017 ドキドキ!家庭訪問!
風邪ひいたり引っ越しだったりで更新遅れました。すんません。
暫くゲームセンターのベンチで休んだ後、麗はゆっくりと立ち上がった。
「もう、帰るよ」
言われ、時計を見やればもう良い時間だ。
「そうだな。それ、大丈夫そうか?」
「ああ。今度は上手く隠す」
「ベッドの下は止めておけよ。あそこはある意味定番だから」
「そうなのか? まぁ、君が言うなら、そうなんだろうな」
麗はマンガやアニメを見ない。なので、男子がベッドの下にお宝本を隠すという伝統を知らないのだ。まぁ、今時はネットで済ませられるので、実物を持っている方が珍しいけれど。
「じゃあ、帰るか」
「ああ」
二人はゲームセンターを出る。
麗はいくらか晴れやかな顔をしているけれど、根本的な問題は何一つとして解決してはいない。
このままぬいぐるみ二つを隠し持つだけならば、今までとやっていることは変わらない。親にばれた上で隠し持ってはいるけれど、それだってささやかな抵抗に過ぎない。
この問題を解決するには、親にそういう事の許しを得る必要がある。
そもそも可愛い物を買う事に許しが必要なのかどうかは疑問ではあるけれど、それは家庭の方針なので何とも言えない。
そう。これは、家庭の問題なのだ。
家庭それぞれに独特の決まり事というものは勿論ある。その家庭ではそれが正しい事であり、当たり前という事なのだ。
そこはよそ様が口を挟む事では無いし、介入して良い場所ではない。
だから、柊が出来るのはここまでなのだ。
こうして、麗のささやかな抵抗に手を貸すくらいしか出来ない。
根本的な解決は麗がするしかないのだ。
隣を歩く麗を盗み見る。
少し前の、こうして関わり合う前の麗であれば、そんな問題も大丈夫だと判断していただろう。完全無欠の王子様に不可能の三文字は無いのだから。
しかし、こうして関わってみて分かった。
麗は人より多く物をこなせるだけのただの少女なのだ。
今は、麗の横顔に頼もしさを覚えない。これからどうなるのかが分からないから、見ていて不安になる。
麗を盗み見ていると、麗の方も柊を見た。が、直ぐに恥ずかしそうに目を逸らす。
「あ、あまり見ないでくれ。目元とか、腫れてるだろうし……」
「あ、わ、悪い……」
言われ、慌てて目を逸らす。
確かに、女子の顔を盗み見るのは不躾だった。それも、泣きはらした後の顔なんて、見られたくないだろう。
恥ずかしさからか、麗は少しだけ視線を彷徨わせた後、こほんと小さく咳払いをしてから柊に言う。
「一つ、お願いがあるのだけど……」
「お願い?」
「ああ」
至極言いづらそうに、けれど、はっきりと麗は言う。
「家まで来て欲しい」
「…………それはまた、どうしてだ?」
麗の言葉を飲み込むのに数秒かかりながらも、柊はどうにか麗の言葉を飲み込んで尋ねる。
麗の言葉にはあまりにも脈絡が無い。突然、友人でもなければ、恋人でもない柊を誘うのはおかしな話だ。
「その、君がいくらこういうことをしてくれても、根本的な解決にはならないだろう? それに、君にばかり負担をかけてしまう。だから、父さんを説得しようと思うんだ」
どうやら、麗も根本的な解決にならない事には気付いていたらしい。
しかし、父親の説得と柊の佐倉家への訪問になんの関係があると言うのだろうか? 柊には今以上の事は出来そうに無いというのに。
「俺が行ったら話がややこしくなりそうな気がするんだが……。それに、俺はこれ以上の事は出来ないぞ?」
「君は何もしなくて良い。ただ、隣にいてくれるだけで良いんだ」
「いや、なら俺必要無いだろ。いやだよ、よそ様の家族会議に俺が巻き込まれるの」
「お願いだ! 恥ずかしい話、一人じゃ怖いんだ! 言いたい事も言えないで挫けそうになってしまう! 私は君に何度も勇気を貰ってる! だから、頼む! ただ隣に居てくれるだけで良いんだ!」
「えぇ……」
麗は必死だから気付いていないけれど、隣にいるだけというのがある意味で一番ハードルが高いように思う。
説得をしてくれ。今までの経緯を説明してくれ。そんな風に、手助けを頼まれた方がまだ気が楽だ。
けれど、柊の役目はただ隣にいるだけ。両親からしたら、こいつはなんのために来たんだって感じになる。柊だったら絶対になる。
「いや、無理だろ。家族会議の中でただただ空気でいてくれって事だろ? 気まず過ぎて無理だわ」
「……最後まで巻き込めって言ったのは君だと私は記憶してるが?」
「うっ……」
確かに言った。巻き込むなら最後まで巻き込めと、格好つけて言ってしまった。
言い出しっぺは柊だ。それに、助けてという麗の声だって聴いてしまっている。
「はぁ……分かった、分かったよ! 行くよ行けばいいんだろ! 空気に徹してやるよこんちくしょう!」
あんなこと言うんじゃ無かったと後悔しながら、柊は自棄になって言い放つ。
「ありがとう!」
しかし、対照的に麗は嬉しそうに笑う。
こうして、いきなり家庭訪問|(空気)が決まってしまった。
そのまま、麗に案内されるまま柊は着いて行く。
自棄になってはみたものの、緊張が無くなる訳ではなく、むしろ佐倉家に近付くにつれて緊張も大きくなっていく。
「ここが私の家だ」
どうにか中止してくれないかと思っている間に、無慈悲にも佐倉家に到着してしまう。
「大きい家だな……」
「父さんは家は広い方が良いって」
「あ、そう……」
麗の家は他の一般住宅よりも大きく、それでいて立派だった。
三階建ての上に庭が広く、均された地面にはバスケットゴールが一つ置かれており、一対一くらいなら出来そうな程のスペースがある。
その反対側には芝生が敷かれ、色とりどりの花々が咲いていた。
こりゃ、王子様ってのも納得だわ。
本当なら家が立派なだけであれば、令嬢とかお坊ちゃんと呼ばれるのだろうけれど、麗の見た目的には王子様がしっくり来たのだろう。
「なあ、因みに御両親には話は通してあるのか?」
道中スマホを弄っていないから取ってはいないと思うけれど、それでも訊ねてみた。
「とってない。だから、多分びっくりすると思う。私、男子を家に入れた事無いから」
「へぇ……そいつは光栄で……」
もうどうにでもなれ。そんな心境で、麗の後に続く。
麗は慣れた調子で玄関の扉を開けると、背後にいる柊に入ってと促す。
ここからダッシュで逃げてもどうせ捕まるんだろうなと詮無い事を考えながらも、柊は促されるままに佐倉家にお邪魔する。
「お、お邪魔します……」
「ただいま」
柊の声を掻き消すくらいの大きさで、麗は言う。
おそらく、麗も緊張しているのだろう。普段の麗であればこんな事はしないだろう。
「お帰りなさい。あら、そちらの方は?」
リビングと思しき扉から麗の母親と思しき女性が現れる。
麗に似て凛々しい顔立ちをしており、歳を感じさせない若々しい見た目をしている。
この親にしてこの子在りか。なんてくだらない事を思って現実逃避をする。
「友達。母さん、父さんもいるよね?」
「ええ、今日は非番だから……何かあったの?」
「話しがあるの。母さんも一緒に聞いて欲しい」
「……分かったわ」
少し考える仕草を見せた後、麗の母親は一つ頷いた。
ふぅと一つ息を吐いてから、麗は柊に言う。
「それじゃあ上がって」
「俺もう帰りたいんだけど……」
「ごめん。上がって」
「謝れば良いってもんじゃないってすっごく思うわ……」
ぶちぶち言いながらも柊は観念して上がる。何せ、扉の方を麗がガードしているのだ。上がるしか道が無い。
ふかふかと柔らかいスリッパを履き、麗に促されるままリビングへと入る。
「お帰り、麗」
「ただいま、父さん」
リビングに入れば、麗の父親が麗に温かく言葉をかける。
が、その視線は直ぐに柊に向けられ、先程までの温かみのある目がすっと警戒するように細められる。
例に漏れず麗の父親も整った顔立ちをしており、麗ってサラブレッドだったのねと現実逃避気味に思考を明後日の方へ飛ばす。
一応、ぺこりとお辞儀をしてお邪魔しますと言う。
「彼は?」
「友達」
「友達を呼ぶには、ちょっと遅い時間なんじゃないか?」
仰る通りです。それと、友達では無いです。
そう言いたかったけれど、そんな事を言える空気では無かったので口を噤む。
見えないけれど、もうすでに麗と麗の父親の間で火花が散っているのだ。
美形が怒っているとそれだけで恐ろしい。
「父さんと母さんに話があるの」
「それは母さんから聞いたよ。それに彼も関係あるのかい?」
「ある。私が荷物を預けていた相手だから」
麗がそう言うと、麗の父親の眉がぴくりと動く。
「父さん、相手が男の子だって事は聞いてなかったな……」
明らかに怒気を孕んだ声。
しかし、怒っているのは柊も同じだ。
「お、お前、洗いざらい吐いたんじゃなかったのか!?」
小声で麗を問い詰めれば、麗は申し訳なさそうな顔をして柊を見る。
「ごめん、流石に男子だって言いづらくて……」
「そのせいで俺はここに居づらいんだけど!?」
「ごめん」
「謝れば良いって訳じゃないんだが!?」
二人で小さくわーぎゃーやっていると、おほんとわざとらしい咳払いが聞こえてくる。咳払いの主は、もちろん麗の父親だ。
「まぁ良い。とりあえず座りなさい」
「うん」
ローテーブルの前に座っていた麗の父親の前に麗が座る。
麗の父親の横にお茶を用意した麗の母親が座る。
空いているところは麗の隣だけ。
気は進まないけれど、柊は麗の隣に座ろうとした。
「……」
が、麗の父親から物凄い圧を感じる。
何も言わない。何も言わないのだけれど、目だけは訴えている。
お前、麗の隣に座ろうと言うのか? えぇ?
背後に般若を幻視しながら、柊は麗の斜め後ろに座ろうと少し下がる。
が、その腕を麗が掴む。
「隣にいてって言ったよね?」
乞うように、怒ったように、麗は言う。
その姿を見て、麗の父親から更に圧が増す。
無理無理無理無理無理無理無理無理無理――!!
心の中で延々と弱音を吐きながらも、柊は諦めて麗の隣に座る。
柊は麗の味方であって麗の両親の味方という訳では無い。今日は、麗に味方をしなければいけないのだ。
座り方は正座一択。
猫背になってなるべく存在を小さくする。
「それで、話しってなんだい?」
平静を装いつつも、その怒気は確実に柊に向けている麗の父親が切り出す。
麗は一つ息を吐いてから、確かな声音ではっきりと言い放った。
「私が可愛い服を着たり、ぬいぐるみを買う事を許してください」




