第97話 はるまと欠乏
「痛って~!痛い痛い痛い!」
起きた瞬間激痛が襲った。
見るとあの少女が俺の腕に噛り付いている。
「辞めろ!辞めろって!」
必死に引き剥がした。
「ベヒーモス!
彼女を押さえてくれ!」
あれ?ベヒーモスが居ない。
「主よ。ベヒーモスは主についているようだ」
たぶんついてる方の主はゆうなちゃんだろうが、
主語が意味不明になってる。
こういう混乱は少し困るな。
「頼むイフリート、彼女の食料になるものを狩ってきてくれないか」
「承知した。
しばし待たれよ」
イフリートが戻る間、彼女を足でしっかりガードする。
「困ったな。
君はだれ?まだ話出来ない?」
「食いたい。食わせろ」
何かといえば食うか?食え!
と言ってきたシンシアを思い出した。
真逆だけど…俺がこの子を気になるのは、
なんとなくシンシアと似てるからだろうか…
髪の色、体系、なんとなく似てる気がする。
「主よ。これでよいだろうか」
イフリートが大きなイノシシを担いでいた。
「ありがと!」
そういうと俺は彼女を解放した。
彼女は夢中でイノシシに噛り付いた。
凄い勢いでかみつき肉を剥がす。
「こえ~な。これに噛り付かれてたんだよな」
イノシシの足を食い終わったところで少女は倒れ込んだ。
「あれ?どうした?」
近付いて確認するが、寝ているようだった。
「食っちゃ寝、食っちゃ寝って感じかなあ。
ゆうなちゃんみたいだ」
そう思っていると起きた少女がまた食いだす。
ゆうなちゃんの食いっぷりを見てると楽しい気持ちになるのに、
この子が食べてるのを見ると吐きそうだ。
そう思っているとおもむろに少女が吐き出した。
「食べすぎだろう。そんなに食えないなら無理に食うなよ」
そう言った俺を無視して彼女はまた食べだした。
どう考えても無理に食べてる気がする。
食えなかった反動か?
「食いたいんじゃない。
食わなきゃいけないみたいだ。
脅迫されて食べさせられてるみたいに見える」
そう言いながら俺も、さっきから喉が渇いて仕方ない。
川の水を飲むと、喉が潤った感覚に、水を飲みたい衝動が大きくなるのを感じた。
「これか…」
彼女も同じなのかもと思いつつ、俺は夢中になって水を飲んだ。
少し気持ち悪くなったが、水を飲んでいると気が収まる。
その姿を見てか、少女も俺の横で水を飲みだした。
「グハッ!グッ!」
少女は嗚咽を繰り返しながら水を飲む。
次の瞬間前のめりに川に頭を突っ込んで倒れた。
「おいおい」
俺は少女の肩を抱きかかえて起こした。
寝かせて口元に耳を近付けると呼吸はしていたので安心した。
「うわ!はるま君がちゅーしようとしてる!」
「なわけねーだろ!」
そう言いながら振り返ると、ゆうなちゃんがにやにやしながら立っていた。
「ここなんかすっごい喉渇くね」
「ゆうなちゃんもそう?
俺もそう思って水を飲んだら、
なんかさらに喉が渇いてもっと飲みたいもっと飲みたいって…」
「瘴気のせいであろうな」
「そう言えば前も言ってたな瘴気って、悪い気だっけ?」
「そうだ。人に渇きをもたらす」
「魔力みたいなものかな?」
「少し違うが、似たようなものだな」
「具体的に教えてって言ったら長くなる?」
「瘴気が生まれた理由を語ればよいか?」
「いや、それはいいや。
どういう作用をするものだとかが知りたいんだけど」
「ふむ、おそらく主にとって一番大きな問題は生気を弱めることだな。
精霊力にも影響はあるが…我には特に影響はない」
「生気…生きる力みたいなこと?」
「そうだ。人間にとっての精霊力のようなものよ」
「なるほどわかったかも。
生きたいけど、生きる力が足りないみたいな状況だ。
でも生きる力がなんなのかわかんないから、何が足りないかわからないんだ。
だからとにかく生きるための食事とか水が欲しいんだ」
「そっか、だから水を飲んだら満たされる気がするけど根本的に違うからどれだけ飲んでも足りない」
「わかっても困るな。
瘴気を無くせば良いのか?可能なのか?
空気を全て浄化するみたいな話だろ?」
「無理っぽいよね…」
「人と会話が出来ないってのが一番つらいな。
この先どうすれば良いのかわからない」
ゆうなちゃんが寝ている少女の脇に座り頭を撫でだした。
「はるま君、食料用意してあげてたの?」
「そうなんだ、なんだかほっとけなくてさ。
シンシアに似てるからかな」
ゆうなちゃんが笑いだした。
「全然似てないでしょ。
髪の色が同じで、年頃も似てるってだけじゃない?」
「え?そうなの?」
「ほんと、はるま君って人の外見に疎いよね」
「まあ、そうかも。
あんまり見た目とか気にしてないから…」
ゆうなちゃんはまた大きく笑いだした。
「はるま君ってそういうところあるよね~。
人間かどうかすら気にしてないでしょ」
正直あまり気にしてなかったかもしれない。
話していると、少女の土気色の顔が白くなっている気がした。
「なんか、顔色が良くなってない?」
「え?そうかな?」
「聖女の力であろうな。
癒しの力というものか」
「ちょっと待てよ…生気って聖女の力で癒せるってことか?
聖女の力って魔力を抑制する力とかじゃなかったっけ?」
「それと知識の力で効率的に力を行使する力なんだけど…
あ、その知識の力かも。
この子に流れるはずの生気を、効率的に回してるんだ」
「この子は、こういう病気ってことなのかな?」
「わからない…そういう体質なのかも…」
ゆうなちゃんは少女の額に手を当てて念じだした。
手のひらが光ってる気がする。
なんだか、初めてゆうなちゃんが聖女なんだって実感してる気がする。
「ん、んん」
少女が少し目を開けた。
「食べないと…食べ…」
それだけつぶやくと、また目を閉じた。
「少しは会話が出来るようになったってことかな?
ゆうなちゃんそれ疲れるの?」
「ん?そんなことないよ。
とりあえず目を覚ますまでやってみる」
俺はゆうなちゃんが心配になった。
魔法を使い過ぎた時に感じる精神の疲弊を思い出した。
ゆうなちゃんに力を使わせ過ぎて同じことにならないとも限らない。
神の力だから無尽蔵に使えるなんて、
そんな都合の良い世界じゃないことを俺は知ってるから…
「無理はしないでね…」
「今は大丈夫、でも無理をする時はするよ。
無茶せずに帰られるほど世界は簡単じゃないでしょ?」
「それはそうだけど…」
「それにね。
はるま君が救いたいと思った直感にこそ、
私達の希望を見つける可能性があると思うわけよ」
そう言って笑うゆうなちゃんにつられて俺も笑う。
「弟を信じてくれるお姉さまに恵まれて俺も幸せだよ…」
「そうそう、弟はお姉さまを立てないとね」
それを聞いて俺はさらに笑った。
「それは求め過ぎだよ」
そのまま少女に添い寝するように、ゆうなちゃんは眠ってしまった。
小さな頃、世界を救うヒーロー、選ばれし勇者になりたかった。
でも実際それっぽい力を持ったのは、ゆうなちゃんだったのかもしれない。
世界を救う救世主のような存在が居るとすれば、きっとゆうなちゃんだ。
俺はゆうなちゃんと少女を見ながらそう感じ、
それを少しうらやましいなと思った。
それでも俺は、ゆうなちゃんを守る盾になれるだろうか…
そんなことを考えながら、俺は眠りについた。




