20. アタラ大佐
自室で料理の下準備をしていると「フラッシュ、いるー?」とキンジの声が聞こえた。
今日は休日だ。何の用かな?
「おう、キンジ。何か用?」
扉を開けてやる。
「フラッシュは休日に何してるのかなーって思って遊びに来た。アタラちゃんはいないのね?」
「それな。アタラちゃん、昨日から元気がないんだ。美味しいものでも作ろうと思ってな」
「へー、お料理できるんだ。フラッシュのくせに生意気」
「はいはい。僕の唯一の趣味だよ。ケチつけんな」
「それでね、フラッシュ。アタラちゃんが沈んでいる理由は、昨日のアノマリーのせいよ」
「何か知ってるの?」
「うん、話すかどうか迷ってたんだけど、あなたもアタラちゃんのこと気にかけていたから話すことにする」
「そうか、ちょっと待ってろ、お茶を入れる」
キンジをリビングに通して、お茶の用意をする。
「ふう、美味しいわね」
キンジは一口お茶を飲んで語りだす。
それは、アタラちゃんの身に降りかかった悲劇と、心に負った傷の物語だった……。
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救援要請を受けたあたしたちが惑星ヘンラージャに到着したとき、無残に破壊された宇宙施設に群がるアノマリーを目の当たりにして、来るのが遅すぎたことを知った。
手持ちの戦力を全てアノマリーの掃討に出す。
ここ、惑星ヘンラージャのある宙域は、第七次元の干渉が強い。今回は有人部隊での出撃だ。
敵は準高機動タイプ、有人機で何とか互角に戦えるレベルだ。
固唾を呑んで見守っていたが、やがて砲火が止んだ。
しばらくして、戦闘機部隊から掃討完了の報告。
中隊長が考案した、三機編隊で、囮、援護、攻撃の分担を目まぐるしく切り替える作戦が功を奏したようだ。
宇宙を飛ぶアノマリー・フォーはガラスでできた雲丹のような姿だ。
雲丹は第七次元に実在する生物。以前からやたらと概念が送られてくる棘皮動物の一種だ。食用になる生物の概念が多すぎるんですけど。
掃討後、生存者がいないか、周辺宙域をスキャンしながら飛び回っていた戦闘機から通信が入る。戦闘機部隊を指揮する中隊長、ファリア大尉だ。
隠蔽フィールドの痕跡が見つかったので、部隊を集結させて精密探索を行うとのことだった。
彼は、人工知性でさえ見落とすような些細な矛盾を捉える、優れた観察眼の持ち主だ。
誰か生き残っていますように……。
シバラス族が治める惑星ヘンラージャは、この第八次元に残存する僅かな知的種族の牙城だ。
それが今、アノマリー・フォーによって滅ぼされた。鉱物だろうが生物だろうが何でも取り込み、瞬く間に増える性質の悪い難敵だ。
地上を這う別形態のアノマリーは、人さえ狩ってその血肉でも増殖する異様なハイブリッド。
奴らを含め、隣接次元からの侵略者は執拗に文明を狙う。
ただ、第七次元だけは例外だ。概念や想念が送られてくるだけなのだ。有害なものも有益なものも見境なく。その理由は未だに分からない。
中枢構造体セガンタの助言は「今は情報を集めるべき段階」だ。セガンタのおかげで、いろいろと判明したことも多い。信じるしかない。
『閣下、脱出ポッドを発見しました。生存者がいます!』
司令室に詰めているあたしに至急報が入った。ファリア大尉だ。厳めしい顔つきだが、温厚な性格で頼りになる中隊長だ。
「すぐに収容して! 思索の間を使うわ」
思索の間に治療チャンバーを用意させる。あそこなら最高効率で治療できるから。
脱出ポッドは速やかに回収され、生存者は思索の間に移送された。
添付されたメッセージの要約を読む。アタラ・ザンクロード・シバラス、五歳、女性。ゴーグ・ザンクロード・シバラスの長女と記載されている。惑星ヘンラージャの統治者の一人娘だ。
「もう、持ちこたえられない。囮に紛れてこの子だけは隠蔽機能付きの脱出ポッドで送り出した。奴らは何でも喰うからな。壬皇閣下の遊星に救援を要請した。隠蔽されたポッドを見つけ出してくれることを願う。この子を頼む……」
ゴーグのメッセージは、そこで途切れていた。
生存者がようやく意識を取り戻したと聞き、あたしは思索の間に駆けつけた。
「ごめんなさい。あなたしか助けられなかった……」
シバラス族、最後の生存者、アタラ・ザンクロード・シバラスに謝罪する。
治療チャンバーの中から虚ろな目を向ける少女。まだ五歳の幼い子だ。
あたしに向ける絶望の眼差しに心が痛む。
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「……そんなことがあったのか」
「そう、あたしはアタラちゃんを引き取って、娘のように育てたの」
「おまえ、アタラちゃんのお母さんっぽいもんな……」
静まりかえったリビングで、二人でお茶を飲む。
器用に人間用の椅子に腰かけ、両手でカップを抱えて、紅茶をすすっているキンジ。
「なあ。キンジって指だけはプニプニで可愛いのな」
重い空気に耐えきれず思わず言ってしまった。
「フィー!」
キンジがキレた。




