182 【異世界編】王国歴126年蒼天の月下大朔の日_01 魔王城決戦―拳王突貫
魔王城。
最終局面。
早朝にも関わらず、黒い雲が城を覆い、空には稲妻が走る。
雷光に照らされて、魔王城の城壁は鈍く光っていた。
その正門前。
魔王軍が、びっしりと並んでいる。
槍。
刃。
魔法陣。
幾重にも重なった軍勢は、まるで黒い海のようだった。
数は――
千ではきかない。
その奥には、魔王城の巨大な正門。
黒鉄で出来た門は、さらに魔法障壁で守られている。
あれを突破するには、
攻城魔法しかない。
だが――
魔法詠唱には時間が必要だった。
少なくとも。
三十秒。
その三十秒を稼ぐ者が、必要だった。
勇者。
戦士。
サムライマスター。
竜騎士。
三十数名の精鋭が、沈黙する。
誰もが理解していた。
それが、
どういう役割なのかを。
そのとき。
一人の男が、前に出た。
灰色の毛並み。
狼の耳。
亜人種――ワーウルフ。
男は肩を回しながら、軽く言った。
「城門を攻城魔法でぶち抜くまで、三十秒あれば足りるよな?」
軽い調子だった。
「血路と時間稼ぎ、俺がやるよ」
誰も笑わない。
だが男は、気にした様子もなく続けた。
「俺さ、徒手空拳と魔法だから、しばらくはもつ」
拳を握る。
骨が、低く鳴った。
「なぁに」
牙を見せて笑う。
「喧嘩で多勢に無勢は慣れっこさ」
指で簡素なヘッドギアを叩く。
そこには、小さな青い宝玉が埋め込まれていた。
「それに――」
「一族の秘宝」
「ひいじいさまとか、師匠とかの技の記憶が宿ったコレもある」
カラカラと笑う。
「選ばれさえすれば、俺だって拳王を名乗れるんだぜ?」
「便利便利」
勇者が低く言った。
「……自殺行為だ」
戦士も頷く。
「三十秒ももたん」
サムライマスターは、目を閉じた。
だが。
他に、方法はない。
ここで消耗すれば、魔王に届かない。
やがて。
勇者が剣を抜いた。
「……作戦決行」
鬨の声が上がる。
「進めええええええ!!!」
精鋭部隊が、正門へ突撃する。
その瞬間。
魔王軍の攻撃が、一斉に集中した。
矢。
刃。
呪文。
炎。
雷。
毒霧。
すべて。
ただ一人。
ワーウルフへ向けられた。
「おおっと!」
ワーウルフが拳を振るう。
矢が弾ける。
刃が砕ける。
魔法が拳で叩き散らされる。
「いいねいいね!」
爪が振り下ろされる。
それを――
素手で掴む。
バキッ。
魔族の腕が逆に折れる。
「ほら来いよ!」
次々と襲う魔王軍。
だが。
拳。
肘。
蹴り。
体術が嵐のように炸裂する。
額の宝玉が神秘の光を放つ。
歴代の拳士たちの技の記憶が、
身体に流れ込む。
拳が、嵐のように振るわれた。
その背後で。
魔法部隊が詠唱を開始する。
巨大な魔法陣。
炎の紋章。
「攻城魔法、展開!」
轟音。
巨大な光の槍が、城門へ突き刺さる。
黒鉄の門が軋む。
二発目。
三発目。
そして。
ついに――
城門が爆音と共に崩れ落ちた。
「拳王殿!!」
戦士が叫ぶ。
「参りますぞ!!」
ワーウルフは、振り返らない。
肩越しに言った。
「あー」
「すまねぇ」
笑う。
「楽しくなっちまった」
拳を振るう。
魔族が吹き飛ぶ。
「俺は残る」
背中を向けたまま言う。
「背中は気にすんな?」
魔王軍の波が押し寄せる。
それを見て、牙を剥いて笑った。
「コイツらまとめてぶん殴っておくから」
そして。
背中から、闘気が噴き上がる。
巨大な人型の闘気。
まるで古代の拳士の霊が重なったような姿。
拳王の影。
それが、ワーウルフの背後に立ち上がった。
最後に。
振り向かずに言う。
「終わったらさ」
「肉」
「一番いいとこ食わせてくれ!」
そして。
精鋭三十数名は、城内へ突入した。
崩れた城門の奥へ。
勇者たちは振り返らない。
振り返れば、
足が止まると知っていたからだ。
背後で。
拳王が、魔王軍の大軍へ突撃する。
次の瞬間。
天地が裂けた。
魔王軍の魔術師団が一斉に詠唱を終える。
空間が歪む。
炎。
雷。
重力。
腐蝕。
ありとあらゆる破壊魔法が、
一人のワーウルフへと降り注ぐ。
天を割るような爆光。
衝撃波が大地を削り、
空間が波のように歪む。
だが。
その中心で。
拳が振るわれていた。
魔法障壁を拳に纏い、
爆風をねじ伏せるように突き破る。
轟音。
魔法と拳の鬩ぎ合いが、
空間そのものを軋ませる。
城門前は、
まるで世界の終わりのような光に包まれた。
勇者たちは城内へと走る。
誰も振り返らない。
ただ一瞬。
竜騎士だけが、
視界の端にその姿を見た。
魔法の嵐の中。
巨大な人型の闘気を背負った
ワーウルフの影。
拳王の姿。
そして。
次の瞬間。
光がすべてを飲み込んだ。
その背中を――
最後に見た者はいない。
それが。
拳王と呼ばれたワーウルフの。
記録に残る。
最後の言葉だった。




