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002 霜村菜月

 突如現れた見た目が完全に陽キャな女子。彼女は親し気に柊に声をかけるけれど、柊は彼女の事など少しも知らないので、ただただ反応に困っていた。


 誰だろうと思い少女を見ているも、少女は自信満々の笑みを崩しもしないで柊の元へとやって来る。


「いやあ、クラスとか聞いてなかったから捜すのちょっちめんどくさかったよ。でも見つかって良かった」


 けらけらと笑いながら言う少女に、柊は警戒心をむき出しにした声音で訊ねる。


「いや、誰?」


「あれ? ああ、そっか。自己紹介もなんもしてなかったね、そいや。あたしは、演劇部の霜村(しもむら)菜月(なつき)。よろしく」


「ああ……」


 彼女単体ではどういう繋がりだか分からなかったけれど、演劇部と聞けば自分とどういう繋がりがあったのか分かる。


 従姉の御手洗(みたらい)葉奈(はな)が演劇部に所属しており、葉奈に一度メイクを教えて貰う時にその代わりとして一年生にメイクを教える時に顔を貸して欲しいと言われたのだ。


 その時、彼女もあの場に居たのだろう。ぼーっとしていたし、女子達に囲まれていたので居心地が悪く視線を逸らしていたからまったく覚えてはいないけれど。


 相手がどこの誰だか分かれば少し警戒心も薄れる。


「俺に何か用事?」


「あたし、もっと練習したくてさ。葉奈先輩に若麻績君に取り次いでくださいってお願いしたら、本人に頼めって怒られちゃってさ」


「そうか、断る」


「あーん。葉奈先輩の言った通り取り付く島もないー」


「俺は葉奈のお願い以外で顔を出すつもりは無い。自主練の相手は自分で見付けてくれ」


 その葉奈のお願いだって、嫌々請けているのだ。これ以上面倒事が増えるのはごめんだ。


「お願い! そこを何とか!」


「断る。他を当たれ」


 ぷいっとそっぽを向いてスマホを見ようとしたけれど、スマホは麗に没収されている事を思い出し、柊は麗の方を見る。


「おいスマホ返せ」


「ん、ああ、ダメだね。まだ休み時間終わって無いだろ? その間は私が預かろう」


「ゲームやりたいんだから返せ」


「なおさらダメだよ。ゲームよりもお喋りを楽しもうよ」


「それはお前達だけで好きなだけやってろ。俺はゲームするんだから」


「ちょーい! あたしの話まだ終わってないんだけど?」


 スマホ攻防戦を繰り広げ始めた二人の間に、わちゃわちゃと手を振って自分の存在をアピールする菜月。


「まだいたのか?」


「まだいましたー! ねー、お願いだよぉ。手伝ってよぉ……!」


 菜月は柊の両肩に手を置いてぐわんぐわんと柊の肩を振る。


 それが人にものを頼む態度かと思いながら、ちゃんと断らなかった葉奈に後で文句を言ってやろうと心中で決めていると、いつもの王子様スマイルを浮かべながら麗が菜月に訊ねる。


「その、お手伝いって何をするのかな?」


「え? そりゃあ、メイ――」


「ばっ! ストップストップ!」


 メイクの練習と馬鹿正直に答えようとした菜月の言葉を慌てて遮る。


「へぇー」


 慌てる柊を見て、菜月はにやぁっと底意地の悪い笑みを浮かべる。


 そんな菜月の顔を見て、柊は自分の失態を覚る。


「交換条件って事で一つ、お願いしたいんだけど?」


 瞬時に柊がメイクの練習台である事を言ってほしくない事を悟った菜月は、にやにやと笑みを浮かべてそう訊ねる。


「……」


 菜月の提案にどうしたものかと思案していると、麗が僅かばかり温度の下がった声音で菜月に言う。


「若麻績が聞かれたくない事なら私は聞かないよ。それと、お願い事ならもう少し真摯に頼むべきだと思うな」


 にこやかに言う麗だけれど、その目だけは笑っておらず、底冷えのするような冷たさがあった。


「う、うぅ……っ」


 麗の冷ややかなスマイルを受けて、菜月はたじろぐ。ただでさえ麗は顔が良い。そんな麗が脅し込めばそれだけで迫力があるし、何より麗は校内で知らない人が居ない程の人気者だ。そんな麗を好き好んで敵には回したく無いだろう。


「ぐっ……わ、若麻績くん……」


「なんだよ」


「バイト代払うって言ったらどうする……?」


「バイト代かぁ……」


 バイト代という言葉に柊の心が揺れる。


 確かに、お金は欲しい。そもそもバイトをしようとは思っていた。諸事情あって、柊は今従姉の家に間借りをしている。少しくらいはバイトをしてお金を渡しておきたいと思っていたのだ。


 しかし、彼女から貰えるバイト代では高が知れているだろう。お小遣い程度にはなるかもしれないけれど。


「バイトは自分で見つけるからいいや。お前の払う額だって高が知れてるだろ?」


「じゃ、じゃあ! バイト先のあっせんする! あたしと同じバイト先で良かったら紹介するから!」


「なるほど」


 バイト先の斡旋と聞けば、バイト代を払うという言葉よりも心は揺れる。


 バイト先を探す手間も省けるし、紹介するという事は色々口利きもしてくれることだろう。


 が、問題は菜月と同じバイト先になるという事だ。柊は極力他人との関わり合いを避けたいと思っている。


 不可抗力で麗と変な関係にはなってしまったし、ギャル三人は知らない間に馴れ馴れしくはなっているけれど、不用意に他人との関係を広げたくない。


 というかそもそも一人である事を柊は望んでいた。それなのに、気付けば人に囲まれている。これは柊の望むべく所では無い。


 しかし、バイト先の斡旋は魅力的ではあるのだ。手間がかからないのが良い。


「うーん……因みに職種は?」


「メ……飲食店。でも、個人経営の喫茶店だよ」


「喫茶店か」


 言って、柊は麗達四人をちらりと見る。


 見るからにこのメンツは喫茶店に来るような人間では無い。ショッピングモールのフードコートやファミレスでたむろしているような奴らだ。喫茶店なんてところには来ないだろう。


 そもそも、今時個人経営の喫茶店が人気なはずが無い。だいたいの女子高生がSNSに載せれば皆から反応を貰えるような場所に行くに違いないのだ。


「うん、良さそう。その条件なら請ける」


「ほ、本当に!?」


「ああ。ただし、あの事は誰にも言わない事。それと、バイトするかどうかはバイト先を見てから決めるからな」


「うんうん! 言わない言わない! やふーっ! 被検体ゲットだぜぇ!」


「誰が被検体だ」


「じゃあ、今日早速行こうね! 放課後予定ないでしょ? 葉奈先輩が言ってたから知ってるよ!」


「なんであいつは予定が無いって決めつけるんだ……」


 まぁ、予定なんて無いのだけれど。


「分かった。じゃあ放課後」


「うし! またね! あ、お友達追加しておかないとね!」


 スマホを差し出してくる菜月に対して、柊もスマホを取り出そうとしたけれど、麗がスマホを持っている事を思い出す。


「おい、返せ」


「……はぁ。しょうがないか」


 溜息一つ吐いた後、麗は柊にスマホを返す。


 柊は菜月と連絡先を交換した後、スマホをポケットにしまった。


「じゃね!」


 菜月は手を振って教室を後にした。


 なんだか面倒な事になったなと思いつつ、バイト先を紹介して貰えるというのは柊にとっては大きい。


 ともあれ、バイト先の確認をしてからだ。メイクされるのは嫌だけれど、その内別の人間を捕まえてそっちを被検体にする事だろう。何せ、男をメイクするよりも女をメイクした方がより実践的だろう。多少女顔の自覚はあるけれど、顔自体は女子では無い。上達したいなら女子で練習する他無いのだ。


 そういう打算もあって、柊は今回の提案を請けた。それに、バイトもシフトをずらしてしまえば良いだけだ。そうすれば菜月と必要以上に絡む事も無いだろう。週に三日働ければ良い。やりようはある。


 まぁ、何とかなるだろうと心中で結論付ける。


「若ちゃん、バイトしたかったんだ?」


 咲綾がそう訊ねれば、柊はこくりと頷く。


「ああ」


「どうして?」


「どうしてって……お前に話す義理は無いだろ」


 素っ気なく柊が返せば、咲綾は不機嫌そうに眉を寄せる。


「教えてくれたって良いじゃんかー!」


「一身上の都合。以上」


「なんだぁ! いっしんじょーのつごーって!」


「そーだそーだ。それに、被検体ってなに? なんか実験でもしてるの?」


「演劇部なのに実験? なにそれ?」


 咲綾の言葉に、璃音と朱里も便乗する。


 ぶーぶーと異議申し立てをする三人を面倒くさく思いながら、柊は席を立つ。


「どこ行くのさ!」


「トイレ」


「なら仕方ない!」


 柊の簡潔な説明に咲綾は簡単に引き下がる。


 休み時間も残り後少しだ。トイレに行った後に適当にぶらついて戻れば四人とも自分の席に戻っている頃合いだろう。


 席を離れ、ちらりとクラスメイトの様子を窺う。


 柊はこのクラスで価値のある人間では無い。誰かが注意を払う程の人間では無く、誰にとってもただのクラスメイト。それ以上でもそれ以下でもない。そう、自負している。


 けれど、彼女達はそんな柊とは正反対の存在だ。だからこそ、柊が目立たなくとも、彼女達は目立つ。自然と人の目を惹くのだ。


 そうなれば、近くに居る柊も見られてしまう。


 今だって、柊の事を見ていたクラスメイトは何人かいた。自意識過剰かもしれない。けれど、それくらいが丁度良い。もっと周りの目を気にした方が良い。


 誰にとってもただのクラスメイト。それで、柊は十分なのだ。


 彼女達だって飽きれば自分に近寄ってこなくなるだろう。麗だって、多少恩義を感じているだけで、その内忘れてくれるはずだ。


 友達とか、そういうものを暫くは遠ざけたいと、柊は麗に言っている。その言葉を、麗は聞いている。


 遠ざけている内に、彼女達も自然と遠ざかってくれるはずだ。


 その、はずなのだ。


「ま、先の事は分からないか……」


「何ぶつぶつ言ってんのあんた?」


「ほぁ!?」


 突然間近で声をかけられ、思わず変な声を上げてしまう柊。


 目の前には呆れたような顔をした葉奈が立っていた。


「なんでいんの?」


「いや、菜月が被検体ゲットって言ってたから、もしやと思って来てみた」


「あ、そうだよ。お前ちゃんと俺の方に直接言わないように言っとけよ。今回は結果的に良かったけど、面倒事は勘弁願いたいんだからさ」


「部員のプライベートにまで干渉できないわよ。ていうか、結果的に良かったって何? なんかあったの?」


「出来る限り頼むって話だよ。後、霜村にバイト先紹介して貰うんだよ。あいつと一緒の場所らしいけど」


「は? 葉奈のバイト先って……」


「喫茶店だろ? 個人経営の。なら、うちの学校の生徒も来ないだろ」


「はーん、なるほどねー」


 柊の言葉にしたり顔で頷く葉奈。


「は? 何?」


「別に? あんたが良いなら良かったわ。じゃあね」


 意味深な笑みを浮かべて、葉奈は手を振って歩いて行く。


「なんだ、あいつ……」


 葉奈の意味の分からない態度に小首を傾げながらも、柊は気にする事無くトイレへと向かった。


 この時、もっと葉奈を問い詰めておけば良かったと後で後悔をする事になるのだけれど、その時には後の祭りである事は言うまでも無い事だろう。


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