27. クリスタル・カテドラル
素揚げにすると言った僕の言葉に怯えて逃げたハムちゃんを追いかける。
「ごめんごめん、冗談だって」
ロビーに配置された植え込みの陰で震えていたハムちゃんをひょいと摘み上げて謝る。
「本当に素揚げにしない?」
じたばた暴れていたハムちゃんが首を傾げて問いかける。無駄に可愛い。
「所長、悪ふざけのやりすぎです。たまには痛い目にあった方がいいのでは?」
「ごめんて……。ごほん。アタラ大佐、私は天蓋迎賓館のホストです。もう少し敬意を払いなさい」
「頭から丸かじりってのもいいな」
僕が歯を剥きだして笑いかけると、手の中の小動物がぶるぶる震える。
「食品開発センターの所長が何でホストをやってるんですか……」
アタラちゃんが溜息をつく。
「ラム肉の培養に成功したので、食べてもらいたくて立候補しました!」
「お、今夜はジンギスカンか?」
「それです、それです。あなたの記憶から、焼く前に軽くタレで揉み込む方式を採用しました」
「それそれ、分かってるな。ジンギスカンはやっぱ両付けよ!」
「よく分からないけど、いろいろな作法があるのね……」
アタラちゃんは呆れたご様子。
「ああ、地元の習慣みたいなもんだよ。ジンギスカンは嬉しいな」
「ご期待ください! あ、温泉も用意してあります」
「マジか。懐かしい!」
ウチの農場にも温泉があったのだ。
トカチ名物のモール温泉とはいかないだろうが期待できそう!
ぴょこぴょこと先導するハムちゃんのあとを追って僕たちは進む。
絶妙に配置された木立に隠されていた建物が徐々に姿を現す。
「これは……」
そこには、八基の尖塔に囲まれた、繊細なガラス細工のような建造物があった。一歩踏み出すたびに幻想的に光が揺らめく。まるで光で作られた神殿のようだ。
「天蓋迎賓館の主要施設、クリスタル・カテドラルです!」
「こ、ここに泊まるの?」
「そうです、そうです。お食事の時間にまた伺います。ごゆっくりおくつろぎください」
ハムちゃんは一礼して去っていった。
「……」
「フラッシュ、行きましょう」
アタラちゃんが、呆けたように立ち尽くす僕の手を引き、光の神殿へと誘う。
「何か恐れ多い……」
「ああ、きっと中に入れば大丈夫だと思うわ」
クリスタルの歩廊を進むと、壮麗な装飾が施された扉が開く。
「温泉スパだ……」
目の前の光景に目を疑う。
そう、トカチ・F・Dが誇る、トカチ・ホットスプリング・スパのリラクゼーションスペースが広がっていた。
「ほらね」
アタラちゃんが笑いながら言う。
「どういうこと?」
「クリスタル・カテドラルは外観は定まってるけど、内装は自由に変えられるって話よ」
「えー、わざわざ僕のために温泉スパを用意してくれたの?」
「入りたかったんでしょ?」
「うんうん。地球に未練は無いけど温泉には入りたい!」
勝手知ったる、トカチ・ホットスプリング・スパだ。
今度は僕がアタラちゃんの手を引いて、大浴場に連れて行く。
石畳が敷かれた大浴場に、秘境の野湯を模して作られた広々とした露天風呂。植物性の有機物をたっぷり含んだ琥珀色のお湯、ほのかに香る土の匂い。
「何か……すごいわね」
「でしょでしょ。記憶どおりだ。というか僕の記憶から再現したのか。お肌スベスベ美肌の湯、モール温泉だよ!」
「……美肌の湯!」
アタラちゃんの目に欲望の炎が灯った! 次元が違えど、美に対する女性の情熱は変わらないのだ!
「あっちに女子更衣室があるから脱いでおいで」
隅にある小路を指さす。
「裸で入るの! 水着をつけるんじゃないの?」
「二人っきりだし水着なんていらないよ」
水着なんてとんでもない!




