049 2026年4月27日(月)_02 資料管理室包囲網
4月27日 同時刻。
県庁・知事室。
秘書課から内線が入る。
「宮城県知事より、お電話が入っています」
受話器を取ると、時候の挨拶はほとんど省略された。
向こうの声は、すでに“要件モード”に入っている。
「東北の各知事から要請があり、私が代表してお話ししています」
一拍。
「宮城県守護ロボ“ギカマサムネ”を含む、通称“東北六機”。
そのうち、山形機を除く五機が、日本海溝の底に封印されています。
内閣、海上保安庁、海上自衛隊の許可は、すでに取得済みです」
書記官が、無言でメモを走らせる。
「各自治体の秘密ドックも、再稼働に入っています。
つきましては――サルベージの協力をお願いできないでしょうか」
知事は即答しなかった。
一度、窓の外に視線を投げる。
「状況は理解しました。
ただし、当県の運用部署と協議の上、正式に回答します」
通話を切ると、間を置かずに内線を回す。
「文翔館地下、総務部付属資料管理室――山形ロボ運用室へ」
呼び出し音。
だが、返ってきたのは無機質な自動音声だった。
『現在、作戦行動中です。緊急連絡は優先回線をご利用ください』
知事は、短く息を吐く。
その直後。
秘書課が、もう一枚、報告書を差し出した。
「飯豊町・白川ダム湖周辺にて異常気象を観測。
同時に、国道13号線・立谷川付近で、自動車事故を伴う異常気象現象を確認しています」
二つの地点。
ほぼ同時刻。
知事は報告書を見下ろしたまま、静かに言った。
「……運用室が“作戦行動中”というのは、そういうことか」
県庁の時計が、正午を刻む。
山形市と飯豊町。
別々の場所で、同じ歯車が回り始めていた。
――
先ほどの市民団体は、文翔館の敷地を出ると、連れ立って近くのバス停へ向かった。
ぞろぞろと、列にもならず、靴音だけが乾いた舗道に残る。
車社会の山形で、日常的にバスを使う人間は少ない。
それでも彼らは、当たり前のように停留所へ歩く。
歩きながら、誰かが言った。
「駅ん中のカフェで、お茶でもせんけ?」
鹿児島訛り。語尾がふわりと上がる。
別の男が、鼻で笑うようにかぶせる。
「公務員はな、税金泥棒や。ほんま、ようやるわ」
大阪訛り。言葉が前へ、前へと出てくる。
そんな取り留めのない会話を交わしているうちに――
一人、消えた。
瞬きをした、その一拍の間に、隣にいたはずの肩がなくなる。
また、歩き出す。
また、瞬く。
もう一人、いない。
ざわつきはない。
気づいた様子もない。
まるで最初から、そこにいなかったかのように、列だけが短くなっていく。
バス停に着いたとき、残っていたのは、ヒョウ柄のレギンスにパーマをかけた六十代の女性、ひとりだけだった。
「……あれ? みんなどこ行ったんやろ」
そう言って、振り返る。
そこに、立っていた。
アフリカ系の、痩せた男。
汚れた聴診器を首にかけ、白衣をまとっている。
顔には、聖人のような穏やかな微笑み。
瞬きは、一切しない。
「え?」
意味がわからないまま、女性は微笑み返して、聞き返した。
「……なに?」
次の瞬間。
白衣が、ひらりと開く。
中は、布じゃない。
闇でもない。
“空白”だった。
女性の声が途中で途切れ、
身体ごと、その白衣の中へ、静かに飲み込まれていく。
消えた。
風だけが、バス停を通り抜ける。
地面に、こつん、と音がした。
持ち主のいないスマートフォンが、画面を下にして転がっている。
画面には、さっきまでの通話履歴。
発信先の名前だけが、点灯したままだった。
――
文翔館地下、山形ロボドック。
正午少し前。
警察無線が割り込んだ。
「飯豊町・白川ダム付近で異常気象を観測。白川ダム湖、通称“水没林”周辺にて巨大な人影を確認」
空気が変わる。
若林さんが一葉を見て、短く言った。
「お願いね」
もう、いつものやさしいおばちゃんの顔じゃない。
室長補佐として、映像と記録の重みを知ってる目だ。
観測班の武田さん、今田くん、槌谷さんは、すでにヘッドセットを装着して観測モードに入っている。
画面には気象と電磁の値が走り、音声は必要最小限、指先だけが忙しい。
一葉は更衣室で黒い対G装備を受け取り、素直に口が尖った。
黒色のタイツ。ヨガで着そうなやつ。……ボディラインが出るのが好きじゃない。乙女の敵だ。
それでも着る。
文翔館地下のこの部署は、服の好みより現場が優先される。
一葉が搭乗用の階段を上り始めた、そのとき。
通信が割り込む。
青山さんたちから――SOS。
音声の向こうは走行音と、混線しかけた呼吸。
単なる事故処理のトーンじゃない。怪異案件の声だ。
一葉が言葉を探す前に、若林さんが先に判断を切った。
「こっちは、なんとかする。水没林に行って。――あなたが動けるのは、今」
大丈夫かな。
喉まで出かけた不安を、いったん飲み込む。
一葉は深呼吸して、階段を上った。
――――――――――――――
同時刻。東京。新宿御苑。
石原の端末が震える。
表示名は若林。
「……石原さん、いま、どちらに、いらっしゃいますか?」
敬語が怪しい。
若林が慌てているときの、語尾がほどけたやつだ。緊急事態。
要件は簡潔だった。
児島たちが襲われている。
片桐嬢ちゃんは別件で出動要請。
護衛として来てもらっていた浮雲の戦力が必要らしい。
石原は返答せず、まず周囲を“数える”。
とっさに死角に隠れてはいるが、おそらく囲まれている。
気配の配置が、素人じゃない。敵意がある。
奈良の痕跡を追っていたら、狂信者がおそらく五名。尾行。
日本人だけではない。
さらに、ラテンアメリカ系の若い娘が一人。
視線の置き方が、人間のそれじゃない。
石原の見立てが間違いでなければ――
あの娘は人ではない。怪異。
しかも、奈良相当。
つまり、ネームドクラスの邪神。
浮雲が本気を出しても、おそらく良くて互角。
最悪、
逃げるだけで精いっぱいかもしれない。
ロートルにはちょっと応える。
石原は小さくぼやいて、携行していた特殊警棒を引き伸ばした。
27年前に支給された、ロボの廃材の混じりの特注。
精神感応金属ヒヒイロカネの感触が、手の内で冷たく鳴る。
魔法は苦手だ。
だが、何とかするしかない。
石原はスマホを口元に寄せ、短く返す。
「……位置は後で送る。今は切る。向こうは生きてるな?」




