29. 自然保護区 2
「ここでの移動はバイオスフィア・ビークルになるわ」
「ふーん、ちょっと散策してみたい気もするけど……」
「このコテージの周囲は不可視の気密フィールドで隔離されてるの。出ようとすると警告を受けるわよ」
「無理やり出ようとしたら?」
「うーん、除去されるんじゃないかしら……」
「怖っ!」
「それは最終手段だから、普通に警告に従えば大丈夫よ」
徹底してるんだな、自然保護区……。
「あ、来た来た」
アタラちゃんが指さす方を見ると、直径二メートルくらいの白い球体が地面スレスレを滑るようにこちらに向かってくる。
「あれがバイオスフィア・ビークル?」
「そうよ。自然保護区ではこれで移動するのが一般的ね」
音もなく目の前で止まった球体を眺める。継ぎ目一つ無いツルツルした表面の白い球だ。
「どっから入るの?」
「表面に触れてみて」
「あれれ?」
指先でちょんちょんと触ると表面は柔らかかった。少し力を入れると指先が沈み込む。ゼリーみたいだ。
「ふふ、おもしろいでしょ」
アタラちゃんを見ると、白い球体に片腕を突っ込んでいる。
「このまま入れるとか?」
「そのとおり」と言うと、そのままズブズブと中に入っていく。
思索の間の立体映像みたいな壁とは違って、こちらは確かな実体がある。
「ええい、ままよ!」
僕も覚悟を決め、目を閉じて顔面からダイブする。
うーん、これゼリーロックみたいな感触だ。宇宙施設内で微生物拡散を防ぐゾーニングに使われるやつ。
目を開けると二人掛けの座席。バケットシートみたいだな。片方にはアタラちゃんが座っているので隣に腰掛ける。
白いキャノピーに覆われているので閉塞感があるな。
「準備はいい?」とアタラちゃん。
僕がうなずいた瞬間、キャノピーが透明になる。座席だけが宙に浮かんでいるようだ。
「おお、すごい!」
僕の愛機セブンス・ファントムも情報表示を全てオフにするとこんな感じになる。
完全に透明で全然見えないが、キャノピーの方向にそっと指先を伸ばすと、硬質な手ごたえがあった。
出入りするときだけゼリー化するのか。
「アタラちゃん、このビークルおもしろいね」
「自然保護区の管理者が凝り性なの。普通に作ればいいものを……」
「お知り合い?」
「ええ、腐れ縁ってやつね……」
『おはようございます。ネイチャーガイドのククルンと申します』
目の前にポンと立体映像が浮かぶ。小さな白いライオンだ。
「びっくりしたー! ……人工知性かな?」
『そうです。自然保護区を管理統括している人工知性ですよ』
「大物じゃん……」
「現れたわね……。莫大なリソースを持ちながら、それを趣味に費やすエヴェラントでもトップクラスのろくでなしよ」
アタラちゃんが辛辣だ。
『相変わらず手厳しいね、アタラ大佐』
「何であなたがここに来るの?」
『何でって、この素晴らしき自然保護区の案内をするために決まっているだろう』
「フォリナー・フラッシュの案内は、私が壬皇近侍閣下から任されておりますが?」
『ちっ、キンジのババアの指図か。なら退散するしかないな』
フッと立体映像が消えた。
「何あれ……」
「……ククルンのやつ、壬皇近侍閣下のことをあんな風に言うなんて」
「僕もキンジには結構暴言を吐いた気が……」
「ううん、フラッシュは別よ。あんなに楽しそうにしている閣下を見たのは久しぶり」
キンジ、楽しいのか。よく「フィー!」ってキレてるけれど……。
「やっぱり人工知性は濃いな……」
「ククルンは例外よ。普通の子もたくさんいるわ。今度紹介するわね」
「そ、そう? 機会があれば会ってみようかな……」
「その辺は置いといて、とりあえずこのサバンナ地帯を案内するわ」
「おー、エヴェラントに降りるときに見た、ガゼルっぽい動物もいるかな?」
「ええ、見られると思うわ。すごく個体数が多いから」
「見に行こう!」
バイオスフィア・ビークルが十メートルほど浮かび上がり、ゆっくりと前進する。
百メートルくらい進むとリング状の光がキャノピーを包みチリチリと閃光を発し始める。
「これが気密フィールド?」
「当たり。この閃光がコテージエリアの不純物を除去してるの。ここから先が自然保護区ね」
「やっぱり徹底してるなあ」
「できる限り『元の生態のまま』がククルンのモットーだそうよ。外部からは無害な微生物さえ持ち込ませないわ」
「そりゃ立派なことだけど大変だろうな」
「それじゃ、一気に上がるわよ」
バイオスフィア・ビークルが急上昇する。コテージが小さく見える。高度千メートルってところか。
瞬く間に視界が開ける。まばらに低木が生える草原が地平線まで広がっている。
水平な地平線を見て、エヴェラントの巨大さを実感させられる。
「いた! ガゼルの群れだ」
茶色い背中に白い腹、横腹に黒い帯、ドリルのような角を持つ、トムソンガゼルにそっくりな動物だ。
「接近しましょう」
高度を落としながらガゼル(仮)の群れに接近する。
「あんまり近づくとパニックにならないかな?」
「大丈夫。バイオスフィア・ビークルは外部から認識できないから」
「マジで?」
「うん。それに大気中を進んでるのに微風すら起きないわよ」
「すげー」
見る見るガゼル(仮)の群れが近づいてくる。百頭を超える大きな群れだ。
接近するにつれ……。
「ちょっと大きくない?」
目前を走る群れに並走しながらアタラちゃんに尋ねる。
「体高が四メートル近くあるわね」
「でかっ! あ、これ逃げてるのか」
ランダムに群れの中でジャンプしている個体がいる。
捕食者に追われているときに見せるストッティングという行動だ。
「ああ、なるほど。後ろを見て」
体をひねって後方を見ると、白いライオンが追いかけてくる。こちらも大きい。ガゼル(特大)とほぼ同じ体格だ。
「ねえねえ、あれって、さっきのククルンじゃない? デカいけど」
「そうみたいね。最近捕食者の数が減ったみたいで、その代わりらしいわよ……」
自然動物園の草食動物みたいなものか。
安定した給餌と天敵の不在から、警戒心の低下や運動不足などが地球でも問題になっていた。
「うーん、必要なことかもだけど、何かノリノリじゃない?」
ガオーッとか吠えてるし。ライオンは狩りのとき吠えないだろう普通。
「うん……半分趣味でやってるんだと思う」
やっぱり人工知性って濃いじゃん……。




