第9話 はるまとアリシア
今まで歩いてきた村と全然違う。
賑やかな城下町が広がる。
奴隷として蹂躙される人がいる世界で、
この人たちは希望にあふれ幸せそのものだ。
なんだか複雑な気持ちになる。
男が大声を上げて走ってくる。
「捕まえろ~!」
男に追われる少女が目の前に差し掛かる。
なぜだろう。
その子に見覚えがあった気がした。
その子が通り過ぎる。
その後ろから男が迫ってくる。
気が付いたら俺は、足を出してひっかけていた。
「何しやがんだ!」
転んだ男がこちらをにらみつける。
シンシアがあ~あという顔で頭を抱える。
「盗人を逃がすとは!お前が責任取るんだろうな!」
男が胸ぐらをつかんできた。
当たり前だ。
これは俺が悪い。
なんでこんなことしたんだ。
と思っているとシンシアが、
「こりゃはるまが悪い。言い訳は出来ないや」
と言いながら剣を抜く。
男に向かい剣を構えると、
「でもはるまは私の家族なんでね。
文句あるならかかってきたらいいじゃん」
俺が悪いと認めながら、守ってくれるんだ。
なんだかうれしくなった。
が、今はそんなことより。
俺がやらかしたせいでシンシアまで悪者にされる。
「シンシア、俺が悪いんだから剣はおさめよう。話せば、」
言いかけたところで、男のこぶしがシンシアにめり込んだ。
シンシアは微動だにしない。
「あ?」
と男をにらみつけた。
俺はシンシアを傷付けられた怒りで反射的に殴りかかっていた。
「え?」
次の瞬間、男の体が宙高く吹っ飛んだ。
俺…じゃない。
シンシア?と見るが、
シンシアは何もしていない。
身体を動かしてもいない。
ドスッ
鈍い音を立てて男が地面に叩きつけられる。
反対側の道の先を見ると、
一人の女性が立っていた。
「お姉ちゃん!」
シンシアが叫ぶ。
「私の妹に何してくれてんだてめ~」
勇者一行を殺した時ですら、こんな怒りは見せていなかった。
威圧するような、あの時の恐怖とは違う。
単純に怒ってる怖いって感じだ。
「なんだてめ~なんで殴った?
殺そうとしたのか?
じゃーその前にてめーを殺さね~とな~?」
「お姉ちゃん大丈夫だよ~死なね~し!」
やっぱりこの人は怖い。
でもシンシアを見る目だけは、
母さんやゆうなちゃんに少し似ていた。
「死んだらどうすんだ。責任取れんのか!」
なぜかシンシアを怒鳴りつける。
シンシアが死んだ責任をシンシアに取らせるのか。
どういう怒り方なんだ?
アリシアさんは俺の方を見て少し不思議そうな顔をした。
「あんた見たことあるねぇ」
「森で会いました。気絶しちゃって、アリシアさんが運んでくれたって」
「あ~、家に投げ入れて、それからどうしたっけ、忘れてたね」
「ありがとうございました。
どうして助けてくれたのかなって、色々聞きたいこともあって」
女性は唇に人差し指をすっと立てる。
「質問するのは私ね?あんたは答える役」
あの時と同じだ、背筋が勝手に伸びてぞっとした。
また同じ失敗を…
でもなんだろう。
あの時の恐怖はそんなに感じない。
シンシアに対する目を見たからかな。
「あんた、おっさん、魔王の敵?魔王を食うんだっけ?」
「敵ではにゃいです!く、くわないでしゅ!」
変な声が出た。
アリシアさんは噴き出した。
「あ~そうだ。思い出した。
父親に会いたいって話だ」
アリシアさんが何かを思い出したように言う。
「とりあえず場所移そうか」
踵を返すと城に向かおうとするアリシアさん。
ふと足が止まり振り返る。
「あ~あれ殺してないけど、食う?」
吹き飛ばされた男性を指さして言う。
「食わないです」
シンシアも言う。
「食わないよ~知ってんでしょ?」
「いや、この子。魔王食うって言ってたし、おっさんも食うかなって」
「魔王も食わないですって!」
俺は激しく反論した。
周りには人だかりが出来ていて、
俺のことも異質な目で見ているのが感じ取れた。
もしかして周りからは俺も魔王軍的な存在として認識されているのかもしれない。
城に入りアリシアさんの部屋へ向かう道中、
城内の人の反応からアリシアさんがどれほど高位の人間かがわかる。
全ての人が手を止めひざまずく、国王が通ったみたいな印象だ。
部屋に通されるとほどなく、
ワゴンに乗せられたお茶とケーキが出てきた。
シンシアが激しく興奮する。
「これ食っていいの?」
「いっぱい食べな。足りなきゃいくらでも出してくれるからね」
アリシアさんは嬉しそうにシンシアを見つめた。
「あ、そうだ。
あのさ~チョコレート?って茶色のやつ。あれ食べさせてやって欲しいな」
アリシアさんがそういうとメイドさんがすぐ持ってきてくれた。
チョコレート、俺も大好きだからうれしい。
こうしてみるとすごく優しいお姉ちゃんだ。
不思議だった。
森で会った時は化け物にしか見えなかった。
勇者を一瞬で殺した存在。
なのに今目の前にいるのは、
妹の食事を嬉しそうに眺める姉だった。
俺はこの人がわからなかった。
そして魔王軍という存在が、
もっとわからなくなった。
アリシアさんを見ていて、ゆうなちゃんを思い出した。
厳しくて、たまに嫌なことも言うし喧嘩もするけど、
俺のためだっていつも優しかったっけ。
俺の大好きなチョコをいつも多めにくれた。
あ、でもゆうなちゃんの好物のどら焼きはいつもひとりじめしてたな。
少し笑いがこみあげてくる。
アリシアさんとゆうなちゃんを重ねて胸の奥が暖かくなった。
「んで?何がどうしてアリシアと、あ~ん~っと…君」
アリシアさんが何か思い出そうとしてる。
「はるまです」
「あ~うん、はるまだったね…はるま?」
アリシアさんは一瞬だけ首を傾げた。
「まあいいわ、なんでこんなところに?」
俺とシンシアは魔王を見に行った出来事から5年間の話をいっぱいした。
その間にワゴンのケーキは3回ほど運ばれてきた。
「歩いて?そりゃー大変だったね。なんで歩いてよ」
「知らない。はるまが歩いていくって、なんでだったの?」
「え、いや、歩いてしかないと思ってたから」
「なんだそれ。なんでそんな風に思ったの」
「いや、後半まで気球とか飛行船は出てこないのが常識と言うか」
俺は完全にRPGの常識を基準に話していた。
最初の村からは徒歩で移動するのが常識だ。
最初から乗り物が手に入らないのが、あたりまえだと思っていた。
そもそもなんで本当にそんな風に考えていたのか。
自分の常識がどこから来るものなのか。
イメージというものは、
時に自分の首を絞めると感じる。
「お姉ちゃんはここで何してるの?」
「交渉?ってほどでもねーんだけど、まあ平和条約的な?
仲良くするために色々話し合いする人的な」
アリシアさんが交渉役というのは少し意外な気がする。
どちらかというと戦う人だろう。
「ほら、私って頭脳派?あんまり戦うの得意な方じゃねーし」
そんなわけないだろと言いたい。
でも、あの魔人の軍団、思い出すだけでもらしそうだ。
このアリシアさんですら、かすむような強者が当たり前の世界なんだ。
改めて魔王の周りの異質さを思い返した。
こうして話してると、
普通の人みたいな感じがするアリシアさんが異質なのか。
あの魔神の軍団はみんなこんな人ばかりなのか。
知りたいような知りたくないような。
少なくとも見たままの印象なら、あの魔神の一人とも言葉が通じるとは思えない。
シンシアを殴った人。
あれは殴っただけだったから吹っ飛ばされただけで済んだのだろうか。
俺が食うって言ってたら殺されてたんだよな、きっと。
でも、アリシアさんを見ていると、
それすら自信がなくなってくる。
「それで、結局なんで来たの?」
「アリシアさんなら何か知ってるかなって」
「なにかってなに?」
「父さんのこととか」
「あんたのこと知らないのに…」
アリシアさんは少し考えて言った。
「あんたの父親わかるわけないでしょ~」
わかっていたけど、少しがっかりした。
「そうですよね。なら魔王のこと少し教えて欲しいなって」
「何が聞きたい?」
「魔王がどんな人なのか。
アリシアさんと魔王の関係とか」
「どんな人か…」
アリシアさんは少し考え込んで口を開いた。
「一言で言えば面白い変な奴だよね」
俺の想像した答えじゃなかった。
「でもそうだね…」
アリシアさんは珍しく言葉を選ぶように視線を落とす。
「少なくとも、あんな極端なことするやつでもなかったかな」
そして、重く口を開いた。
「昔はさ……」




