004 ヒイラギ(男)
そんなこんなで、柊は今メイドカフェのホールで給仕の仕事をしている。
ミニスカートは流石に嫌だったので、裾の長いロングスカートのメイド服を身に纏っている。
「ヒイラギちゃん! 三番テーブルにドリンクお願い!」
「は、はい!」
ドリンクの乗ったお盆を手に、こぼさないように気を付けながら指定されたテーブルに運ぶ。
因みに、ヒイラギちゃんとは柊の事である。柊だからヒイラギ。簡単な名付けである。
慣れない調子であくせく働く柊を見て、客はでれっと鼻の下を伸ばす。
自主練がしたいと言った菜月ではあるけれど、その腕は決して悪い訳では無く、柊を少女に見せるくらいは朝飯前である。けれど、メイクの仕方が一辺倒ではある。メイクによって人の見せ方は異なる。その見せ方のバリエーションを増やしたいからこそ、柊に自主練を頼んだのだ。
ともあれ、極自然に女の子のように見せるメイクは出来ている。けれど、客やスタッフを含めてヒイラギが男である事を全員が理解している。
その理由はネームプレートにある。
『ヒイラギ|(男)』
柊のネームプレートにはそう書かれている。
一応、客を騙す事はしたくは無いらしく、男であると明記させてもらうと店長は言っていた。騙すのは柊も気が引けるし、何より男にデレデレして欲しい訳では無い柊はそれを了承した。
結果、柊のネームプレートには男と明記されているのだけれど、客は柊を見てデレデレとしている。特に、女性客は柊を見てデレデレしている。
「ね、ねぇヒイラギちゃん!」
「あ、はい、なんでしょう?」
にこっと不器用な笑みを浮かべて柊は声をかけてきた女性客に答える。
「ひ、ヒイラギちゃんは本当に男の子なの?」
「ええ、はい……」
柊が頷けば、女性客は連れの女性と一緒にきゃあきゃあと喜びの声を上げる。
「り、リアル男の娘! 可愛い! 推せる!」
「ね、ねぇ! 何曜日に入ってるの!? 合わせて来るから教えて!!」
「え、い、いや、あの……」
ぐいぐいと押し気味に来る女性客二人にたじたじしていると、柊を庇うように菜月がすっと前に立つ。
「あーごめんなさーい。この子、とりあえず今日限定なんですよねー」
「えー! そうなの?」
「なんで? ずっと働けば良いじゃない!」
「あたしも言ってるんですけどねぇ。まぁ、もしかしたら働く事になるかもしれないんで、その時はヒイラギちゃんをよろしくお願いしますねー?」
「うん、するする! よろしくしちゃう!」
「あ、じゃあチェキお願い! 会えなくなるかもしれないなら一緒に撮っておきたい!」
「かしこまりましたー! さ、ヒイラギちゃん。ご主人様達と撮るから、あっちにごーごー!」
「は、え!?」
急に写真を撮る事になり困惑する柊を差し置いて、女性客二人と菜月は乗り気で撮影場所へと柊を連れて行く。
「はい笑って笑って! ちょっとヒイラギちゃん笑顔堅いんじゃなーい?」
女性客に両サイドを挟まれながら、柊は訳も分からずにへらっと下手糞な笑みを浮かべる。
下手糞な笑みながらも、一枚写真を撮る。
出来た写真を見て、女性客二人は何故か悶える。
「か、わいい……!! この慣れてない様子……たまらない……!!」
「引き攣った笑みに恥じらいがあってとても最高です。ピースサインが控えめかつ指先が自信なさげに折れているところなどなお良しです。控えめに言って最高ですリピーターになります」
片方は悶え、片方は急に丁寧な口調で解説を始める。
「え、え?」
独特の雰囲気に着いて行けずに、柊は困惑するばかりである。
すっと解説口調の女性客が指を一本立てる。
「もう一枚」
「まいどありー!」
「は!?」
「さぁさ! ヒイラギちゃんも並んで並んでー!」
そそくさと撮影場所から逃げた柊は菜月によって無慈悲にも連れ戻される。
こうして、もう一度チェキを撮らされる柊。
今度はピースサインではなく、二人と一緒に手でハートマークを作ってくれと言われ、滅茶苦茶赤面をしながらハートマークを作る柊。
「良き。良き良き」
「推せる……滅茶苦茶推せる……」
女性客二人はチェキを大事そうに鞄に仕舞う。
席に戻った二人を見て、柊はようやく終わったと胸を撫で下ろす。
「あ、ヒイラギちゃん!」
「は、はい!」
しかし、安堵も束の間。別の席の客から声をかけられる。
「こっちもチェキお願いします」
その一言で、柊の地獄が長引いた事は言うまでも無いだろう。
あれから、結局何枚もチェキを撮らされた。
今日が最後なら記念にと、何人も撮った。その度に柊の笑顔は引き攣ってしまった。
疲れ果てた顔をする柊を見て、菜月や店長は苦笑する。
「お疲れ様ぁ。はい、今日のお給料でーす」
封筒に入れられたお給料を受け取る。
「ねぇ、本当に続けるつもりはなぁい? キッチンでも良いんだけどもぉ」
「欠員出たら今日みたいにホールに駆り出されるんですよね?」
「もちもち! ヒイラギちゃん可愛いものぉ!」
「お断りします」
「ひぃーん! どうしてぇ?」
「言わなきゃ分かんないですか、逆に!?」
あれだけ嫌がっていたのを無理くり頼み込んでいたというのに、もうそれを忘れてしまったのだろうか?
「えー! じゃああたしの自主練も無しってことぉ!?」
「葉奈に頼まれたら演劇部には顔出す。そん時で良いだろ」
「それじゃあ他の子とローテになるでしょ! あたしは定期的に心行くまで練習したいの!」
「じゃあ代わりを見付けろ。俺じゃ無きゃいけない理由も無いだろ」
「だって皆メイク嫌がるんだもーん!」
「俺だって嫌がってるだろうが! とにかく、もうこの話は終わりだ! 以上解散! お疲れさまでしたー!」
これ以上何か言われる前に柊はお店を出て走り出す。
「あー! この裏切者ー!」
「気が向いたらまた来てねぇ!」
背後から菜月の怒った声と、店長ののんびりとした声が聞こえてきたけれど、特に何を言うでもなく柊は走る。
暫く走った後、柊は速度を緩めて歩きに切り替える。
「はぁ……酷い目にあった……」
誰にも言えない秘密が増えてしまった気分だ。が、ゲームを買うためのお金が増えたので良しとしよう。
あの時はメイクをしていたし、普段は前髪で目元は隠している。それに、同級生も学校の関係者も来ていなかった……はずだ。少なくとも、柊が認知している人間は来なかった。柊がメイド喫茶で働いていたなんて噂にはならないだろう。そもそも、噂になるほど有名でも無いけれど。
後は、葉奈と菜月に口止めをするだけだ。
家に帰ると、柊は荷物を置いて直ぐに葉奈のところへと向かった。
葉奈はリビングでソファに座ってくつろいでおり、柊を見るとにやっと人の悪い笑みを浮かべる。
「おかえり。可愛いじゃん」
言って、葉奈はスマホの画面を柊に見せてくる。葉奈のスマホの画面には、メイド服を着た柊が恥ずかし気にピースサインをする姿が映し出されていた。
何故その写真を持ってる。と言うかいつの間に撮ってたんだ。絶対菜月が犯人だろ。
脳内で色々言いたい事や文句が浮かび上がって来るけれど、それをぐっとこらえる。言ったところで葉奈が聞くわけも無ければ、謝る訳でも無い。
「絶対に誰にも言うなよ……」
「うん。分かってるって」
柊が釘を差せば、葉奈はにへらっと本当に分かっているのか不安になる適当な笑みを浮かべる。
約束を破ったら破ったで、もうメイクの練習に付き合わなければ良いだけだ。
そう思い、それ以上葉奈に何かを言う事はしなかった。
疲れ果てて何もやる気の起きない柊はそのまま葉奈の隣に座ってぼーっとテレビを眺める。
「盛況だったらしいじゃん」
「知らん。忙しくはあったけど。ていうか、演劇部員に俺を巻き込まないようにちゃんと言っておいてくれよ。今日みたいに教室にまで来られたら面倒なんだけど」
「うん。それは言っておくよ。柊は、目立ちたくないんだもんね?」
「……分かってんなら最初からそう言っておいてくれよ」
「ごめんって。まさか一年がそんなに積極的だと思わなくてさ。あ、いや、葉奈は別か」
「どっちだって良いって。頼むよ本当に……」
溜息を吐きつつそう言えば、葉奈は柊の顔を覗き込んでくる。
「まだ、ダメなの?」
「……そんな簡単に平気だなんて言えるかよ」
「……そだね」
葉奈は柊の事情を全て知っている。葉奈だけではなく、葉奈の母親であり柊にとって叔母である御手洗紗月も、柊の事情は知っている。だからこそ、柊をこの家に住まわせてくれているのだ。
「でも、王子様助けたんでしょ?」
「なんでそれ知って……いや、言わなくて良い。叔母さんだろ、どうせ」
「うん。嬉しそーに話してたよ」
「言うなって言ったのに……」
柊にとって、麗に手を貸した事を知られるのは好ましい事では無い。
人との関りを断ちたい。そう思ってこの街に引っ越してきた。それは、二人にも説明をしていた。にもかかわらず、柊は麗を助けた。麗と積極的に関わろうとしたのだ。
それでは示しがつかない。自分にも、彼女にも。
「言い訳に聞こえるかもしれないけど、関わろうと思って関わった訳じゃない。ただ、成り行きで……」
「別にあたしに言い訳しなくて良いよ。柊がやりたいようにやれば良いと思うし、柊がやりやすいようにやれば良いとも思ってるからさ」
言って、葉奈はソファから立ち上がる。
「ま、好きなようにやれば良いんじゃない? 人との関りを断つのも良いし、一からやり直すのも良いと思うよ。せっかくの高校生活なんだから、柊のやりたいようにやりな。あたしは柊の味方だからさ」
それだけ言って、葉奈はリビングを出て行った。
「はぁ……」
大きく溜息を吐いて、柊はソファに寝っ転がる。
「好きなように、か……」
好きなように、やりたいようにやった結果、柊は失敗をした。大きな、とても大きな失敗だ。とても取り返せない、今まで生きてきた中での最大の失敗。
あの日の事を思い出すと、身体から血の気が引くような感覚に襲われる。
麗を助けたのは、中途半端が嫌だったからだ。それと、少しだけ期待したんだ。
麗を助けたのは、麗のためじゃない。自分のためだ。
「はぁ……ごみくそ野郎……」
小さく自分を罵倒する。
もやもやの残る心中のまま、柊は重たい目蓋を閉じた。




