26. 天蓋迎賓館
そのあと、エラリーちゃんと合流して海洋ブロックを離れた。
次に森林ブロックに向かったのだが、アタラちゃんとの『超越種族』についての会話が心に残って、気もそぞろに視察を熟した。
そして最初に到着したブロック、発着場につながっているターミナルに戻ってきた。
「ほんの一部しか居住区の紹介ができませんでしたが、いかがでしたか?」
「驚きの連続だったよ。すごい居住区だった。今日は世話になった」
「私も海洋ブロックを初めて訪れたけど、本当に綺麗なところだったわ。フラッシュと一緒に来てよかった」
「ありがとう、フラッシュ、アタラちゃん。ぜひ、またいらしてね」
「ああ、また必ず来るよ」
僕たちは手を振って別れを告げる。エラリーちゃんはフリッパーをぶんぶん振っている。可愛い。
「このあとは一泊して、明日は朝から自然保護区の体験ツアーね」
「うん……」
「どうしたのフラッシュ? 考え込んじゃって」
「うーん、超越種族のことを考えていた。ウナギの蒲焼って地球の文化じゃん? なんで超越種族が知ってるのかなって」
「フラッシュの翻訳機能が、一番似ているウナギの蒲焼に置き換えたんじゃないの?」
「そうか、そうかもね……」
思えばキンジが、壬皇の姿を「弓矢を持っていないから天使」とか言っていたし、概念の整合性を取らないと不可能な翻訳だろう。
だが、何かが引っかかる。
「このブロックのホテルに宿泊するわ。そろそろ行きましょうか」
「分かった、行こうか」
ターミナルを出て、二人で歩道回遊型モビリティーに乗り込み(これは歩道を自律走行する、立って乗る乗り物だ)ホテルを目指す。
広々とした敷地に囲まれた五階建ての瀟洒なホテルが目に入る。
目を凝らすと中央に透明なシャフトが通っている。シャフトに沿って視線を上げると、雲の中に消えていた。何だろアレ?
「すごいホテルだね」
「ふふ」
アタラちゃんは微笑むだけで何も言わない。
ホテルのエントランスに到着すると、(サイそっくりの)ヒラル族のドアアテンダントに迎えられた。
「ようこそ、フォリナー・フラッシュ、中枢直衛軍アタラ大佐。こちらにどうぞ」
渋いバリトン声。男性だ。外見だと男女の区別がつかねーな。
ロビーに案内され、ベルスタッフに引き継がれる。ベルスタッフはキジっぽい鳥の人だ。
「アタラちゃん、フロントでチェックインとかしなくていいの?」
「エラリーが差配しているから、各所に話が通っているのよ」
「その割には仰々しい出迎えとかなくて気楽でいいね」
「フラッシュ、そういうの苦手でしょ?」
「うん苦手。そんなことされたら、すんごく気を遣っちゃう」
「そんなフラッシュの性格をエラリーに伝えてあるから、自然体で楽しめるように手配してくれたんでしょうね」
エラリーちゃん有能。
ベルスタッフに案内された場所は、中央にエレベーターがあるだけの部屋だ。
ベルスタッフに促されてエレベーターに乗り込むと、応接室のようなソファーが置いてある小部屋だった。
「どうぞお掛けください」
僕たちが座ると上昇を始める。ベルスタッフの鳥の人がお茶を入れてくれるようだ。
すぐに視界が開けて外の風景が目に入る。
あ、ここはホテル中央の透明シャフトの中だ。
「すごい!」
「私も来るのは初めて。上には賓客用の宿泊施設があるのよ」
「へぇ……」
キャビンはゆっくりと夕暮れの空を上昇して、居住区の天蓋に向かっているようだ。眼下には美しい街並みが広がる。上には雲底がある。
「それでは、キャビンが180度回転いたします。ご注意ください」
回転? キャビンが前方にゆっくり傾いていく。水平に回るかと思ったら垂直かい!
重力制御はしっかりと効いていて、不自然な重力を感じることはない。
回転を終え、今は真上に街が望める状態だ。
「すごいね。街が一望できる」
真上には僕たちがいたホテルが見える。カラフルな屋根が並ぶ街並みに、縦横に走る歩道、樹木が集まった場所の中央には湖。絶景だ。
「さすが賓客用の宿泊施設ね。同じような施設が各ブロックにもあるはずよ」
「お待たせいたしました。天蓋迎賓館に到着です」
キャビンから出て天蓋迎賓館に降り立つ。ここはロビーのような空間で天井は無い。周りは樹木に囲まれていて、空にはパノラマのように街が広がっている。
「ここから先は1Gに設定してあります。案内を人工知性に引き継ぎます。それでは失礼いたします」
「ああ、ここまでありがとう!」
「ご苦労様」
ベルスタッフに別れを告げ、案内の人工知性を待っていると……。
「いらっしゃい!」
甲高く威勢のいい声に驚いて、ロビーを見回すが誰もいない。
「こっちですよ!」
下から声が聞こえたので視線を落とすと、後ろ足で立ち上がっているハムスターがいた。
「ハムスター?」
「そうですそうです。ハムちゃんと呼んでください」
「所長ですよね? 毎回姿と名前を変えるのはやめてください……」
「所長?」
「そう、食品開発センターの所長。かなり癖が強い人工知性よ」
「食品開発センターなんてあるんだ。アタラちゃん、ハムちゃんと親しいの?」
「ええ、まあ……。私の身体改造ほどではなくても、食生活の改善で耐G能力を上げることが可能なようで、その相談をしてるの」
「ああ、戦闘員適性を持つ住民を増やす計画か」
結局のところ、中隊長たちを始めとして、中枢直衛軍全員が1G順応改造を受けた。
ただし、民間からの被術者の募集に関しては、思わしい結果が得られなかった。やはり倫理的な抵抗感があるそうだ。
「そうね。新しい機能性食品の開発を依頼した関係で、しょっちゅう顔を合わせてるのよ」
「なるほど。で、何で今日はハムスターなの?」
ハムちゃんに聞いてみる。
「壬皇近侍から、フォリナー・フラッシュの記憶を借りて作ってみました。あなた、ハムスターが好きそうな顔してるから!」
結構好きだが、ちょっとイラっとしたので、からかってみる。
「ああ、大好きだよ。毛を毟って素揚げにしたのが最高だな」
ハムちゃんがすごい勢いで逃げ出した。




