忠犬のひとりごと(アスワド視点)
リンがアインベルガー家に雇われて間もない頃の話。
ワレの名はアスワド。
ニンゲンから、“イワオオカミ”と呼ばれているマジュウである。長くサバク地帯の岩山でくらしていた。
数多くいるイワオオカミの中で名前をもっているのは、たぶんワレくらいだろう。ニンゲンの言葉がわかるのも、おそらくワレくらいではないだろうか。とても、ほこらしい話である。
なぜ、ワレがほかのイワオオカミとちがって、名前を得、かしこくなったか。
それは、わがアルジのおかげだ。
力のあるアルジがワレに名をさずけたことによって、ワレはさらなる進化をとげたのである。
強きわがアルジの名は……リン。
ニンゲンの、まだ幼体である。
幼体だが、強くてかしこくて、その上、やさしい。
何より、イワオオカミのリーダーであったワレを、そのコブシ一つで従わしめたすごいニンゲンなのだ。
※ ※ ※
さて、あるとき急に主との間に壁ができた。
世界のどこにいても、我は主が喚べば跳んで行ける。喚ばれずとも、主が危険なときは察知して行くこともできる。
なのに、主の存在は感じるのに、妙な膜のようなものが主の周りにかかって、主の声は聞こえず、我もまた主の元へ行けなくなったのである。
我は焦った。
毎日毎日、主の元へ行こうと試し続けた。
主との間に壁ができたときくらいから、急に力も増したのに……何故、主のそばへ行けないのか。
我の主への愛が足りぬせいかもしれない。
我は必死で挑戦を続け―――そしてとうとう、壁を打ち破ったのだった!
で、その壁の原因は。
……我よりもはるかに高位の存在によるものであった。
主は、驚いたことに原初の悪魔さえ従わせしめたらしい。さすがである。
ところが主の新しき下僕である白き悪魔は、我を見るなり侮蔑の眼差しを向けた。
まあ、それは仕方がないかも知れない。悪魔から見れば、我の存在など蟻んこに等しいのだから。
「「「犬っころよ。そなた、目障りじゃの。主殿の寵愛を受けるは、妾一人で充分じゃ。去ね」」」
((わ、我は主の第一の下僕。たとえ貴方様のような方でも、従わぬ))
「「「……跡形もなく消えたいかえ?」」」
((我を消せば、主は貴方様を赦さぬと思う))
「「「くっ……な、生意気な犬っころめ!!」」」
凄まじい圧に押し潰されそうだ。
だが、生意気といわれようと。
事実は事実である。我は主から愛されている。後から来た悪魔に、あれこれ言われたくはない。
一歩も引かぬ我に、結局、悪魔も渋々引き下がった。
我が、主に愛されていることを直感的に分かったからであろう。
ちなみに、のちに悪魔は主から獣の姿を与えられるが、借りの姿ゆえに我ほど鼻が利かぬらしい。主がときどき、義理で愛情を向けていることに気付いておらぬようだ。
それと、我のように主の感情も分からぬらしく。
面倒だと思われていることも知らぬ。
ふっふっふっ。
たとえどれほど高位で強かろうと、それだけで主の愛は得れぬのだ!
……しかし。
主からの愛情が薄いのは、下僕にとって己の身を切られるより辛いことである。だから我は悪魔には教えずにいてやっている。
なにせ我は優しいからな(決して、悪魔の報復が怖いからではない)。
「アスワド。明日から、しばらく帝都の内側で仕事をしてくる。良い子で待っているんだぞ」
「うぉん」
ふむ。
朝の日課がなくなるのか……。
主が待てというならば、我はいくらでも待つ。とはいえ、そばにいられないのは悲しい。最近、主の下僕となった鳥は連れて行くのに、我は待てとは。
我より、鳥に寵愛が移ったとは思わぬが……とにかく早く帰ってきて欲しいと願うばかりである。
―――その2日後の夜。
白き悪魔に呼ばれた。
『主殿は、しばらく帰らぬのかえ?』
((街の内側に行くと言われていた))
『む?あの、気分の悪い結界の内か。何をしに行ったのじゃ』
((仕事、と))
『仕事!また仕事かえ。まったくもう、主殿は何故、働くのが好きなのじゃ。主殿ほどの力の持ち主が働くなどと……』
悪魔はカッと目を見開いて怒ったが、ふいにシュンと俯いた。
白い耳も力無く垂れる。
『はあ。妾より、仕事か……毎晩、一緒に眠っておったのに、夜さえ帰らぬようになるとは……』
((……主は好奇心が強いゆえ。仕方ない))
『分かっておるわ。エラそうに言うでない』
またキッと睨まれた。ただ、いつもほどの覇気はない。
我もその気持ちは痛いほど分かるので……そっと悪魔の頭を舐めた。
『な、何をする!犬っころが気安く妾を舐めるでないわ!』
((主は、まだしばらく帰ってこられぬであろう。待てと言われた以上、勝手におそばへ行く訳にもいかぬと思う。……なので今宵は、我の腹を貴方様に貸しても良いが))
赤い瞳が丸くなった。
じっと我を見てくる。
『……同情かえ?』
((我も淋しい))
『…………』
悪魔は黙り込み……やがて、項垂れて我の足元まで来た。
『さっさと横になるのじゃ。犬っころに上から見下されるのは気に入らぬ』
((了解した))
我は頷き、素直にごろりと横になる。
小さな獣姿の白き悪魔は、すぐに我の腹辺りに潜り込んだ。
『主殿が帰ってくるまで、犬っころが可哀想だから付き合ってやるだけじゃからな』
((承知している))
『主殿には内緒だぞ』
((分かった))
―――主。
我も白き悪魔も、主がいないと本当に淋しいのです。早くお戻りになるよう、祈っております……。
なんだかんだ言いつつ、仲が良い犬と猫。
二匹が寄り添って寝ている姿を見たら、リンはほっこりしそう~。
(リンがアスラと契約したことにより、アスワドの知性(?)も上がりました)
>2024年06月24日活動報告より 更新遅れのお詫びSS
※ アスワド、初期は"岩山狼"という表記でした。そろそろ、"岩狼"に訂正しなければ~…。




