第90話 リリスと新世界
「戦争なんてくだらない行為の勝者が、対価なんて手に入れるべきじゃないんだ。
勝とうが負けようが、戦いを知る人間は全て滅びるべきなんだ。
だから、俺もモモカも行くよ。
あとはリリス、
君のような戦いを知らない人間が、子供達の未来を作って行ってくれ。
頼んだよ」
そう言うと彼は、
泣きながら扉を閉めないでと抑える私を突き飛ばし、
エインヘリャルの扉を閉めた。
その直後、突然エインヘリャルはそれ自体が回転して大混乱を招いた。
何回転したかも何故回転したのかもわからない。
天地が入れ代わりを繰り返し止まった時には、
床も天井も横にあり反転した状態で落ち着いた。
「状況確認!外の状況を教えて!」
「計器や外部カメラが故障したようで、外の様子は一切わかりません」
核作戦が成功したのなら外は核に汚染されているはずだった。
「外が確認出来なければ開けられない。
当初の予定では、
一か月ここで生活出来る予定だったけど伸ばさないといけないかも。
自給自足出来るシステムは構築されてるから、
状況によっては一年ぐらいは生活することを想定しておいてね」
それから私は一心不乱に場を収めることに翻弄された。
夜には抜け殻になり、泣く生活が一年程過ぎた。
「これは俺んだよ~!」
「返してよ~」
子供達がまた喧嘩してる。
私はガキ大将のおもちゃを手に取ると、思わず抱きしめた。
「欲しい物を奪い合う戦いに決着を付けるために彼は…
いいえ、あなたのご両親達もみんな犠牲になったの、
あなた達はこんなくだらないことで争ってはいけない」
そうだ、彼の意思を継ぐ私達が腐っていたら、未来を紡ぐ彼らはどうなるの。
彼に恥ずかしくないように、この子達に美しい未来を見せるのよ。
そう思い立った私は、それから子供の環境改善と教育に様々な改革を行った。
当初一年だと思っていたシェルター生活は延長に延長を重ね十年の月日が流れた。
「ついにエインヘリャル内で子供が誕生した」
「我々はこの先どうしていくべきだろうか。
外の世界を知らないまま育っていく子供が生まれていくこの現状を」
「私は一生ここで過ごしても良いと思ってる。
でも、子供達…
そうね。外の調査を進めましょう」
他の機体との通信も出来ず、状況がまったくわからない。
核の半減期は既に過ぎているけど、核が充満する世界が広がる可能性もある。
「私が行くわ」
「あなたはここのリーダーだ。
あなたに万が一があっては我々はどうすれば!」
私は震える手を気力で抑えながら、優雅に紅茶をひとすすりしてみる。
彼のようにやるんだ。全ての不安を背負って彼のように…
「どうとでもなるわよ。私達は既に彼と言う最大のリーダーを失ってる。
その穴を私程度が埋められたのよ?あなたに出来ないとは思えないわ」
それからも反対の嵐にあったけれど、私の決意は固く、拒否出来る物は居なかった。
そしてその日がやってきた。
防護服に身を包む私は扉の前に立っていた。
出口の部屋にいるのは私だけ…
外に出て異変があれば、そのまま死ぬ覚悟だ。
私はもう戻るつもりなど無かった。
もしかして彼の元に行きたいと願っていたのかもしれない。
私は、あの時私を突き飛ばし扉を閉めた彼に思いを馳せて、扉を開けた。
プシュー、ガコン。
異音がして開こうとしたドアが止まった。
開かない…何度もドアを押したい辺りをしてもびくともしない。
「何?これ、開かない!開かないじゃない!こんな…これじゃどうしたら…」
開かない原因を探ったがわからない。
想像では、全体かドア部分が地中に埋まっているのだろうとなった。
「だとしたら…一生出られない可能性もあります。
外が全滅してるのだとしたら中からしか開けられないはずですし、
この機体に自力で地上に出る能力はない」
「一生ここにいる覚悟もしましょう。
ただし、この機体の改良も含めて、外に出る研究は続けます。
この機体には武器はもちろん、殺傷能力を持ちそうな強力な力が一切ないから…
難しいと思うけど、
みんなで力を合わせて百年後でも二百年後でも頑張りましょう」
それから五十年程、なんの成果もあげられなかった。
エインヘリャルで生まれた子供も五千を超えて、
品種改良された新たな農産物まで出てきた。
ここで生まれた子供達はもちろん、
当時物心がついていなかった子達はここが地球だと思っている。
彼のことは神だと思っているし、
神話の神たちが私達をここに逃がしてくれたと思っている。
当時のことを知る者達はみんな、
どこかで自分達だけが助かったことを後悔してるんだ。
六十年以上が経ってもまだなお、
涙無しでは寝られない者、
酒を睡眠薬に眠る者がたくさんいるんだ。
その罪悪感が彼らを神にした。人を見捨てた自分達を許せなくて…
誰一人忘れたくても忘れられない。
それぞれの物語を風化させないように神話に乗せて。
それでもみんな未来を向いて生活出来ている。
彼らの犠牲は私達の希望として、確かに息づいていた。
エインヘリャルが外界から閉ざされて百年…
もう彼の夢は見ない。
彼は神話の神として子供達が祈りを捧げる対象となっていた。
朝食前に。私も子供達と共に彼に手を合わせる。
あなたが創造し、私達に託した世界は確かにここに生きています。
あなたにその姿が届きますように、
あなたの所に行けるその時に胸を張って生きる希望を持てるこの喜びに感謝します。
「さ~今日はね!
昔々、創造神様と私達がよくやった遊びをみんなに教えてあげるわね~!」
「わ~い!」「どんな遊び~?」
その瞬間、大きな地震だと思った。
地割れのような大きな音と共に、
百年前と同じようにエインヘリャルが回転し始めた。
天地が逆転する。
子供達を抱えながら、壁に身体を打ち付ける。
百年前、壁になった天井と床をみんなで修復した。
壁の机を剥がして床に打ち付けた。
壁の電球を外して天井に付け替えた。
今、それがまた壁になっている。
「これは…機体が戻ったんだ」
子供達の無事を確認した私は、制御室に急いだ。
何が起こったかわからず混乱する制御室。
「落ち着きなさい!けが人の把握を第一に!
わからないことを知ろうとしないで!」
「けが人はいません!」
「何が起こったのかは何もわかりません」
「けが人がいないのは幸いね。
機体が動いたってことは扉が開く可能性が出てきたわ。
私が出て確認します!」
「危険です!あなたを失っては!」
「その議論は九十年前に終わってるわ。
私が行きます」
そしてまたあの時と同じように、私はドアの前に立った。
開かないってがっかりは九十年前から十回は試してる。
「今更過度な期待はしないわ」
プシュー!
止まらなず空き続けるドア、
エインヘリャルの明かりとは比べ物にならないの忘れていた太陽のひかり。
涙が止まらない。
防護服の検査機のスイッチを押す。
放射能濃度、人体に与える影響、人が生きるに適した環境か、全て基準値だ。
私は思い切って防護服を脱ぎ捨てエインヘリャルを見上げた。
太陽のひかりに身体が高揚感を感じてる。
私は土の香りを全身に感じながら一歩、また一歩と踏み出した。
高台に上り周りを見渡す。
「あれ…は?人がいる?」
「お~い!」
喉の調子がいまいちだ。
エインヘリャル内と環境が違うからか、あまり大声を出すことが無くなったからか。
「お~い!」
こちらに気が付かない。
行ってしまう。そう思ったが足が思うように動かない。
肉体が衰えてるのか環境が違うからか、走れそうにない。
「お~い!」
立ち止まった。気が付いたわけではなさそうだ。
「お~い!お~い!お~い!お~い!お~い!お~い!」
一人の女性が振り返り、三人がこちらを見た。
女性がこちらに走り出す。
知り合いだろうか?
近付くにつれはっきりとわかった。
「モモカ!」
そのまま抱き着いてきたモモカを支えきれずに倒される。
「モモカ!モモカ!モモカ!モモカ!生きてた!生きてたんだね!」
彼女は死んだと思ってた。
彼や他の神々と共に…
「リリス!こっちこそ!死んだと思ってた!」
何故?私達が生きてることは想定内、彼女たちのおかげだ。
「なんでよ!あなた達が生かしてくれたんでしょ!私達は生きてるわよ!
生きてたんなら早く開けてよ~!」
彼女が語った話は衝撃的だった。
他のエインヘリャルは全て壊滅していた。
だから私達の方が死んでいたと彼女は思っていたと…
私は、エインヘリャルの十人全員に説明し外に連れ出した。
みんなで新しい世界に希望を胸に抱きながら…




