204 2026年5月31日(日)_06 グレート合体
聖メアリー・ティーチング大学病院。
神秘外科入院病棟の廊下。
“会議室”特級エージェント序列第一位――《魔王》ナンバーシックスの貸与端末が静かに着信を告げた。
Nothing Phone (4a) Pro。
端末そのものは市販品に過ぎない。
だが、その中身は別物だった。
Meeting OS。
Androidをベースに独自開発された《会議室》専用OS。
一部ではiOS版も運用されているが、極東地区以外では数が少ない。
霊波変換式戦域通信システムに対応しており、端末が破壊されてもSIMと認証キーさえ残っていれば、別メーカー製端末へ数分で復旧できる。
ナンバーシックスは近くの通話ブースへ入る。
画面に表示された発信者名を見る。
Abraham Coreteau Alcardo
「エイブラハム……《虚》か」
肩を竦める。
「相変わらず人使いが荒いのう」
通話ボタンを押す。
同時に口に含んでいたロリポップを取り出し、指先で軽く弾いた。
キャンディスティックが一直線に飛ぶ。
「……儂じゃ」
乾いた音。
「特に大きな問題は無い」
「まぁ、あの娘も今は涎垂らして寝とるわ」
さらに乾いた音。
「襲撃?」
「……ああ、未然に防いどる」
「今も看護師を狙った糸が飛んできたんで、切っておいた」
視線の先。
床には一匹の子蜘蛛。
キャンディスティックに貫かれ、既に動かない。
「おそらくアトラック=ナチャじゃろ」
苦笑する。
「どうせ奈良にでも頼まれたんじゃろう」
「やる気を感じん」
カラカラと笑う。
「さて」
窓の外を見る。
強い日差しが雲に隠れる。
「さっきのお嬢さんも、そろそろ戦場へ着く頃合いか」
その笑顔は穏やかだった。
だが。
山形の方角へ向けられた視線だけが、
刃のように鋭かった。
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日曜日の夕方。
部活動帰りの女子高生二人が、文翔館の前で信号を待っていた。
「え、文翔館工事中なんだって〜」
「ほんとだ。なんかシートかかってる」
「門も閉まってるし」
「珍しくない?」
「まぁ、文化財だし、たまにはあるんじゃない?」
少しだけ立ち止まり、建物を見上げる。
「……それよりさ」
「うん?」
「明日もう月曜じゃん」
「うわ、現実見せないでよ〜」
二人は笑いながら駅の方へ自転車を漕いでゆく。
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音速を超え、日本海を北上する山形ロボ。
津軽海峡を大きく迂回し、岩手県上空を経由するルートで再び南下を開始する。
目的はただ一つ。
弾道射出されたグレートフレームとのランデブー。
コックピットに、背中にマウントした文翔館から今田の声が響く。
「浮雲さん。秋田、青森両方面隊から追加情報です。巨大落下物の正体はスペースデブリ群。微量ですが宇宙塵も確認されました」
「目的は?」
短く問い返す。
若林が通信へ割り込んだ。
「存在の誇示……でしょうね」
一拍。
「平輔、あんたが一九九九年に展開した位相遮断領域。その弱体化が狙い」
さらに続ける。
「それと、一九九九年以降ほとんど研究が止まっているけど、日本列島は世界最大級の位相断層の集中地点なの」
「富士、月山……霊峰群か」
「そう。そして霊脈を束ねている中心が」
浮雲は静かに答えた。
「首都圏結界網」
「その通り」
若林の声がわずかに重くなる。
「あそこが崩れれば、日本だけじゃ済まない。世界中の位相断層が連鎖的に不安定化する可能性がある」
沈黙。
浮雲は操縦桿を握る。
「分かった」
「やることは変わらん」
若林が苦笑した。
「あんたらしいわ」
その時。
武田の声が鋭く響く。
「グレートフレーム接近!」
「ランデブーまで二十秒!」
「十!」
「五!」
「四!」
「三!」
「二!」
「一!」
「合体シークエンス開始!」
浮雲は操縦桿を強く握る。
「緊急グレート合体!」
山形ロボが一気に加速する。
眼前を飛ぶグレートフレームへ肉薄。
寸分違わず相対速度を合わせる。
複数のマニピュレーターが展開。
背部へ固定されていた文翔館中央棟の接続が解除される。
文翔館はそのままグレートフレーム胸部へ固定された。
山形ロボも同時に、
グレートフレームの額にあるドッキングベイに合体する。
――LOCK.
――SYNCHRONIZE.
――SYSTEM LINK COMPLETE.
<1999 YAMAGATA UNIT>
<MODEL : JGR-06>
<GREAT YAMAGATA ROBO>
<REACTOR STATUS : ONLINE>
出力一〇〇%。
二十七年間。
全力を出せなかった三基の炉心が、
静かに目を覚ます。
三炉並列稼働。
霊子炉《如来》。
次元炉《菩薩》。
光子炉《観音》。
その秘めたる出力が、解放された。
一拍。
重低音が世界を震わせる。
巨人の双眸が、
ゆっくりと蒼白く輝いた。
仏像を思わせる静謐な顔貌。
重装甲の機体。
そして。
異様なまでに肥大化した肩。
前腕は70メートル級の機体ほどの長さを持ち、
巨大な拳はビル一棟を握り潰せるほどだった。
その反面、
脚部は意図的に短く、太く設計されている。
全身は、まるで山岳を踏破する巨猿のような低い重心を備えていた。
走るためではない。
跳ぶためでもない。
ただ。
敵の前に立ち、
受け止め、
そして殴り倒すための設計。
その姿は、
まるで霊峰そのものが歩き出したかのようだった。
それは戦うための巨人ではない。
神を打ち倒すための拳。
邪神を殴るためだけに存在する巨腕。
グレート山形ロボ。
それは勝利の象徴ではない。
英雄の証でもない。
一九九九年。
人類最後の戦いで世界を守った、
"最後の切り札"。
その真の姿だった。
守護神が今、
真室川に向かい、飛ぶ。




