第88話 モモカと贖罪
「生きてるのが辛いって…本当に辛いね」
涙が止まらない。
人と会話してる気がする。
二人はよほどお腹を減らしていたのか、肉をジュースで流し込みながらも、
私の話を熱心に聞いてくれている。
二人のこの姿勢が、私の絶望を洗い流していく気がした。
私は悲惨だったんだと思ってしまった。
「モモカさんあれだね。それは呪いにかかってるね」
それを聞いた瞬間、噴き出した。
「そうかもしれないわね。解呪してくれる?」
こんな冗談を返せる自分がまだ残っていたんだ。
「辞めても良いと思うよ?」
ゆうなちゃんのその言葉に驚き、再び涙を流した。
そうだ、私は誰かに辞めても良いと言って欲しかったんだ。
「ありがとう…その言葉だけで救われる気がするわ」
「そうじゃなくて、その彼って人、
モモカさんにずっと樽を作ってろって言ったんじゃないと思う」
「どういう意味かしら?」
「彼が言いたかったのは、樽を作り続ければわかるだろってことだよ」
はるま君の言葉が、私には理解出来なかった。
「樽の中に入ってる状態を突き詰めれば、モモカさんの状態になるんじゃない?
それって人の幸せの行きつく場所なの?」
「私の状態が…樽の行きつく先…
ああ、そういうことか…
人と石の違いはなんだ…」
「そうだよ。それがわかったら追いかけて来いって意味でしょ?
なら追いかけないと、一生迎えには来ないんじゃない?
追いかけて来いって言ってるんだから」
「でも、樽の管理が…」
「馬鹿を全員、樽に入れたらって言ってたんでしょ?
モモカさんが馬鹿だと思わなければ入れる必要ないんだよ」
「え?そういうこと?いや、それは屁理屈じゃ」
「屁理屈じゃないでしょ。馬鹿の定義は主観でしかないんだから」
「いや、彼はそんな無意味な問答で丸め込む人じゃないわ。たぶんだけど…」
「だからそれが無意味じゃないんだよ。
モモカさんに自分で気が付いて欲しかったんだから」
「なら、あなた達が言ってしまったからもう無理ってこと?
自分では気が付けなかった」
自分でもなんだか子供のような質問をしていると思った。
「そういうことじゃないよ。
モモカさんは自分が今、仏に近付いてると思ってるの?
幸せになってる?それに気が付いたらってことだよ」
「あ、ああ、そういうことね。
わ、わかったわ」
納得しかけたが、それよりも早くゆうなちゃんが疑問を口にする。
「そもそも、なんで樽を作る話になったのかが知りたいんだけど…」
ああ、始まりの話…
私の小さな反抗から始まったんだ。
「それはね…」
百五十年前から始まった戦争…
私達は疲弊していた。
自らを神と称し、全ての人類を神へと導くと言う首都ヴァルハラ。
今の生活を守りたかった私達は、守るために必死に戦い続けた。
五十年戦い続けても終わらない長い戦争の中で人々は困窮していった。
「もう良いだろう。核の雨で全てを終わらせよう。
子供を中心にシェルターの中で再起の時を待とうではないか」
誰も反論出来なかったが、結論も出なかった。
絶対使わないと決めた、愚かな人類の象徴である核兵器を使う。
正しさを守るために、あと何十年戦い、あと何万の命が奪われれば良いのか。
それを天秤にかければ、
人が死に続けてもまだなお核だけは駄目なんて綺麗ごとは言えない。
でも、本当にそれをしてしまえるほど私達は強くなかった。
だが当時もっとも支持を得ていた指導者であった彼は決断した。
「俺達は死ぬだろう。
でも未来を託す希望の子供達を守るために、今戦いを終わらせるべきだ」
全ての子供達と、教育者や医者、科学者たちや職人、
子供達の未来を作るために必要な人たちだけが入った。
最初は有識者と称して、政治家や富豪がシェルターに入ると名乗りを上げた。
彼はそれを一蹴し、賛同者たちと協力して、逮捕、投獄した。
核を撃つ計画に、それが拍車をかけた。
満場一致の賛成、もう誰も反対などしない。
彼の責任になどしない。みんなで背負って地獄に落ちようと誓いあった。
「ママ~!」「父さん~!」
沢山の子供達の泣き声がまだ耳から離れない。
子供がいるからと親は入れなかった。
みんなが涙を飲んで、平等に、合理的に選ぼうと決めたんだ。
「子供達と未来を頼む」
最強の核爆弾「グングニル」に耐えうるよう設計された、
地下都市「エインヘリャル」。
選ばれし戦士たちを、外に残った私達英霊が守る。
そんな思いをシェルターに託し、彼は最後の握手を交わして扉を閉じた。
「さあ、最後の戦いだ。
一発勝負、これで終わらせられなければ未来も一緒に消える」
「第一特攻隊行きます!」
「第二特攻隊行きます!」
みんな戻っては来ない。
全員死ぬ。特攻隊は無駄死になどしない。
みんなの未来を背負って、大空へ飛び立った。
全軍で陽動を行う。
グングニルはヴァルハラ追撃と同時にここも爆撃する。
こちらの全戦力もここで終わらせる。
グングニルを全弾打ち込んで全てを一瞬で終わらせる。
特攻隊はよくやってくれた。
彼は何の躊躇もなく、最適なタイミングでボタンを押した。
特攻隊の活躍を無駄にはしない。
その覚悟が彼から迷いをはぎ取ったんだろう。
数えきれないミサイルが空を駆ける。
私達の最後の、最大の愚かな決断。
私は手を合わせ祈った。
その罪は全て私達が背負っていくから、未来は明るいものでありますように。
二人も私が生きてることが不思議そうな顔をしている。
私も、いいえ私達だって全員が、いまだに不思議なのよ。
「投下されたグングニルはね。全弾が地中深くに刺さって行った。
大爆発が起こった…んだと思う。
大きな地震が起こったわ。
地面が隆起したり、地形が変わった土地もある」
「何が起こったの?」
「グングニルがエインヘリャルを突き破ったの」
「なんてこと…」
「計算がどこで狂ったのかはわからない。
グングニルの破壊力が想定以上だったのか。
でもね。最悪だったのは、核自体がシェルターの中に留まったことだったの。
私達は、
自分達が絶対に守りたかった子供達だけを、
シェルターに閉じ込めて焼き殺したのよ」
「でもそれは…」
「事故よ。でも私達の選択が、殺した事実は変わらないわ。
幸いだったのは、誰も彼を責めたりしなかったこと。
全員が自分の決断だと飲み込んだ。
でもね。それから私達は考えることも選択することも出来なくなったのよ」
「だから、忘れたくて樽」
「そうだったわ。今まで忘れてた。
この樽は、その選択で傷付いた自分達を救うために自分達で作ったの」
「彼だけは、この樽の存在を否定した。
俺達は、その事実を背負って前を向くべきだってね。
でも私はそんなに強くなかったのよ」
はるま君がボソッとつぶやいた。
「地獄…」
「そうね。この世界を表すとそうなるかも。
私は、背負うと言いながら壊れていく彼を見てもいられなかったの。
人間は一人で全てを背負いきれるほど、強く出来てないでしょ?」
「モモカさんは、そんな彼を一人にしたことを悔やんでるんじゃない?
だから苦しいんじゃないの?」
はるま君の言葉に、私は心をえぐられた。
「きびしいわね。でもきっとそうよ。
私はそれを悔やみ続けて、その贖罪として樽に入りたい人を救済していく」
「今からでも遅くないよ。
彼の所に行こうよ。
もう樽は捨てようよ」
ゆうなちゃんは大粒の涙を流して私に訴えかける。
自分のことのように受け止めるこの子は、感受性が強い子なんだろうな。
「樽に入ってる人たちはね。死んで救われたいのよ。
今も悔やんでる。自分の決断を。
でも決断が間違っていたわけじゃない。
だから彼も責めないし自死を選んでも救われない。
あくまで事故、それを引き起こしたのは愚かな自分達。
だから困ってる。
考え続けて、死の救済を待つしかないのよ」
「そんな…それじゃ死んだ人達が…」
「何をしたって死んだ人は報われない。
これは彼の言葉よ。
わかってる。でも私達は何も選べない。
核を選んだ私達は、今日食べたいものを選べなくなったのよ。
笑い話よね」
笑えるわけがない。
ちっとも面白くない。
「死んだ人は死んだ。その事実があるだけよ。
どれだけの年月が経とうが救済は無いし、忘れたところで私達は全てを背負ってる。
背負わないといけないとかじゃないの。下ろせないのよ」
私は目元の涙を拭いながら話を続けた。
「でもね。
今樽に入ってるのは、あの戦争を経験してない人もたくさんいるのよ。
これが困った話でね。
樽が救済だって認識だけが独り歩きしてね。
今となっては、樽に入るのが幸せだって馬鹿みたいな話になってるの」
「ああ、確かに私達が会った人達はそんな感じだった」
「ここは変な世界でしょ?
でもその変の中に、
沢山の子供を殺したって事実と向き合いすぎて歪になった世界と、
歪になった世界を勝手に解釈してさらに歪になった人達が混じってる。
そろそろ潮時なのかもしれないわね」
幕の引き方を考えよう。
考えることをやめた私だけど、彼らと話してそう強く思えた。




