7. 回想
「ハンガーに着いたよー。ふう堪能した」
『了解。天使ボディーに戻すわね』
再びのブラックアウト。
アタラ大佐が首を司令コンソールから持ち上げたところで意識が戻った。
うわっ、首無し天使が目の前にふよふよ浮かんでいる。ホラーかよ。
大佐が滑らかな動作で首と胴体をドッキングさせる。
首筋に触れてみると、見事にくっついている。継ぎ目も感じられない。スゲー。
「おかえり、フラッシュ。ここに残る決断をしてくれたことに感謝する」
キンジがいつになくマジメな口調だ。マジメなオオサンショウウオ。ぷくく。
「いいってことよ」
「もう二度と第七次元に戻れない。本当に未練は無い?」
「ああ、今さら戻っても……。もう飛べないしな。未練など無いさ」
僕は数時間前には、ここではなく他の場所にいた。
そして、CE2160年8月6日の18時に心理的時間延伸刑が執行された。
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発端は、アジャイルクラフトレース、シリーズ第三戦だった。
コースマーシャルとしてサテライトステーション13番に詰めていた僕は、不審な小型宇宙機を発見。
すぐに、不審機に向けてインタロゲータで問いかけると、トランスポンダが答えた。民間機だ。
「アジャイルクラフトレースエリアに接近中の民間機に告ぐ。ここは立入禁止エリアだ。針路を変更せよ」
オープン回線で警告する。
『こちら、ジラート家所有のプレジャーボート。レース見学だ』
「許可なき立入は禁止されている。速やかに転針せよ」
『ジラート家だと言っている。理解できないのか?』
「例外は認められない。必要なら許可を取れ」
通信をしている間にもコースに近づいてくる。速い。アジャイルクラフトと同じ異星種族の技術を使った宇宙機だろうか。
『おい、俺の親父、マクミリアン・ジラートを知らないのか。世界連邦議会の議員だぞ』
「議員だろうが例外は無い。誘導波に従って針路を変更せよ」
『レースを見るだけって言ってるだろ。お前、俺に逆らうと首が飛ぶぞ?』
だめだ。言葉が通じない。アジャイルクラフトの最高速度を知らないのか?
余裕で秒速三十キロメートルを超えるんだぞ。レールガンの弾体並みの速度だ。
『……ねえねえ、大丈夫なの?』
不安そうな若い女の声。
『平気さ、ハニーバニー』
のん気なやつ、砲弾が飛んできているんだぞ。
「おい! まもなくアジャイルクラフトが接近する。誘導波に従い退避しろ。退避だ! 本部、こちらサテライト13。レース中断! 中断!」
宇宙機が完全にコース内に入った。レースを中断するしかない。
『サテライト13、こちら本部。どうした? 中断の理由は?』
「小型宇宙機がコースに侵入。警告を無視。アジャイルクラフトと衝突の可能性あり! レース中断! 中断!」
『本部了解。レッドフラッグ! レッドフラッグ!』
各サテライトステーションからレッドフラッグ信号が最大出力で放射される。併せて強力なフラッシュライト群が高速で点滅する。宇宙で赤い旗を振っても目立たないから当然だ。
レーダーには二つの機影。トップを独走するアジャイルクラフトと民間宇宙機。
アジャイルクラフトはレッドフラッグを受け、急速に減速しているが間に合うのか?
レーダーの光点が三つになった。一つは点滅している。アジャイルクラフトのドライバーが脱出したようだ。
さあ、どうなる?
手を握り締めてレーダーを見つめ続けていると、刹那、宇宙に閃光が走った。
そのレースの直後、僕は『宇宙空間における安全に関する法律』に違反した罪状で勾留され起訴された。
第一回公判で、爆散した小型宇宙機から見つかったブラックボックスの内容が開示された。
『……ねえねえ、大丈夫なの?』
『平気さ、ハニーバニー』
事故発生時近辺に残された音声はこれだけだった。
僕の供述と食い違っている。
「五回警告を発しました。これはその後の会話です。オープン回線で警告したので他にも傍受していた宇宙機があるはずです」
「被告人は許可なく発言をしないように」
問答無用だった。
その日の夜、仕立てのいい服を着た恰幅のよい中年と、細身の地味な男の二人が接見に現れた。
「フラッシュ君、私はマクミリアン・ジラート世界連邦議会議員だ」
中年男が頭を下げる。こいつが立入禁止区域に入ってきた男の父親か。となると地味男はSPかな。
「息子さんのこと、お悔やみ申し上げます」
常識的な対応をする。
「防諜措置を頼む」
マクミリアンさんが、地味男に指示をする。
「どうぞ」
地味男は小型端末を操作して答える。やっぱりSPか。
「フラッシュ君、正直に話す。あの事故は馬鹿息子を御しきれなかった私の責任だ」
「ブラックボックスの内容が一部消えていたのはなぜですか?」
「すまない……。私が指示して消させた。同乗していた女性が問題なのだ」
「あの不安そうにしていた女性?」
「彼女は世界連邦議会議員のご息女だ。その議員は君の家族を奪った『トカチ・F・Dの惨劇』の黒幕だ。これはここだけの話にしてくれ」
トカチ・F・Dの惨劇……。
僕の故郷であるトカチ・F・Dが核テロの被害にあった。
概算十メガトンの3F爆弾が爆発し、僕の家の農場は家族ごとクレーターと化した。
数キロトンの粗製核爆弾ならいざしらず、核分裂、核融合、核分裂の三段階で爆発する3F爆弾などテロリストが作れるはずはないのだ。
世界連邦樹立に反対していた某国が、テロリストに横流しをしたのだという信憑性の高い噂が広まった。
のちにこのテロはトカチ・F・Dの惨劇と呼ばれた。
「その議員、ミハイル・ポポフは、今では異星種族排斥派の旗頭だ。私の息子の不始末で、愛娘を亡くしたとあれば、異星技術の危険性を声高に非難して、私と私の派閥を追い落とし主流派になるだろう」
「そうなったら?」
「奴は異星種族を追い出して鎖国政策を取るだろう。異星種族由来の技術を全て放棄して」
アジャイルクラフトが無くなる? それは許せない!
「僕にどうしろと?」
「申し訳ない。罪を被ってほしい」
また、頭を下げた。いや床に膝をついての土下座だ。
「……」
「罪を認めて反省を示せば執行猶予判決を確約できる。その後の生活の保障も約束する」
「執行猶予でも前科はつきますよね? 宇宙安全法違反の前科を持つ者は、宇宙に上がれない……」
「遺憾だがそのとおりだ。勝手ながら君の過去を調べた。連邦航宙士学校を首席で卒業。大手航宙企業からのスカウトを辞退して、レーシングカレッジに入学。現在は、レースのドライバーを目指している……」
「そのとおりです」
「夢を諦めてくれないか……」
「アジャイルクラフトは、たった一つだけ残された僕の夢です。捨てられる訳がない」
「そうか……。そうだろうな」
「罪は被ります。執行猶予はいらない。でも一つだけ約束をしてくれますか?」
「私にできることなら何でもしよう」
「ミハイル・ポポフの罪を暴いてください」
「元よりそのつもりだ。約束しよう。奴は絶対に逃がさない」
それから半年後の判決公判で下されたのは有罪。
罪状は認めたが反省が見られないとして実刑判決となった。
『心理的時間延伸』を一か月。三年間の自由刑に相当する。
心理的時間延伸刑は、異星種族から導入された刑罰だ。地球人の生理的機能に合わせて調整され、安全は保証されている。
受刑者からは「退屈刑」だの「煉獄刑」だのと呼ばれて、すこぶる評判が悪い。
管理者側としては楽ができて助かるだろうな。指定期間、主観延伸チャンバーに放り込んでおけば済む。経費も大幅に節減できるだろう。
時間延伸刑はどうでもいい。実時間で一か月耐えれば済む話だ。
だが、『宇宙空間における安全に関する法律』で有罪判決を受けた者は、二度と宇宙には上がれない。
もう、アジャイルクラフトに乗れないということだ。
拘置所に何度も接見に来てくれた、レーシングカレッジのインストラクターには申し訳ない気持ちで一杯だ。
僕の才能を認め「GOATを目指せ」と言ってくれた人だ。
彼は、僕をコースマーシャルに推薦してくれて、働きながら学べるように取り計らってくれた恩人でもある。
身寄りの無い僕に対して、陰に日向に助力してくれた。身元保証人にすらなってくれた。
僕が天涯孤独になったのは、学生時代に起きたテロで僕の家族が消滅したからだ。一族で経営していた農場ごと核の炎で焼き尽くされたのだ。
僕には夢があった。
異星種族とのファーストコンタクトによってもたらされた新しい航宙技術、それを利用したアジャイルクラフトレースのドライバーになることだ。
厳しい訓練と宇宙で生き抜く覚悟を求められる危険な職業だ。
僕は、全寮制の連邦航宙士学校の門を叩き、厳しい奨学生入試を突破して入学した。
航宙士学校でめきめき頭角を現し、優れた反射神経と判断力から、将来は大型航宙船の操舵士に採用されるのは確実と目されていた。
そのころは、アジャイルクラフトドライバーになる夢を隠して、ひたすら学業と訓練に専念していた。
大型航宙船の乗員は、ほんの一握りの選ばれた存在だけがなれる職業で、宇宙で働く者にとって憧憬と尊敬の対象だった。
一方、大衆娯楽で賭けの対象にもなるアジャイルクラフトレースのドライバーは、ある意味底辺職だ。
レールガンの弾体並みの速度で宇宙をかっ飛ぶ、命知らずのサイコ野郎だとも言われていた。
でも僕は、極度に自動化された快適な大型航宙船よりも、荒々しい駿馬のようなアジャイルクラフトに惹かれた。
絶対に止められると思い、教師や友達には内緒にした。
ある日の耐G訓練中、今までに聞いたことのない不穏な警報音が鳴り響き、訓練は即時中止。全員が地下シェルターに避難させられた。
僕の故郷であるトカチ・F・Dが核テロの被害にあったという。
僕の実家である農場は、巨大な核の炎に飲み込まれたと聞き、その場でくずおれてしまった。
突然家族を失った僕は、それでも夢を捨てきれず、アルバイトをしながら何とか連邦航宙士学校を卒業した。
そして、大手航宙企業からのスカウトを蹴って、晴れてレーシングカレッジに入学した。
憧れのアジャイルクラフトでの訓練と、生活のためのコースマーシャルの仕事。
どちらも充実していた。
半年後に予定されているアジャイルクラフトレースの新人戦を控えて、人生で一番充実した時間だったかもしれない……。




