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003 喫茶店(意味深)

 飲食店だと聞いた。それも、個人経営の喫茶店だと。


 言い方は悪いけれど、こじんまりとしたお店を想像していた。


 賑やかしく無く、静かなBGMが流れた、長閑(のどか)な喫茶店を想像していた。


 そういうお店に憧れが無かった訳では無い。むしろ、アニメや漫画などでバイト先として良く出てくる喫茶店という場所に興味もあったし、そこで働いてみたいなと思ってもいた。


 ちょっぴり。そう、ちょっぴり楽しみでもあった。


 けれど。


ヒイラギ(・・・・)ちゃん、五番テーブルにサンドイッチセット持ってって!」


「あ、は、はい!」


 名前を呼ばれた柊はお盆に乗ったサンドイッチセットを落とさないように慎重に指示されたテーブルへと運ぶ。


「お、お待たせいたしました。こちら、サンドイッチセットになります」


 ひくっと引き攣った笑みを浮かべながら、柊はサンドイッチセットをテーブルに置く。


 そのまま引き返そうとしたその時、後ろから肩を掴まれる。


「ヒイラギちゃ~ん。お約束の言葉、忘れてるよ~?」


 にっこり笑顔を浮かべた菜月が、笑顔のまま圧をかける。


「ご、ごごご……ごゆっくり……おくつろぎくださいませ。ご、ご主人様……」


 引き攣り笑顔で柊は言う。


 心底から思う。どうしてこうなった。





 授業が終わり放課後。柊は荷物をまとめて即座に教室を後にする。


 今日は掃除当番も無い。部活にも入っていないので即座に帰ったところで誰も引き留めないし、誰も困らない。


玄関で待っていて欲しいとメッセージが飛んできたので、柊は言われた通りに玄関のベンチで待つ。


 暫く座って待っていると、菜月が駆け足にやって来る。


「おっまたせー! じゃ、早速行こっか!」


「ああ」


 靴を履き替え、菜月の少し後ろを歩く。


「え? なんでその位置?」


 少し歩いて、おかしい事に気付いた菜月が足を止めて振り返る。


「隣来なよー」


「別に道案内だからって隣並ぶ必要無いだろ」


 素っ気なく言って、しっしと先に進むように手を振る。


「えー? 良くない隣で? 一人で歩くの暇なんだけどー?」


「そうか。俺は別に嫌いじゃない」


 言って、柊は両耳にイヤホンを付ける。


 完全に一人で歩く気満々の柊に、菜月はむっと眉を寄せる。


「あっそ。好きにすれば」


 ぷっすーと不機嫌さを隠しもしないで言って、菜月は歩き出す。


 不機嫌そうだなと思いつつも柊は特に御機嫌取りはしない。菜月が歩く後ろを、黙って着いて行く。


 菜月の後ろを着いて行く事十五分程。大通りから外れて路地裏に入る。


 店の裏に従業員用の出入り口があるのだろうか。そう思いながら特に何も考えていなかった。


 それが、本当に失策だったと気付いたのは店に入ってからの事だ。


「ここ」


「ん」


 とあるお店の裏口を無造作に開ける菜月。柊は緊張しながらも、お店に入る。


「ん?」


 お店の中は右手側に個室が二つと、左手側に扉が一つだけあった。右手側の個室は二つは更衣室である事が分かる。ただ、プレートには『野郎』と『レディ』と随分と特徴的な書かれ方はしているけれど。


 左手側は業務用冷蔵庫になっているらしい。そう書いてある。


 そして、奥に厨房が見え、その奥には店内が見える。


 が、どうも様子がおかしい。別段事件や困りごとが起きている訳では無い。ただ単に、柊のイメージしていたお店よりも、賑やかなのだ。


 賑わっているお店なのだろうかと思い、少しだけ認識を改める。


「てんちょー! 面接希望の子連れてきましたー!」


「あらぁ、なっちゃん早速連れてきてくれたのぉ?」


 厨房からひょっこりと顔を出したのは、優し気な顔をした女性だった。


「あれ? 男の子なのぉ?」


「はい。でもホールに出て貰うつもりです」


「うーん? うち、男の子は皆厨房よ?」


「ええ。でもホールです」


「うーん??」


 店長と呼ばれた女性は頭に幾つもの疑問符を浮かべる。


「まあまあ! まずは面接をしてみましょう! それで全部分かりますから!」


「そお? じゃあ、面接しようかしら」


 言って、にこりと笑みを浮かべて店長が顔だけではなく全身を柊の前に表す。


「は?」


 その瞬間、柊の思考が停止した。


 店長が出て来たのは良い。けれど、問題なのはその格好だ。


 白と黒を基調としたエプロンドレス。くるぶしまで伸びたスカートの裾には可愛らしい白のフリルがふんだんに使われており、エプロンの裾にも同様にフリルがふんだんにあしらわれている。


 それは、俗に言うメイド服と言うやつだった。


「な、なぁ、霜村……」


「なーに?」


「お前、喫茶店って、言ったよな……?」


「うん言ったよ。正確には、メイド喫茶(・・・・・)だけどね」


 言って、菜月はにぃっと悪い笑みを浮かべた。その時、柊は全てを覚った。


 は、嵌められた……!!



「えー、では、面接を始めま~す」


 店長はにこにこほんわか笑顔で柊の前に座る。


「あ、はい、お願いします」


 なんて言いながらも柊は早速帰りたくて仕方が無かった。


 何せ、喫茶店とだけ聞いていたのだ。そこがまさかメイド喫茶だなんて思わないだろう。


 もう今すぐ帰りたい。間違えましたと言って帰りたい。騙されましたと言って今すぐに帰りたい。いや、言おう。言っても良いはずだ。正直に言えば帰してくれるはずだ。店長さんは優しそうな人だから、分かってくれるはずだ。


「志望動機はなんですかぁ?」


「あの、俺の後ろに居る酷い人に騙されました」


「あらぁ、災難ねぇ。週何回出られるのぉ?」


「週三くらいが良いかなと思ってました」


「最後に顔を見せてもらえるかなぁ?」


「え? はあ……」


 言われ、素直に柊は前髪をかき上げる。


「うん、採用」


 直後、店長はぐっと親指を立てて採用通告をした。


「なんで!?」


 簡単に採用通告が出て驚きを隠せない柊に、店長はにっこにこの笑みを浮かべて答える。


「だって君、可愛いものぉ。うちでも十分やっていけるわぁ」


「いや、いやいやいや! あの、聞いてました!? 俺、霜村に騙されて来たんですけど!?」


「うん、でも大丈夫よぉ」


「何がです!?」


「貴方ならうちでやっていけるからぁ」


「それはさっき聞いたんですけど!?」


「いやぁ、良かったわぁ。貴方みたいな可愛い子が入ってくれてぇ」


「いや入るって言ってませんけども! それにメイド喫茶で一人だけ男がホールやってたらおかしいでしょ!?」


「うん、でも大丈夫よぉ」


「それ二度目ですよ!? 全然大丈夫に聞こえないんですけど!?」


「君には女装してもらうから」


「は? ……はぁっ!? え、嫌ですよ!! なんで女装なんてしなくちゃいけないんですか!!」


「大丈夫よぉ。君可愛いものぉ」


「それは答えになってません! お、俺もう帰ります!!」


 身の危険を感じた柊は撤退を選択する。


「まーまー! きっと一度やると楽しいよ?」


 が、立ち上がろうとした柊の両肩を菜月が抑える。


「楽しい訳があるか!」


「えー? 約束破るのー?」


「最初に騙したのはどこのどいつだ?」


「あたし嘘は吐いてないもーん! 喫茶店ってちゃんと言ったもーん!」


「メイド喫茶とは言ってないだろうが!」


「そこは深く聞かない若麻績が悪いんでしょ?」


「ぐっ、それは……」


 確かに、そこを深く突っ込まなかったのは柊の失態だ。今思い返せば、葉奈もこの事を知っていたように思える。何せ、意味深な笑みを浮かべていたのだから。


 そう、騙されている事を考慮しなかったのは柊の失態なのだ。それに、厳密に言えば菜月は柊を騙していない。ちゃんと喫茶店と言った。メイド喫茶も喫茶店だ。間違えてはいない。


「で、でも! 俺は見てから決めるって言った! 見た結果、今回は断る!」


「まーだお店見てないでしょー? それってへんけんってやつじゃない?」


「そうだけど! いや、俺女装するのが嫌だって言ってるよな!?」


「そこはあたしが言った自主練ってところだよ。出勤前に若麻績をメイクするのが、あたしの自主練。ほら。バイトも出来て、あたしも自主練が出来て一石二鳥? うぃんうぃんの関係ってやつよ!」


「俺が何も得してないんだよ! メイクするのはお前が提示した条件だから良いけど、メイクしたまま人前に出るのは嫌だ! キッチンなら良いとして、ホールは絶対やだ!」


「わがまま言わなーい!」


「我が儘じゃないだろ!?」


 わーぎゃーと喚く柊と菜月。


 そんな柊に、店長はにこにこ笑みのまま申し訳なさそうにして言う。


「うーん、今日だけでもダメかしらぁ? 実は、急に一人欠員が出ちゃってねぇ。シフトに穴が空いてるのよぉ」


「それは、別の人に頼むとか……」


「皆用事があるとかで無理なのよぉ。今日はちょっと混んでるし、料理をテーブルに運ぶだけでもしてくれると、ありがたいのよぉ」


「いや、でも……」


「お願い! お給料ははずむからぁ!」


 このとーりと店長が頭を下げる。


「う、ぬぬぬ……」


「因みに時給がこちらになりますぅ」


「――っ!!」


 頭を下げたまま電卓をこちらに向けてくる店長。


「それで、十七時から二十一時までなのでぇ」


「ぐっ……!!」


 提示された金額に心が揺れる。


 今日働いただけで、ゲーム一本を買えるくらいの値段になる。


 ぐわんぐわんと柊の心が揺れる。


 実は近々欲しいゲームが発売になるのだ。今の手持ちでも買えない訳では無いのだけれど、そのゲームを買ってしまえば手持ちがかなり心許なくなる。


「わ、かり……ました……」


「!! 本当!?」


「はぁ……今日だけなら」


「ありがと~!!」


 感極まったのか、店長は柊の手をぶんぶんと振り回す。


「じゃあ、早速メイクをしましょうねぇ! なっちゃん、お願いねぇ!」


「はーい!」


「あ、メイド服はそこの段ボールの中に入ってるの使って良いからねぇ。それじゃあ、私はホールに戻ってるわぁ」


 軽やかな足取りで店長は部屋から出て行った。


 残されたのはにこにこと人の悪い笑みを浮かべる菜月と、諦めきった柊の二人だけだ。


「じゃ、きれいきれいしましょーねー」


「お、お手柔らかに……」


「おてやわらかにしたらあたしの練習にならないっしょ? やるからには、あたしは本気でやるから」


 柊の身体を自身に向けさせ、真剣な表情になる。


「じゃ、やってくよ」


「おう……」


 全てを諦めた柊は諦めて目を瞑った。


 これもゲームのためだ。少しくらいなら我慢しよう。


 そう自分に言い聞かせながら、柊はされるがままになった。


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