022 2026年4月22日(水)_01 時差出勤?それっておいしいですか?
翌日。
片桐一葉は、
深夜残業の翌日に定時出勤という、
どう考えてもブラックな指示を受けていた。
「……転職サイト、また開こうかな」
そんなことを考えながら、
ロッカーの前でスマホを取り出す。
通知、48件。
全部、妹——陽葵からだった。
> ねえ
昨日のニュース見たんだけど
いち姉ぇ、怪物に食われてないよね?
> 既読つかないんだけど
> 返事しろ
> 生きてる?
> バカ姉、生きてるなら返信しろ
「……うるさい」
とりあえず、
「生存」
とだけ返す。
すぐに、
> は?それだけ?
ちゃんと説明しろ!!
既読をつけて、
無視。
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軽自動車を職員駐車場に停めて、
ふと、外から文翔館を見上げる。
——昨日まで、
“事務所があったはずの場所”。
そこには、
屋外の公衆トイレがあった。
古びているのに、
なぜか中途半端におしゃれ。
「……センス、なさすぎでしょ」
痕跡は、ない。
何も、残っていない。
——もしかして。
今なら、逃げられる?
そう思った、その瞬間。
「おう」
声がした。
振り向くと、
熊騒動のときの“武術の達人おじいちゃん”——山倉仁。
そして、その隣に——
「……え?」
父親が、いた。
早川 真。
消防の制服ではなく、私服。
なのに、立ち方が、現場の人間のそれだ。
「……お父さん、なにしてるの?
ここ、私の職場だけど。」
父は、少しだけ目を逸らした。
「……知り合いに、呼ばれてな」
山倉が、にやっと笑う。
「俺もだ」
嫌な予感しかしない。
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文翔館の中に入ると、
なぜか、
二人とも、普通についてくる。
受付も、警備も、
何も言わない。
——確かに無料公開されてるけどさ、昨日、ここ、そんな場所じゃなかったよね?
例のエレベーター。
児島に聞いた、
“隠し操作”。
試す間もなく、
父と山倉が、
迷いなく操作した。
ボタンの順序。
壁のセンサー。
一瞬の間。
躊躇がない。
「……ちょっと待って。
なんで知ってるの!?」
二人とも、答えない。
エレベーターは、
“下”へ。
表示は、1階のままなのに、
体感だけが、どんどん沈んでいく。
耳が、きん、と鳴る。
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地下。
広がっていたのは、
巨大なロボットが整備されているドック。
その奥の鉄骨階段を上った先に、
箱大仏、山形ロボと同じ目線に
元事務所が移動していた。
いまは指令室らしい。
知らない顔も混じっている。
スーツ。
作業服。
白衣。
ブラウン管モニター。
工具。
サーバーラック。
どこからどう見ても、
“普通の県の施設”の光景じゃない。
なのに。
父が、
当たり前みたいに席に座った。
「……なんでいるの?」
「会議だからだ」
「意味わかんないんだけど」
山倉も、腕を組んで立っている。
誰も、突っ込まない。
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専門用語が飛び交っていた。
「位相固定が——」
「自動操縦の安全性が——」
「霊体認証のログが——」
「結界の縁が——」
「なぜ“奴”が現世に? それどころか山形ロボにアクセスまでして?」
会議室は、半ば戦場のようだった。
モニターの光が点滅し、
キーボードの音が断続的に響く。
一葉は、
あくびを噛み殺していた。
「……専門用語集、配布してほしいんですけど」
誰も聞いていない。
そのとき。
後方の遮音ドアが、
ゆっくりと開いた。
油圧の抜けるような、低い音。
会議室の空気が、
わずかに揺れる。
最初に気づいたのは、山倉だった。
腕を組んだまま、
ふっと視線をそちらへ向ける。
驚愕に目を見開いていた。
次に、石原。
モニターから顔を上げ、
一瞬だけ目を細めた。
それだけであった。
誰も、声を出さない。
黒衣。
背が高い。
細身。
歩き方が、異様に静かだった。
足音が、ほとんどしない。
だが、存在感だけが
部屋の中央まで歩いてくる。
まるで
そこにいることが
当たり前であるかのように。
一葉は思った。
——やたら、イケメンだった。
男は、
部屋の中心で足を止める。
誰にも挨拶しない。
視線だけが、
ゆっくりと室内を一周する。
そして、淡々と言った。
「最終決戦の最中、
俺の右腕を奴が自分に移植した。」
空気が、凍った。
視線が一斉に集まる。
男は続ける。
「だから、俺の霊体認証を使って
山形ロボの制御系にアクセスしたんだろう。」
沈黙。
コンソールのファン音だけが、
やけに大きく聞こえる。
石原が、ゆっくり息を吸った。
「……浮雲が、そう言うなら」
青山も、静かに頷いた。
「……間違いないな」
一葉は、周囲を見回す。
「……誰です? このイケメン」
沈黙。
空気が、固まる。
次の瞬間。
「「「——生きてたのか!!」」」
早川が、浮雲に飛びついた。
泣く。
普通に泣く。
「連絡しろ!!
二十七年だぞ!!」
周囲もざわつく。
若林も、普通に泣いていた。
「本物か?」
「ログじゃなくて、本人?」
「入室時の霊体認証、97%本人です!」
「いや警備は?」
「ちょっと待て、医療班呼べ!」
「入退室ログ確認、27年前から更新されてない!」
一葉は、目をぱちぱちさせた。
「……ギャグじゃなかったんだ」
そのとき。
浮雲が、若林を見て、
ぽつりと言う。
「……悠。
おまえ、太ったな。凄く。」
ドゴォン。
若林の掌底が、
浮雲の頬に、綺麗に入った。
浮雲は無抵抗で、吹き飛ぶ。
床に転がりながら、
ぽつりと呟く。
「……いたい!」
一葉は、思わず言った。
「……女性に、それは仕方ないと思います」
石原が、天を仰ぐ。
「……元カノに、
二十七年ぶりに言うセリフじゃねぇな……」
基地の天井に、
深いため息が、重なった。
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一葉は、椅子に座り直した。
「……とりあえず、
今日の業務、なんですか」
誰も、すぐには答えなかった。
ざわついていた室内が、
少しずつ静まっていく。
その中で、
浮雲がゆっくり立ち上がった。
一葉を、まっすぐ見る。
「……君が片桐一葉か」
一葉は即座に顔をしかめた。
「きもっ!
初対面ですよね!?
なんで名前知ってるの!?」
浮雲は、ほんの一瞬だけ間を置いて、
平然と言う。
「……念?心を覗いた?」
一葉は椅子ごと引いた。
「きも、やめて、まじ無理です、いやまじで」
室内の空気が、また一瞬固まる。
石原がこめかみを押さえる。
「……おい浮雲」
児島も腕を組んだまま言う。
「……二十七年ぶりの復帰で、
いきなり新人にドン引きされてるわよ」
浮雲は少し首を傾けた。
「……そうか?」
一葉は即答した。
「そうです!!」
その場の全員が、
ほぼ同時に小さくため息をついた。
——第一印象は、最悪だった。




