3. キンジ、キレる
『これがあたしの本体よ』
キンジが何か言っているが、僕はそれどころではない。
「オオサンショウウオ……」
僕の戸籍がある日本自治区では、特別天然記念物として保護されている。
世界連邦の樹立によって、今後、追随する自治区が増えるかもしれない。
陶芸家、書家、美食家として名高いかの北大路魯山人に「名実ともに珍味に価する」と言わしめた生き物だ。
この話を聞いたときから「いつか機会があれば……」と狙っていた。
そんな幻の食材が今僕の目の前に!
『今、よからぬことを考えたでしょ……』
キンジ、鋭い!
「カンガエテナイヨー。ホウリツ、マモラナキャ」
『何でカタコトなのよ……。まったく』
水槽に両手(両前足?)をかけ、こちらを見つめる間抜け面に気が抜ける。
『ほれ、聞きたいことがあるんでしょ?』
「ああ、ああ。どんな……」
味がするのかと聞いて、自分で答える者がいるだろうか? いやいない。
ならば、今最初に聞くべきことは……。
「ねーねー、なんで僕、キューピッドの姿してるの?」
『うーん、弓矢持ってないから天使じゃないの? 知らんけど』
「へー、そんな見分け方があるんだ……。いや、そうじゃなくて!」
『こっちの世界じゃその姿が神の幼体とされてるの。そう信じられてる』
「こんな可愛い子どもが髭もじゃのイカつい神様になるのかー」
『迷信よ迷信。神はこの世界にはいないわ。いるとしたら別の次元。たぶん十一次元より上』
「あのさー、さっきから次元とか言ってるけど、こっちじゃ十一次元説が有力よ? 認識できる四次元時空と、見えないコンパクト化された次元ってやつ」
『あなたの世界だとそれが通用するんでしょ。実際そうかもしれないし。あたしたちが使う次元という言葉とはまるで意味が違うわ』
「どういうこと?」
『ここ第八次元は……そうね、あなたたちが言うところのループ量子宇宙的な構造をしてるわね。そういう意味でなら、四次元時空の世界と言っていいかも。でも問題はそこじゃない』
「というと」
『簡単に言うと宇宙はたくさんあるの! 以上』
「へえ、そうなんだ。全く分からん」
『それでその天使の姿だけど、神の幼体を模してあたしが作ったものなの』
「オオサンショウウオって器用なんだね」
『違うっつーの。似てるだけだっつーの』
「何その話し方。前々世紀のギャル?」
『あなたの記憶から作ったLLMを通して翻訳してるのを忘れないでね。バーカバーカ』
水槽から体を乗りだしオオサンショウウオが僕を煽る。
「もうやめよう……。話が進まない」
『そうね……』
「それで天使、あー、壬皇だっけか。なぜその中に僕がいるの?」
『それねー。壬皇は戦略遊星エヴェラントを統率するために作った人工知性なの。でも今通っている場所がねー』
「それでそれで?」
『第七次元、あなたの世界ね。そこからの干渉がひどいエリアなのよ』
「ふむふむ」
『壬皇は思索の間の鉄壁の次元障壁で守られているけど、ひょいと概念や想念だけが飛び越えてくるの。量子トンネル効果みたいな?』
「僕もそうやって飛び越えて壬皇に入った?」
『初めてよ、こんなこと。今までは「ウナギは蒲焼が一番だ!」とか突然叫ぶ程度だったのに……』
「何だよそれ。こえーな」
『ただの想念が飛び越えてくることはあっても、意識が丸ごと転移してくるなんて……』
「もともと壬皇に入っていた人工知性さんは?」
『びっくりして逃げだしてきたわよ。今は隅っこで震えてる』
「あー、ごめんって謝っといて」
『涙目で睨んでるわよ』
「なぜ壬皇に入っているのかは分かった。いや本当に分かったのかな、どうだろ?」
『ねえ、人工知性さんの気持ちは?』
「知らん」
『無責任なやつ……』
「それよりもさー、他にもいろいろ聞きたいんだけど」
『この自己中め! もう面倒だから全部情報を叩き込むわよ。あとは自分で整理しなさいな!』
「うわあああ!」
LLMの構築を強制されたとき以上の、怒涛の知識の大波に僕は晒されるのであった。




