023 2026年4月22日(水)_02 朗読、初めての戦闘記録
「……じゃあ」
児島が、湯呑を机に置いた。
「まずは、現場対応報告書。片桐さん」
一葉は、びくっとする。
「え、私ですか」
「あなたです」
「いや、でもこれ、作文っていうか……」
「読み上げて」
逃げ場はなかった。
---
一葉は、古い端末を持ち上げる。
画面には、彼女が昨夜、眠気とテンションだけで書き上げた報告書。
タイトル:
『昨日のなんかすごいやつについて』
すでに、ざわつく。
父が、顔を覆う。
山倉が、天井を見る。
浮雲は、医療班に囲まれたまま、ストレッチみたいに腕を回している。
白衣の一人が、淡々と読み上げる。
「肉体年齢、推定二十代後半。
存在が神格を帯びている……。
付喪神や土地神に近いですね」
「存在その物が、“ここにある”事を世界に肯定させている。これは、機械のセキュリティホールどころか人の認知歪めてますね」
「最後に、霊体経過時間、約二百万年相当……」
「浮雲さん……霊体、サバ読んでない?」
「読んでない」
---
一葉、咳払い。
「えー……」
読み上げる。
> 昨日の夕方、私はお手洗いの帰りに、
なんかヤバそうな犬みたいなやつと、
箱大仏様が、にらみ合っているのを見ました。
石原が、静かに机に額を打ちつける。
「箱大仏様、って……」
> とりあえず、観光客がいたので、
守らないといけないと思いました。
理由は特にありません。
児島が、ペンを走らせながら、低く呟く。
「……“特にありません”は消すわ」
> そのあと、なぜか私はロボの中に入っていて、
よく分からないけど、
七日町から先に行かないで、って言いました。
若林が、手で顔を覆う。
> そしたら、空気がピキってなって、
見えない壁ができました。
「ピキって……」
> あと、月山おろしってやつをやれって言われたので、
やりました。
すごい音がしました。
終わりです。
沈黙。
重い。
父が、頭を抱える。
「……陽葵に見せられない……」
---
そのとき。
ピロン。
一葉のスマホ。
アンテナ感度は非常に良好。
まただ。
画面に、ビデオ通話:陽葵。
「……うるさいな」
反射的に、
出た。
誰の許可もなく。
画面いっぱいに、
高校生の妹の顔。
> 「生きてた!!
ちょ、なにその背景!!
テレビのセット?!
壁一面なんかテレビ沢山ついてるよ?!」
カメラが、ぐるっと回る。
パーティション越しに見える、
白衣の医療班。
担架。
モニター。
霊体波形グラフ。
そして、
検査台の上で、各種測定器着けて上半身だけ起き上がっている浮雲。
> 「……誰あのイケメン」
浮雲が、きょとんと手を振る。
「やぁ。」
> 「は?なに?ドラマ?」
「お姉ちゃん、どこでバイトしてんの!?
公務員でしょ!?」
児島が、
頭を抱えた。
若林が、
天を仰いだ。
石原が、
静かに言う。
「……第三種情報漏洩……」
父が、叫ぶ。
「切れ!!今すぐ切れ!!」
一葉、慌てて。
「ごめん!後で説明するから!」
> 「その声!お父さんもいるの?? 絶対だよ!!
てか、七日町ネットでニュースになってるんだけど!!」
通話、終了。
静寂。
誰かが、ぽつり。
「……SNS、もう走ってるな」
「週刊誌も、来る」
「テレビ局、時間の問題だ」
「渡部さんにも追加で情報共有、《会議室》がビックテック経由でもみ消し始めてるといいわね」
第二の地獄、確定。
---
医療班が、浮雲のデータを表示する。
「肉体は、1999年当時のまま固定。
細胞老化、停止状態」
モニターに、別のグラフ。
「霊体経過時間、約二百万年。
位相摩耗、限界域」
浮雲は、肩をすくめる。
「……長生き、しすぎたな」
若林が、ぼそっと。
「……あんた、定年どころじゃないわね」
---
そのとき、
児島が、書類の束をどさっと机に置いた。
「はい」
「ここからが、本番」
一葉が、嫌な顔をする。
「……なにこれ」
「新報告書」
「提出先、
市長室、県庁、内閣官房、国会危機管理委員会、
あと、表向き用と裏向き用、二種類」
「……地獄じゃないですか」
「ええ」
若林が、淡々と付け足す。
「第三の地獄よ」
パーティションの向こうで、
プリンターが唸り始める。
紙が、吐き出される。
タイトル。
《七日町事案 暫定総合対応報告書(秘)》
一葉は、椅子にもたれる。
「……転職、考えてたんですけど」
石原が、静かに言う。
「もう、無理だ」
父が、深くため息をつく。
浮雲が、真顔でつぶやく。
「……ようこそ、こっち側だ」
一葉は、天井を見る。
「……せめて、
残業代、ちゃんと出ますよね」
誰も、答えなかった。
プリンターの音だけが、
地下ドックに、虚しく響いていた。




