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超板金 山形ロボ ―ロボットがランドマークになった街で、怪異が目を覚ます―  作者: bobson3b


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035 2026年4月23日(木)_03 老兵の覚悟

2026年4月23日 深夜。

東北自動車道を南下する公用車の後部座席で、

渡部信也は膝の上に置いた専用端末を開いた。


車内灯は落とされ、窓の外には、流れる街灯の帯。

画面には、認証用の無機質な円が回転している。


接続先の表示は、ただ一行。


《会議室》


一部の外交筋では、

それを“影の国連”と呼ぶ者もいる。


認証が通ると、画面が分割された。

円形に配置された十数のウィンドウ。


白い壁。

暗い書斎。

ブラインドの降りた会議室。


どの背景にも、国旗も、紋章も、窓の外の風景もない。

意図的に、場所と所属が消されている。


渡部は、わずかに喉を鳴らした。


——噂には聞いていた。

だが、実際にここに立つのは、これが初めてだ。

70中盤を過ぎて、まだ“初めての場”があるとは思っていなかった。


音声が開く。


低く、重なり合う複数の呼吸音。

誰かが咳払いをする。


渡部は、背筋を伸ばした。


「日本側代表、渡部です。

 本件について、状況の共有と、提案を行います」


一瞬の間。


そして、スピーカーから返る声は、

すべて、流暢な日本語だった。


超高性能の同時翻訳が、

相手の言語も、訛りも、感情の揺れすら平滑化している。


——だからこそ、逆に、空気が読みにくい。


渡部は、言葉を選んだ。


「まず、いわゆる“ザ・ナイン”と呼ばれる帰還者について。

 彼らは現在、日本と非軍事同盟的な協力関係にあります」


“同盟”とは言わない。

だが、否定もしない。


「彼らの出身国が、過去の経緯から、

 その存在を正式に受け入れていないことは承知しています。

 日本としては、

 “捨てられたものを拾った”という認識で構いません」


画面のいくつかが、わずかに揺れた。

姿勢を変えたのか、誰かが身じろぎしたのか。


渡部は続ける。


「ただし、ここで明確にします。

 この協力関係は、日本と敵対する意図を持つものではありません」


一拍、置く。


「むしろ、日本と正式な外交関係を持つ国々に対して、

 不利益を生じさせないことを、前提条件としています」


——カードを、表に出す。


「戦力としての扱いについても、

 彼らは極めて不安定な存在です。

 したがって、日本は、

 彼らを軍事バランス上の戦力としてカウントしません」


一部のウィンドウで、

誰かが、わずかに目を細めた。


「例外は一名。

 浮雲平輔。

 彼は元日本所属の人員であり、

 その立場は、あくまで日本の管理下にあります」


“管理下”。

その言葉は、柔らかく、だが重い。


渡部は、さらに踏み込む。


「また、国連加盟国に対する、

 いかなる形での軍事介入も行わないよう、

 日本側で制御します」


完全な保証ではない。

だが、“制御する意思がある”と示すことが、今は重要だ。


「その代わりとして、

 彼らが持つ知識、経験、観測情報については、

 日本が顧問的立場で活用します」


一瞬、間を置く。


「もし、各国から正式な要請があり、

 日本が許可した場合に限り、

 その知識の一部を、共有する用意があります」


——門は、こちらが握る。


そこまで言って、渡部は、話題をそらすように付け加えた。


「なお、今回の山形での事案について。

 あれは、偶発的事象です」


いくつかのウィンドウが、微妙に傾いた。


「山形ロボの主兵装、

 いわゆる“グレート”は、現在も酒田湾沖に沈んだままです。

 完全な戦力運用など、

 日本には、そもそも不可能な状態です」


言外に、こう含める。


——だから、脅しではない。

——だが、ゼロでもない。


沈黙。


数秒。

いや、十数秒。


この場では、

沈黙そのものが、発言だ。


やがて、一つのウィンドウが、わずかに明るくなる。


「……興味深い提案です、渡部代表」


翻訳された日本語は丁寧だ。

だが、声の奥に、警戒と計算が混じっているのが分かる。


別の窓。


「日本は、彼らを“戦力ではない”と言う。

 だが、“鍵”ではある、ということだな」


渡部は、わずかに口角を上げた。


「鍵は、

 使うためにあるとは限りません。

 閉めておくためにある場合もある」


さらに別の声。


「その鍵が、

 いつまで、日本の手の中にあると?」


渡部は、即答しなかった。


車窓の外。

遠く、サービスエリアの明かりが流れる。


「それを保つのが、

 外交という仕事です」


再び、沈黙。


いくつかのウィンドウが、消え、入れ替わる。

誰かが、誰かに席を譲ったのだろう。


最後に、低い声が響いた。


「……協議を続行する。

 日本の提案は、正式議題として扱う」


渡部は、ゆっくりと息を吐いた。


——通った。

少なくとも、今日は。


端末の画面に、

小さく表示が出る。


《セッション継続中》


“会議室”は、まだ、閉じていない。


公用車は、首都高へと合流していった。

その下で、東京の夜景が、

何も知らない顔で、光っている。



---


某国。

首都郊外の、湖に面した古い邸宅。


深夜、すべての回線が遮断された部屋で、

老紳士は一人、モニターを閉じた。


重厚な木製デスク。

壁一面の本棚。

革張りの椅子。


つい数分前まで、

“会議室”の一角として、

日本の提案を吟味していたはずの場所だ。


彼は、深く息を吐いた。


「……若い連中は、焦りすぎる」


独り言のように呟き、

グラスの水に手を伸ばす。


そのとき。


指先に、

ぬるりとした感触が触れた。


老紳士は眉をひそめ、掌を見下ろす。


そこに、

“口”があった。


皮膚が、割れているわけではない。

最初からそこにあったかのように、

掌の中央に、薄く、横に裂けた唇。


ゆっくりと、開く。


「……なるほど」


声は、彼自身のものだった。

だが、

響きが、違う。


昨晩の記憶が、断片的によみがえる。


側近の一人。

新しく入った、若い補佐官。

熱心で、礼儀正しく、

やたらと“思想”や“信仰”の話をしたがる男。


その男が、

一冊の古い本を差し出した。


「これは、知るべき記録です。

 “黙示”と呼ばれています」


最初は、笑い飛ばすつもりだった。


だが、

読んでしまった。


文字は、意味を持つ前に、

形として、脳に入り込んできた。


湖。

水面。

沈んだ都市。

声なき呼び声。


そして、今。


掌の口が、囁く。


> 我は、目覚めを与えた。

> お前は、読む者であり、

> 伝える者となった。


老紳士は、ゆっくりと、椅子にもたれかかる。


「……私は、もう、私ではないのか」


> お前は、お前だ。

> だが、お前だけではない。


部屋の隅で、

影が、わずかに揺れる。


そこに、

人の形をした“何か”が、立っていた。


黒衣。

輪郭が、はっきりしない。

顔は見えない。


ただ、

“奈良”の気配だけが、あった。


「……ああ。やっぱり、もう来てたか」


奈良は、楽しそうに言う。


「イゴーロナク、君ってほんと、仕事が早いよね。

 “読むだけで感染”って、

 どこのセキュリティホールだよ」


掌の口が、ひくりと歪む。


> お前は、邪魔だ。

> 道化。


奈良は、肩をすくめた。


「ひどいなあ。

 こっちは、

 “バランス担当”なんだけど」


老紳士——だったもの——は、静かに立ち上がる。


「……会議室は?」


奈良は、指を一本立てる。


「続いてる。

 でもさ」


窓の外、

湖の水面が、わずかに波打つ。


「これで、

“影の国連”にも、

 別の議題が混じることになる」


掌の口が、低く、笑った。


> 世界は、また、読む側になる。


奈良は、ため息をつく。


「ほんと、君たち、

 人類に、休む暇をくれないよね」


次の瞬間、

黒衣の影は、

部屋の明かりの中に、溶けるように消えた。


老紳士は、ひとり、立ち尽くす。


モニターの電源が、

勝手に入る。


画面には、

見慣れた円形のウィンドウ。


《会議室:再接続中》


掌の口が、静かに開いた。


> 発言権を、要求する。


そして、世界のどこかで。

誰かが、

理由もなく、

“嫌な予感”だけを、覚えた。


---


円形のウィンドウが並ぶ「会議室」。


無機質な背景。

国も、場所も、肩書きも、すべて削ぎ落とされた顔だけの空間。


老紳士――

いや、老紳士だったもののウィンドウが、静かに点灯する。


声は、落ち着いていた。

だが、言葉の“隙間”に、別の響きが混じる。


「……諸君。

人類は、あまりにも長く、境界線という幻想に縋ってきた」


数名の代表が、わずかに身じろぎする。


「国家、条約、抑止。

それらはすべて、恐怖を、形式にしただけのものだ」


画面の端が、微かに歪む。


渡部は、喉の奥に、冷たいものが落ちる感覚を覚えた。


老紳士の視線が、カメラの“向こう”を見ている。


「だが今、

我々は、真の意味で“対等な存在”と向き合っている」


掌が、画面の中で、ゆっくりと持ち上がる。


そこにあるはずのない、裂け目。


「恐怖ではなく、

帰依によって、世界を再編する時代が――」


その瞬間。


老紳士の声が、止まった。


画面が、わずかに揺れる。


彼の表情が変わる。

苦悶でも、狂気でもない。


——決意だった。


老紳士は、深く、ゆっくりと息を吸う。


「……なるほど」


唇が、かすかに笑う。


「ここまで、か」


一瞬だけ、

“掌の口”が、何かを囁こうとする。


だが。


老紳士の目に、

人間の光が、戻る。


「諸君」


声は、はっきりと、人のものだった。


「私は、人間のまま、ここを去る」


カメラのこちら側、同志たちを慈しむようにみる。


「……お目汚しを。

どうか、ご容赦いただきたい」


画面の中で、

彼の手が、素早くデスクの引き出しに伸びる。

金属の鈍い輝き。グロック17。

素早く口内へ。


一瞬の沈黙。


タンッと乾いた音。


そして、


風景が回転し、床を映す。


会議室に、音がない。


誰も、すぐには、言葉を発せなかった。


数秒後。


画面が戻される。


そこに映ったのは、

何もない、暗い空間。


だが、声だけが、響く。


> 人間にしては、

> よくやった。


低く、湿った、重なり合うような響き。


> だがな。

> 私は、もともと、

> “頭”というものを持たない。


会議室の進行役が、反射的に叫ぶ。


「——防御詠唱、実行!」


次の瞬間、

彼の口は“言葉”を発していなかった。


舌打ちのような破裂音。

喉の奥で圧縮され、反転される呼気。

音になる前の音が、連続して吐き出される。


同時に、両手が動く。

指は手話の形を取りながら、途中で意味を裏切る。

祈りの所作に見せかけて、否定の構文を刻む。


口内反響魔術。

圧縮言語。

視覚的符号化詠唱。


三層が、同時に走る。


ルーン文字の直線が、空間に焼き付く。

陰陽道の結界符が、円環を描いて重なる。

ネイティブアメリカンのチャントが、リズムとして“場”を叩く。

その上から、エルダーサインが、無作法に、叩き込まれる。


古今東西。

体系も、思想も、流派も、すべて無視した混成。


それは魔術ではない。

魔術を、武器として再設計したものだ。


十六拍子。

それは祈りのリズムではない。

機械と神話が、かろうじて同意できる、最小公倍数だった。

一定のテンポで、場そのものが“再計測”される。


画面の縁に、淡い光の輪が走る。


だが、それは防壁の光ではない。

境界線の縫合痕だ。


空間と空間の“間”を、無理やり縫い止める。

存在と存在の“意味”が、混ざらないように、釘を打つ。


真っ当な魔術師なら、決して使わない。

使えば、術者自身が“こちら側”に戻れなくなる。


だが、解除は、ほぼ不可能。


結界は、外敵を拒むためのものではない。

内側を、外に漏らさないための檻だ。


ウィンドウ同士の接続が、

一本、また一本と、切断ではなく、縫い替えられていく。


回線は断たれる。

だが、“痕跡”だけが、残る。


イゴーロナクの声が、歪む。


>……ほう。


>ずいぶん、

>人間らしい“暴力”だ。


光の輪が、閉じる。


最後に、進行役が、掠れた声で低く呟く。


「……ここは、貴方が“居る”場所じゃない」


「……今日は、ご退席いただく」



ノイズ。


暗転。


一つ、また一つと、ウィンドウが消える。


最後に残った進行役の画面も、

深く息を吐くように、ブラックアウトした。


---


その“外側”。


影の中。


奈良は、

腹を抱えて、笑っていた。


「はは……ははは……!」


壁に手をつき、肩を震わせる。


「いいね。

ほんと、いい」


笑いの合間に、息を整えながら、呟く。


「いやあ、最高だな。

 外交の場で、

 “自己処分による遮断”とか、

 どこの終末SFだよ」


奈良は、涙を拭いながら、呼吸を整える真似をする。


「いいね。

 やっぱりさ」


小さく、呟く。


「戦争ってのは、

 こうでなくちゃ、つまらない」


そして、影の中へ、

溶けるように消えた。


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