159 2026年5月22日(金)_03 水の騎士推参
陽葵のバスケ部時代の反射が、先に動いた。
自転車を蹴り飛ばす。
横へ跳ぶ。
転がる。
土の匂い。
視界が回転する。
――次の瞬間。
巨大な蜘蛛の脚が、
さっきまで自分がいた場所を、
何度も何度も突き刺していた。
金属が裂ける音。
愛車のクロスバイク。
超軽量高炭素鋼フレーム。
それが、紙のように裂けていく。
「ひぃ!!!!!!!!」
「陽葵、落ち着いて――ふぎゃぁ!つぶれる!」
陽葵は立ち上がる。
囲まれていた。
フード姿の怪人、七名。
六名は人の形をしている。
だが違う。
青白い。
ゴムのような質感の肌。
深紅の眼。
魂が拒絶する。
“理解してはいけない存在”。
そして。
頭上から降りてきたのは、
ビジネスマン風の男。
太い黒縁メガネ。
多分スマートグラス。
神経質な口元。
だが――
同じ青ざめた肌。
同じ深紅の眼。
背中から、
白い雲のような脚が二本、生えている。
「陽葵、今鎮静の魔法をかけたよ。大丈夫?」
「ありがとう……なんか吐きそう……なに、こいつら……」
カルが、低く告げる。
「寄生だ。
魔物に寄生されている。
魔が乱れている。
このレベル帯の人間が出していい出力じゃない。
……そして七人目は、もう人間じゃない」
空間が折れている。
第二公園が、
迷路のように歪んでいる。
陽葵が一歩踏み出す。
怪人たちは、すっと移動する。
距離が、縮まる。
ゆっくり。
確実に。
「陽葵、聞いてほしいことがある」
「それ時間かかる!?逃げないとヤバくない!?」
「逃げられない」
静かに。
断定。
「これは盤上遊戯でいう“詰み”だ。
ハコ子様も今、動けない」
輪が狭まる。
息が荒くなる。
「……いち姉ぇ……ひまりもう無理だよ……」
仮面が剥がれる。
声が幼くなる。
カルは、迷わず言う。
「陽葵。
君は魔力こそ一般人相当だ。
だが“レベルだけ”が異常に高い」
「レベルってなに……もうやだ……」
「君の近しい家族、
あるいは祖先が、
世界を救う規模の因果を動かした可能性がある。
その余波が、君に残っている」
「セカイってなに!?救ってないよ!わかんない!」
怪人の足音。
白い脚が、地面を掻く。
「簡単に言う」
カルは前足で地面を叩いた。
「陽葵。
僕のおでこに、キスをしてくれ」
「なんで!?」
「君の“レベル”を一時的に借りる。
契約だ」
「すれば助かるの!?」
「ああ」
深紅の眼が近づく。
怪人の足音。
呼吸音。
鼓動。
「助ける」
カルの瞳が変わる。
青い光。
「レベル68。
聖十字騎士団第二隊
カル・ヴィー・サージュ」
空気が震える。
「僕の名のもとに、
片桐陽葵。
君の安全を保障しよう」
世界が、静止する。
陽葵の震える手が、
カルの額に触れる。
「……助けて」
小さく。
キス。
――瞬間。
空間が、砕けた。
世界が上塗りされる。
歪んでいた迷宮が、
一瞬だけ正しい幾何に戻る。
カルの身体が、
白銀の光に包まれる。
背後に、十字を貫く竜の紋章。
聖王国キッズオルナートの騎士、隊長クラスにのみ許される独自の紋章。
光の龍の咢がカルを飲み込む。
怪人たちの深紅の眼が、
わずかに揺らいだ。
――想定外。
「契約、成立」
カルの声は、もう猫の声ではなかった。
「盤上は、反転した」
怪人七名。
その中心に立つ男。
金髪に緑の眼。
積層ミスリル銀製のハーフプレートメイルが鈍く輝く。
白い蜘蛛足が、身構える。
カルは、ゆっくりと前に出る。
「第二公園。
ここを聖域と定義する」
地面に、十字が刻まれる。
聖なる結界が張られる。
「制限時間――603秒。聖十字騎士団二番隊隊長、水の騎士にて竜骨剣の使い手カル・ヴィー・サージュ、わが師浮雲平助の剣技をもって貴公らを滅する」
一拍。
「それでは……」
「推して参る」




