第99話 ゆうなと瘴気の番人
「約定を破りし者よ。
自らが招いた世界の終焉をその身に刻むが良い」
なにこれ、重力が急に数倍になったような重圧…
押しつぶされそうな感覚の中、はるま君が気力を振り絞って口を開く。
「約定?なんの話だ?
俺は知らない…」
約定…?
「天狗さん?賢者さん?約定?」
その瞬間だった。
身体を縛り付けていた圧が嘘のように消える。
「ゆうなか?はるまか?」
私は急に名を呼ばれて驚いたが、呼んだ者の姿は相変わらず見えない。
「誰?」
再びあの重圧を感じた。
恐怖の正体を探して、辺りを見回した瞬間だった。
突然、ミサイルのような速度でこちらへ飛び込んでくる女性が目に入った。
一瞬で間合いを詰めたその女性は、こぶしを振り上げ殴りかかってきた。
殺される!
そう思った瞬間、女性のこぶしは私の目の前で空間にぶち当たる。
右のこぶしがつぶれ、女性の顔が苦痛に変わる。
先ほどまでの重圧と同種の圧を感じるこの女性は誰だ?
と考える間もなく先ほどの声が再びとどろく。
「ちっ!せっかくおーたのに邪魔すんな」
そう聞こえた瞬間、女性は百メートルほど吹き飛ばされる。
女性はにやりと笑みを浮かべ、もう一度ミサイルのような速度で向かってきた。
右手はぶらりとぶら下がったまま、今度は左手で殴りかかってきた。
先ほどと同じように、そのこぶしは空間を突く。
嫌な音とともに、左のこぶしもぐちゃぐちゃにつぶれた。
両手が使えなくなった女性は、頭突きを食らわせる。
その瞬間、空間にひびが入った。
「じゃまくせーな。後にしろって言ってんだろ!」
女性の姿は一瞬で小さくなり、
飛んだ先の木々が次々となぎ倒される。
森からはじき出されるように女性は姿を消した。
私には何が起こったのかまったくわからなかった。
とにかく怖い。
女性も声の主も、私達の理解を超えた強さだということだけは、はっきり分かった。
震える私の肩を、はるま君が抱きしめた。
はるま君も震えてる。
でも私を心配してくれてるんだ。
怖くても、いつも私を一番に気使ってくれる、はるま君らしい。
「わるいな。ちょっと話しよか。
そのまま目の前行ったら小屋があるねん。
そこまで来てくれ」
その声を聞いて、恐怖もあったが少し安心した。
私達は恐れを押さえつつ、言われるように進み小屋を見つけた。
ドアの前に立ち、深呼吸をして開けようとはるま君の顔を見た。
はるま君の顔は固まり、神経が爆発寸前に見えた。
そう思っていると、ドアが開いた。
「なにしとるんや、はよ入ってこい」
中から聞こえる声に誘われるままに私達は部屋に入った。
人の姿は無かった。
「適当に座っといてや」
私達は、不安に襲われながらも、ソファに男の子を寝かせ横に少女を座らせる。
私とはるま君が立ち尽くしていると、ポットとカップがこちらへ歩いてきた。
昔、魔王軍の人の家で見た奴だ。
あの時は可愛いと思ったが…今は不安が勝ちこの状況が怖い。
「とりあえず茶でも飲むかね」
「あなたは誰?」
「我等は…隠者とでも呼んでくれ」
はるま君が急にリラックスして笑いだした。
「我等…やっぱり天狗とかの同魂存在か」
「ほう、それで安心するか」
「わかってんだろ?俺達を傷付けないのが大前提って、俺達はもう聞いてるよ」
「姿は見せてくれないの?」
「隠者って隠れてる感じやろ?だから見えへん方が良いかなと思ってんねん」
「さっき言ってた約定って何?パパとの約定とは違うんだよね?」
「あ~それは関係ないねん。
我等が守る約定はいろいろあってな。
さっきのは、この森に街の者は入らんって言う約定や。
街の者を見かけたら国を吹き飛ばすって約定やねん」
「こえ~よ。
でも本当にするんだろうな」
「当たり前や。
我等が約定言うたのに、守らんわけにいかんわな」
「なんで森の中に入ったら国を吹き飛ばすの?」
「やかましいからや。
森に入らん代わりに、瘴気を森でとどめるって約定や」
「それ!瘴気があるからこの子達がこんな状態なんだよね?
とどめてるってことは街には普通の人達がいるってこと?」
「そらそうや。
この子らは、捨てられて森で生きてる子らやな」
「この子達は森に入っても良いの?」
「捨てられた瞬間に街のもんやないやろ?
だから良いんちゃうか?」
「そんな裏技みたいな理屈で良いのかよ」
「そらあかんやろって、吹き飛ばした方が良いやろか?」
「いや、吹き飛ばさなくて良いよ。
はるま君、そういうこと言わないの!」
「そうだね。ごめん…」
「あの子達はなんで捨てられたんだろ?」
「まあ食料とかは足りてないやろしな。
口減らし違うか?
知らんけど」
「この子達、助けたいんだけど…」
「この子ら、なんか困ってんのか?」
「困ってる…困ってないのか?」
「私が癒して体調が少し戻ったら、感謝して水を飲ませてくれた。
助けてくれたと思ってたから、助かったと思ってるってことは困ってたんでしょ?」
「なんやその理屈、奴の子供全開やな。
そういうの嫌いやないけど」
「パパもそうだった?」
「奴の言葉でな。
助けを求めてなくても、助けて欲しくなくても、
俺が助けたいと思うから助けるんだ。
我等はそういう奴の考え方おもろいなと思っててん。
助けて欲しいなら助けてと言え、みたいなんが嫌いなんやと」
パパらしいなと思った。
救いたいと思ったら無理やり救う。
ママから聞いたパパだった。
「もしかしてなんだけどさ。
森で瘴気を留めてるから、瘴気があんなに濃くなってる?」
はるま君のその言葉に悪びれもせずに隠者は答えた。
「そらそうやろな」
「じゃこの子達って完全にその約定の被害者じゃないか」
「…あかんか?」
「あかんわ」
「え?あかんのか?我等悪いことしとるんか?」
「あかんと思う」
「まじか…困ったな」
「どうにもならない感じ?」
「約定やからな…」
「どうしたら良いんだろう。
子供が捨てられることが一番の問題なのかな…
街に行ってみる?」
「まあ見ては見たいね。
なんで子供捨てる状況になってるのか」
「あ!その前に!
さっき襲ってきた女性!あれ誰?」
「ああ、あれはなんや知らんけど、
我等に敵意剥き出しでいっつも襲ってくんねん。
なんでやろな」
「なんか天狗とかの同魂存在の割になんも考えてねーな」
「そんなん言わんでくれや。
この世界は大変なんやって、地獄ほどじゃないけど」
「まあ確かに大変そうだけど…」
「あ、そうや最後にこれ飲んでいき」
その言葉と同時に、飲み物が入ったグラスが歩いてきた。
ストローが一生懸命にグラスによじ登り、グラスに刺さる。
私とはるま君は、恐る恐るストローを口に付けて吸い上げた。
「これ!コーラだ!」
「そうそうコーラ言うやつな。
作ってみてん。
君らが来たら飲ませたろ思ってな。
どうや?うまいか?」
「おいしい!お店で飲むのよりおいしいかも!」
「自信作や!
手に入らん材料もあったからな。
そもそも原料が違うんやけど」
「ありがとう!
素朴な疑問なんだけどさ…」
「なんや?」
「俺達だと気が付かなかったら街吹き飛ばしてた?
俺達は街の人じゃないのに…」
「まあ、それはあれやな。
街を吹き飛ばさないって約定はないからな」
やっぱり、天狗達は本気で人の生死に興味が無いんだ。
勘違いで国を滅ぼしたとしても、約定違反じゃなければさして問題でもない。
それを聞いて、少し背筋が凍った。
それからしばらく街に行く相談をしていると、男の子が目を覚ました。
「ん、んん~。
お腹…空いた」
男の子は先ほどとうって変わって落ち着いた雰囲気だった。
「もしかして、いややっぱり私の神聖力か何かが影響してるんだろうか…」
「ああ、それは神聖力っちゅうか、あれやな。
聖女の浄化の力やな」
「え?そんな力が?初耳なんだけど」
「厳密に言や、知識の力が自分や自分の周りの力を整える力みたいなもんや。
自分に向けば深化になるし、外に溢れたのを浄化って言うねん。
ちなみに両方合わせて純化やな」
「神聖力とかを底上げする力のこと?」
「底上げするっちゅーか。効率化、整える力やな」
「それが私の周りにも影響する?」
「あ、だからこの少女もゆうなちゃんから離れなかったんじゃないかな?
近くにいるだけで浄化されるから」
「まあ、そうやろな。
そういうのは本能で感知するもんやから」
「そうなんだ。この力、思ったよりすごいのかも」
「まあええわ。とりあえず飯食っていき。
その子も腹減ってる言うとるし」
その言葉と同時に、たくさんの皿が歩いてきた。
私達はこれから待っているであろう苦労を考えながらも、食事を楽しんだ。




