第8話 はるまとシンシア
「ま~だ怒ってんのかよ~」
ケタケタと笑いながらシンシアが呆れる。
俺は怒っていた。
「怒ってるよ!すっごくね!」
シンシアを無視しながらどんどん一人で進む。
「一人で全部肉食べるなんて!
木の実ひとつでどうやって腹ふくらせろって言うんだ」
晩御飯を全部食べられたことを怒っている。
「だから謝ってんじゃん。肉狩ってきてやるからさ~」
「別に良いよ。自分で狩れるから」
その瞬間目に飛び込んできた小さなうさぎが、
「いた!」
次の瞬間、俺の投げたナイフがうさぎを仕留める。
「はるま!そいつは駄目!」
次の瞬間大きなウサギが飛びかかってきた。
シンシアが間に割って入る。
シンシアの肩に牙が食い込み、血が噴き出す。
「この、離れろ~!」
俺は教えてもらった火の魔法を唱える。
手から炎を出すだけの魔法だが、
その手をそのままでかいウサギの顔面にぶち込む。
うさぎが逃げていくのを追いかけようとしたがシンシアが止める。
「辞めろ!あんたが子供を殺したから襲ってきただけだ」
「ごめんよ。俺のせいで、痛くないかい?」
「大丈夫だよ。これぐらい、でもはるまはもうちょっと周りを見ないとな」
そう言いながらシンシアは自分の肩に傷薬を塗り込む。
「狩りなんて慣れたもんだと思ってた。
でも命のやりとりしてるんだよな。
元をただせばこのウサギにだって親が居て、傷付けた俺が悪いんだ」
皮を剝ぎながら、焚火を起こすシンシアに向きなおす。
「ほんとだよ。怒りっぽいところはほんとかわんね~のな」
俺はむっとしながら、
「それは別の話だよ。勝手に食べるのが駄目なんだ。
シンシアが見てない隙に、俺がべっちゃ汁全部飲んでたら嫌だろ」
「そりゃむかつくな」
そんなたわいのない話をしながら俺たちは晩飯を食べた。
シンシアはさっき二人分食べたばかりなのに、さらにがっつく。
本当によく食べる子だ。
そういえば、
ゆうなちゃんもこんな感じだったな。
父さんも母さんもよく呆れてた。
「次の村まではどれぐらいだろ」
シンシアが不思議そうに言う。
「この先は城しかね~ぞ?一昨日泊ったのが最後の村だし」
俺は呆れて言う。
「だから、そういう情報は早く言えって」
「はるまがしらね~ことしらね~もん。何が教えて欲しいかさき言えよ」
シンシアのこういうところは本当に変わらない。
「でも、いよいよ国か。
この世界って本当に国同士が離れてるよな」
「まぁ竜に乗りゃ一瞬だけどな」
「は?おま、」
俺は心底驚いた。
「竜に乗れんのか?ってか歩かなくても移動手段あるのかよ!」
シンシアは逆に驚いて聞き返す。
「あたりめーじゃん。
じゃなかったら交易とか出来ね~じゃん。
どうやって外国の物が入ってくると思ってんだ?」
「じゃあ歩かなくてもよかったじゃねーか。
5年もかかったんだぞ…」
「どうしてくれんだこの5年…」
「別にいいだろ5年ぐらい。はるまはたのしくなかったか?」
実際、楽しかったんだ。
千回以上一緒に寝て、何千回と狩りをした。
お互い命がけで戦ったし、いくつもの村を旅してきたんだ。
父さんに会いたい。
それだけで始めた旅だったけど、
ぽっかり空いた隙間をいつの間にかシンシアが埋めてくれていた。
だからこの旅は、振り返っても後悔はない。
「どっちかってーと竜に乗りたかった」
「帰りはお姉ちゃんの竜に乗せてもらお」
シンシアのこの悪気の無い屈託のない笑顔にどうでもよくなる。
実際この5年めちゃくちゃ助けられた。
魔王の一件で、一度はこの少女を少女として見れなくなったが、
話しているとやっぱりシンシアはシンシアだ。
魔王のことも魔神のこともわからない。
でもこの5年で確実にわかったことがある。
俺は魔王達じゃなく、シンシア自身を見なくちゃいけなかったんだ。
「アリシアさんってさ、なんでその国にいるの?
魔王の国にいるんじゃないんだよね?」
「知らね。お姉ちゃんなんも言ってなかったし」
その言い方、ほんとあいかわらずだな。
アリシアさんに会うのは正直複雑だ。
怖い気持ちもある、会えば色々わかるかもって期待もある。
たぶん、あの軍勢の中でアリシアさんはそれほど強い方じゃない。
でも俺と比べればゴジラの大群だ。
一番かわいいゴジラが可愛いかと言われたら…可愛いわけがない。
満腹になった俺はしばらくシンシアと談笑した。
この5年でこの世界のことにずいぶん詳しくなったと思う。
いろんな村を回った。
現実の世界でも戦争をしている国があったり、
貧富の差、差別がまだまだあることぐらいは小学二年生の俺でも知ってる。
でもこの世界は、そんなものじゃなかった。
あれだけ絶望的な魔王が脅威と感じないぐらいに、国と国の争いは激しい。
隣国に蹂躙され、全てを奪われ奴隷にされた村を見た。
ある村は魔王によって国が滅ぼされることで救われていた。
いっそ魔王がその力を振るった方が、争いは少なくなるかもしれない。
この5年で壊れた価値観。
シンシアがそれを支えてくれている気がしていた。
「明日の昼には城に着くだろ。
もう寝るか?」
シンシアがそう言う。
「そうだね。寝ようか」
「泣くんじゃね~ぞ?」
「泣かね~よ」
「毎日泣いてんじゃね~か」
「泣いてね~よ」
「寝言で父さん父さん言ってんぞ」
「言ってね~よ」
「恐竜の方が多いぞ」
「……」
「誰にも言わね~から大丈夫だぞ」
その言葉を聞きながら俺は妙に安心した。
明日にはアリシアさんに会う。
父さんに近づけるかもしれない。
旅が終わってしまう、
少しだけ、
寂しさを感じながら眠りについた。
翌朝。
丘の向こうに城が見える。
「ド派手な国だな」
シンシアがうんざりした感じで答える。
「金ぴかが好きな王様なんだってさ」
丘を下り城を目指す。
「着いたな」
シンシアがあくびをしながら言った。
城門前で衛兵に止められる。
「何者だ?」
シンシアが言う。
「アリシアお姉ちゃんに会いに来た」
一瞬、衛兵が後退りしたのがわかった。
「アリシア様の妹?シンシア様ですか?」
怖がられてるんだろうか?
いや、少し違う気がした。
あれは恐怖というより敬意だ。
勇者を瞬殺するような人だ。
それなのに、
ここでは誰も怯えているようには見えなかった。
「そだよ」
衛兵がこちらに向き、
「そちらの方は?」
俺が名乗るのより先にシンシアが答える。
「はるま。家族だ」
家族?
父さん、母さん、ゆうなちゃん。
おねえさんも恐竜も。
シンシアだって、この五年間ずっと一緒にいたんだよな。
そう思ってくれてるのか。
そう言った方がスムーズだと思ったのか。
ただ、家族と言われて嫌な気はしなかった。
衛兵が何か書類に記入し、
「わかりました。お通り下さい。
アリシア様にお会いしたいのであれば、
城下町をこのまままっすぐ進み城の入り口にいる衛兵にお声掛けを」
「ありがと」
そう言うと歩きだしたシンシアの後をついて言った。
いよいよアリシアさんと会う。
怖いからか、背筋が自然と伸びる。
聞きたいことがたくさんある。
でもそれ以上に、
聞きたくないことがある気がした。




