203 2026年5月31日(日)_05 二つの戦場
白い対Gスーツに身を包んだ浮雲平輔は、
整備班の説明を聞きながら山形ロボへ歩み寄る。
全高二十メートル。
巨人の左脇腹に設けられたコックピットハッチが静かに開いていた。
タラップを登り、内部へ入る。
「ある意味、初陣だな……頼むぞ、旧友」
ぽつりと呟く。
一九九九年当時とは一新されたコックピットは広々としていた。
複座運用すら可能なほど余裕がある。
全天周モニター。
新型操縦系。
補助AI。
だが根幹は変わらない。
若い整備士、笹沼が賢者の石製SSDからUSB Type-Cケーブルを引き抜きながら話しかける。
「シミュレーターで感じたと思いますが、操縦系はハコ子がパイロットごとに最適化してます」
モニターへ視線を向ける。
「基本的には一九九九年仕様をそのまま素直にした感じですね。反応遅延はほぼありません」
「先読み挙動だけは好みが分かれます」
笹沼が手元のスイッチを指差した。
「AIが演算した複数の“起こり得る可能性”を表示します。浮雲さんの場合、相性は良いと思いますが、邪魔なら切ってください」
浮雲は説明を聞きながら視線だけで計器類を確認していく。
並列炉。
冷却。
神経接続。
出力。
異常なし。
「あと」
笹沼が思い出したように言う。
「じゃじゃ馬の世話をしている早川主任から伝言です」
浮雲が振り向く。
「『お前の癖、全部再現できるようにしておいた』だそうです」
浮雲は苦笑した。
そしてぎこちなく親指を立てる。
その瞬間。
地下ドック全体へ室長の児島の声が響いた。
『“グレート山形ロボ起動条項”に基づき、
山形ロボ制御系との同期を開始します
山形ロボに文翔館時計台に設置されたド・マリニーの時計イミテーションを接続』
『過去を刻む時計、
現在を刻む時計、
未来を刻む時計、
そして可能性を刻む時計、
連動開始を確認』
整備員たちの手は止まらない。
児島の声だけが流れ続ける。
『山形ロボは地上上昇後、文翔館中央棟の一部をバックパック背面マウントへ固定します、
現在文翔館職員および来館者の退避確認
文翔館の各門は閉鎖
指令室機能を文翔館正庁へ移設
エントランスを起点に次元断層バリア展開開始』
『観測班は室長補佐の若林と共に文翔館へ移動』
『私は駅前の邪神級怪異対策のため地下ドック指令室に残ります』
『施設警備班第二班、狙撃班、山倉顧問、外部協力者山部聡氏は現場対応』
一拍。
そして。
『では各自、本日の“作業”を開始してください』
誰も作業を停めない。
己が役目をそれぞれがこなす。
浮雲の正面モニターに文字が浮かび上がる。
<YAMAGATA CORE UNIT>
<MODEL:JGR-06 CORE Ver.2026>
<SYSTEM:HAKOKO>
次の瞬間。
全天周モニターが一斉に点灯した。
視界が開く。
機体外部カメラ。
各種センサー。
位相観測情報。
全てが流れ込む。
>浮雲、よろしくお願いします。
幼い声。
けれど、その声音には不思議な落ち着きがあった。
二週間前に片桐一葉専用の山形ロボ“対話AI”としてロールアウトしたハコ子。
今回からは山形ロボのメインAIとして拡張されている。
浮雲にとっては、二十七年ぶりに乗る旧友。
そして、その中にいるのは初めて組む新しい相棒。
浮雲は小さく笑う。
「頼むぞ、ハコ子」
すぐに通信が入る。
『観測班の今田です。
今回の作戦ですが、国際リニアコライダー側との協議の結果、山形ロボは一度津軽海峡上空まで移動してください』
『そこから反転、北上山中から射出中のグレートフレームと速度同期』
『空中合体後、真室川へ着地します』
浮雲は眉を上げる。
「百二十メートル級だぞ?
着地点は大丈夫なのか?」
別回線が開く。
『観測班の槌谷です』
『先日更新した局所位相固定なら問題ありません』
『着地程度では現実浸食は発生しません』
一拍。
『激しい戦闘になれば話は別ですが』
少しだけ揶揄うような声音になる。
『それに今回は私たちも文翔館ごと同行しますので』
浮雲は思わず笑った。
「了解、なら安心だ」
---
文翔館正門前広場。
西の空が茜色へ染まり始めていた。
山形ロボのバックパック背面マウントが、
大正時代から山形を見守り続けてきた旧県庁舎――文翔館に隠された接続ポイントを確実に固定する。
重力制御領域が展開。
建物と巨人を同時に包み込む。
玄関のある二階部分より上。
文翔館中央棟そのものが、ゆっくりと地面を離れた。
百年を超える歴史を持つ庁舎が、
今、
山形ロボの背中へ接続される。
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庁舎三階。
正庁。
シャンデリアの光に照らされた華美な空間。
その中央には不釣り合いな液晶モニター群が並んでいた。
若林。
武田愛子。
今田将司。
槌谷順子。
観測班の面々は対G保護シートへ身を沈めている。
文翔館自体は、
次元断層バリアとド・マリニーの時計によって保護される。
だが。
中の人間は別だ。
だからこその保護シートだった。
誰も緊張した様子を見せない。
ただ淡々とモニターへ向き合う。
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コックピット。
浮雲平輔は操縦桿へ手を置く。
二十七年ぶり。
それでも感触は忘れていない。
呼吸を整える。
巨大な機体の鼓動が伝わってくる。
ハコ子。
観測班。
整備班。
文翔館。
全ての準備が整った。
浮雲は静かに口を開く。
「山形ロボ」
一拍。
「浮雲平輔」
さらに一拍。
「発進します」
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夕方の山形駅東口。
片桐陽葵、槙島心愛、石原星奈。
そして一匹の子猫。
決意だけは固めてスターバックスを後にしたものの。
「結局さぁ、自分たちがおとりになるしかないんだよね~」
心愛が肩をすくめる。
かすみ公園の中を歩きながら、指先で小石をくるくる回していた。
「ちょっ!? どうやったん!? 心愛!」
陽葵が目を丸くする。
「これ?」
心愛は何でもないことのように答えた。
「だから言ったでしょ? 私、超能力者なんだって」
石が空中でふわりと浮く。
「アポートとテレキネシス」
「あとビューイングもちょっとできるよ」
「頑張れば大型車くらいなら持ち上げられるかな?」
「え?」
陽葵は星奈を見る。
「星奈知ってたの?」
「なんとなくね」
星奈は苦笑する。
「おじいちゃん、昔からそういう人の保護活動とかしてたから」
「うち家族がそんなんだったらマジ引くわ……」
心愛が頬を膨らませる。
「多様性の時代にそれは良くないよ陽葵?」
そして。
「ねぇカルちゃん?」
突然話を振られたカルが固まる。
「ちゃん!?」
「え?」
「いや、多様性というのは確かに大事だけれども――」
陽葵は苦笑しながらスマホを取り出した。
「ハコ子、起きてる?」
画面へ話しかける。
「これ、山倉さんとかに言った方が――」
返事は一瞬だった。
>陽葵!
>情報収集に手間取りました!
>至急、山倉さんへ連絡してください!
全員の表情が変わる。
>現在の戦力では明らかに不利です!
>Aランク登録念動力者では荷が重いと判断します!
心愛の笑みが消える。
>対象はこの付近で先ほど目撃されています
>人の多い場所へ退避してください!
>怪異は人の視線を嫌います!
「陽葵」
心愛が低い声で言う。
「誰と話してるの?」
その瞬間。
カルの声色が変わった。
「みんな!」
鋭い声。
「ハコ子様の指示に従って大通りへ!」
「陽葵!」
「先日の路地の怪異二体と同等――いや」
息を呑む。
「一、二……七体!」
「接近してる!」
全員が振り返る。
「それって……あれかな」
星奈が公園入口を指差した。
そこにいた。
痩せこけた黒パーカーの男。
右手には大型ナイフ。
左手には一メートル近いスレッジハンマー。
そして。
反対側の入口。
さらに別の入口。
園内の通路。
全てに。
同じ男が立っていた。
>今、施設警備班第二班と山倉さんと山部さんが向かっています!
>逃げられますか!?
カルが即答する。
「無理です!」
「完全に包囲されています!」
「増援を十分以内で!」
沈黙。
そして。
全ての男が同時に嗤った。
「今日は三人も殺せるのかぁ」
その瞬間。
一人の男が吹き飛んだ。
左肩に石の破片が突き刺さる。
血が飛び散る。
「お前が!」
心愛が叫ぶ。
「瑠羽を襲ったのかぁぁぁぁぁぁ!!」
彼女の周囲には九本の石槍が浮いていた。
怒りで震えている。
星奈も警棒を展開する。
光刃が伸びる。
静かに構えた。
それは剣道でもフェンシングでもない。
古の剣術の構えだった。
「怪我だけで帰れると思わないでよ」
ゆらり。
倒れた男が立ち上がる。
肩に刺さった石を引き抜く。
「いいねぇ」
さらに嗤う。
「今日は歯ごたえがある」
血まみれの顔が歪む。
「抵抗されると興奮するなぁ」
「陽葵!」
カルが叫ぶ。
「了解」
陽葵は短く答えた。
「あと、ヤマセンたち呼んだから」
その瞬間。
心愛が振り返る。
「はぁ?」
怒気を隠そうともしない。
「陽葵!
先生とか足手まといだから!
大人なんて役に立たないよ!」
星奈がため息をつく。
「心愛」
光刃を構えたまま言う。
「陽葵にも考えがあるんだから、少し落ち着こうよ」
>陽葵、すぐに契約を。増援出動しました。
「わかった!」
そして、鞄から飛び出した子猫――カルの額に、
迷いなく口づけをした。
――瞬間。
空間が、砕けた。
世界が、上塗りされる。
カルの身体が、白銀の光に包まれた。
背後に浮かび上がる紋章。
十字を貫く、竜。
「契約、成立」
それは、もう猫の声ではなかった。
光の中心に立つ男。
金髪。
緑の眼。
積層ミスリル銀製のハーフプレートメイルが、
鈍く光を反射する。
カル・ヴィー・サージュ。
静かに言う。
「ここを聖域と定義する」
「制限時間――603秒」
静かな声。
「聖十字騎士団二番隊隊長」
剣先が、怪異群へ向けられる。
「水の騎士にて、竜骨剣の使い手、カル・ヴィー・サージュ」
「わが師の剣技をもって、この三名を死守する」
光が収まる。
誰も動かない。
十体の怪異。
三人の少女。
一人の騎士。
戦力差だけを見れば絶望的。
だが。
その場の誰一人として、
敗北を想像してはいなかった。




