち入り禁止させていただきます。」


若林の笑顔は、まだ崩れない。

だが、顔色が、ゆっくりと青ざめていく。

額に、汗。

手のひらが、端末を握り締める。

目の焦点が合わなくなってきた。


高速で、語彙が回転する。

言葉を選び、意味を削り、現実に“重さ”を持たせる。


ここは、文翔館。

結界の内側でさえ、圧を感じる。

――おそらく、門の外は邪神の領域。


若林は、言霊で、侵食を縫い止めている。


侵入は、絶対に防ぐ。

だが、野放しも、許されない。


医師が、丁寧に、まるで諭すように言った。


「ご婦人。

さきほどから、父グラーキに連なる高貴な血統のこの私に、

魔術を帯びた言葉で封印の試み。

……失礼ではないかい? 言葉で、神を縛るつもりかい?」


若林の笑顔が、わずかに、歪む。

「いえ。

人の世の理を、守るだけです」


結界越しに強大な神気。

膝が、笑う。

足元が、揺れる。

意識が持っていかれる。

自分の名前が一瞬思い出せない。


それでも、目だけは、まだ負けていない。


遠くで、通行人が数名、突然、膝から崩れ落ちる。

世界の“厚み”が、変わった。


――どうする。

一対一では、勝機は皆無。


そのとき。


医師が、目を細める。


「……素晴らしい」


嗤う。


「父を、傷つけるとは」


背中から、無数の刺が、静かに露出する。

湖底の棘のように、揺れる。


若林は、左手の端末を操作する。

結界出力、最大。


ギャリギャリッ!!


空気が、音を立てて引き裂かれる。


若林は、受付の声のまま、言った。


「展示品に関しましては、

ご希望に添えず、誠に申し訳ございません」


声は、震えていない。

――やばい、もつか?


医師は、静かに頷く。


「道化に聞いたときは、半信半疑であったが……」


一歩、下がる。


「貴様たちを、我が相手として、認めよう」


若林も、頭を下げる。


「光栄なお言葉、痛み入ります」

声は、まだ受付のそれだった。

だが、舌の動きが、わずかに鈍る。

呂律が、限界に近づいていた。


喉の奥が、ひりつく。

言葉を発するたびに、

“現実”が、削れていく感覚。


次の瞬間。


医師の姿は、風の中に、溶けた。


音が、戻る。


遠くの車の走行音。

横断歩道の電子音。

山形の音。

目の前の丁字路を、バスが通過していく。


若林は、その場に立っているのが、やっとだった。


手元の端末が震える。

各地から、状況報告が、次々に着信する。


白川ダム。

立谷川。

東京。


若林は、晴れた四月の空を見上げて、ぽつりと呟いた。


「……本気で、痩せるかと思ったわ」


複数の救急車の音が、遠くから聞こえる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SF / ロボット / 地方都市 / 行政・公務員 / 都市伝説
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ